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多々木さんの受難  作者: 大原英一
最終章 帰りまっしょい
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罰(ばち)

 途方に暮れてしまった……。オレはこの世界ではあまりに無力だ。

 なんの因果かべつの人間に転生させられて、まあ、一〇〇歩譲ってそれはヨシとしても、こう何度も時のはざまを往ったり来たりさせられたのでは、堪ったものじゃない。

 せっかくヨハネとして人生をやり直している途中だったのに、スタート地点というかそれ以前の状態に逆戻りだ。

 オレはもう知らないよ? どうあってもイエスの処刑を止めることはできないし、また、止めてはならない。歴史を勝手に弄るわけには、いかない。

 ならば、オレが転生したり時空をウロチョロすることに何の意味がある。いやもしかして、この世界は定期的にループしているのか……。

 心底おそろしかった。オレはもう、無間地獄に片足を突っ込んでいるのかもしれない。


 逃げることは可能だろうか。いやー、なんかムリそうだな。たとえ地の果てまで逃げても、時間をひょいと戻されたらおしまいだ。

 いったい誰がこんな手の込んだ悪戯をしているのだろう。オレがなにか悪いことをした?

 バチが当たったのだろうか。バチって、仏教的な考え方じゃなかったっけ。じゃあ罪と言えばいいのか。オレに罪が? 罪のないヤツなんて逆に、いるのだろうか。

 罪、からの連想で裏切り者ユダのことをふと思い出した。彼はどこに行ったのか。

 ペテロのおっさんもヤコブ兄さんも、裏切り者はいっさいスルーで主のあとを追って行った。あるいはユダはもう、罪の意識から自決を……。

 いや、たしかユダはその前に金を返しに行ったんじゃなかったっけ。いやいや、彼が買収されたというのは、あくまで噂で

「ヤマゲンくん、出ておいで」


 ふと茂みのむこうから誰かの呼ぶ声がした。妙な名前で呼ばれたような気がしたが、不思議とオレに違いないだろうという確信めいたものがあった。

「ここにはオレしか、いませんよ」

 言いながらオレは茂みから出た。冷静に考えたら罠である可能性大だった。もう、いろいろありすぎて、恐怖とかそういう感覚がマヒしていた。


 そこに立っていたのはユダだった。さっきイエスに熱烈な、というか贖罪のキスをした男……。

 正直どう接していいか、わからなかった。オレにはヤツに関する記憶がない。

 心情としては、よくも主を裏切りやがって、というのも、あることはある。だが歴史の大きな流れからすれば、これも必然という気がする。

 いったいオレは誰の味方なんだ? 誰を信じればいい、なにを信じたらいい。

 無言のオレにヤツから話しかけてきた。

「ボクがわかるかい」

「はあ? 主を裏切ったヤツがなに言ってんの?」

 やっぱりオレはちょっと感情的になった。だが、何かが引っかかる。ヤツのこの落ち着きはいったい……。

「ボクの名を、言ってごらんよ」

 彼は諭すようにゆっくりと言った。

「あんたは裏切り者のユダだろ?」

 すると彼は力なく首を振った。えっ、この期に及んでしらばっくれるの? それともオレが見間違えたのか。


「ねえヤマゲンくん、」

「待った、あんた人違いしてないか? オレはヨハネで……」

「きみこそ、ボクをユダと決めつけては、いないかい」

 オレは額の汗を拭った。いったいこれは、どういうことだ。話がまるで通じない。

 沈黙のあとで彼が言った。

「想像できるかな、この世界に、べつの世界の記憶を持った人たちがいることを」

「それって……前世」

 全身から力が抜けて、オレは膝をついた。

 前世、それがどんなものだったか、もはや思い出せなかった。ただ、ここではないべつの世界から自分はやって来たという、なんとも言えない疎外感だけがいつも付きまとっている。

 オレは孤独だった。誰も本当の意味でオレを理解してくれることはない。

 泣きたかった。

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