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ヤコブ兄さんの目覚ましい働きにより、ついにエルサレムにオレらの教会が設立された。大聖堂のような立派なものを期待していたが、まさかね……。
その建物は、かろうじてオレらがいつも暮らしている家よりかデカいくらいで、大人数で礼拝をするような施設ではなかった。カルト宗教か。
いや、でも規模といいその新奇性といい、カルトそのものかもしれなかった。
イエスを迫害したユダヤ僧たちが幅を利かせるこのエルサレムで、よく教会創設の許可が下りたものだ。
たしかに、きな臭い感じはする。オレらは監視されているのかもしれない。無制限にオレらをのさばらせるよりも、この城塞都市で一元管理したほうがヤツらにとって手っ取り早いとも考えられる。
むろんオレの杞憂という可能性もある。だが用心に越したことはない。
いっぽう「新約」と呼ばれるあたらしい教典の準備も、これまたペテロのおっさんの目覚ましい働きによって進められていた。
おっさんが編纂したものはまさに「叩き台」と呼ぶにふさわしかったが、要はイエスのことが書かれてさえいればいいのだ。若干見切り発車となった。
おっさんとヤコブ兄さんは、イエスの弟子たちの二大巨頭と言えた。
おっさんは頼りないようでいて、その内面に火の玉みたいな情熱を持っているし、ヤコブ兄さんも一見冷酷のようだが、誰よりも率先して弟子たちを牽引しようとする責任感に満ちている。
さすが主が弟子たちのリーダーに据えられた人たちだけのことはある。……って、オレはどうなんだろう。なんにも、してないよ?
弟子たちのナンバーツーって、たしかオレじゃなかったっけ。いやいやいや、さすがにそれは荷が重すぎでしょう……。
いまさらなんだが、オレは自分が転生したヨハネという人物のことを知らなさすぎた。
兄のヤコブを差し置いてナンバーツーに抜擢されるくらいだ、よほど光るものがあったのだろう。残念ながら、いまのオレにはその片鱗すら感じられないけど。
主のヨハネに対する厚遇は目を見張るものがある。記憶喪失(じつは転生)という災難が預言されていたとは言え、イエスの生家に住まわせてもらっているのだ。
これまでも、そしてこれからも期待されている証しだろう。プレッシャーが半端ない。
前世のオレは、自慢じゃないけど、ぜんぜん大した男ではなかった。もう名前も思い出せなかった。
オレは焦っていた。ハンデを克服し、この世界に馴染もうと必死に努めたが、一人前に生活ができるようになったところでやっとスタートラインに立っただけの話だ。
宗教家としてのバックボーンが、オレにはなさすぎた。ろくに知識もなければ信仰心もない。知識のほうは勉強で補うことができても、信仰心のほうは微妙だった。
たしかにイエスという人物はすごいと思う。マリアや母マリア、おっさんたちにも世話になっている。が、本当の意味でオレは神を信じているのだろうか?
逆に考えてみる。神を信じていなければ、この「仕事」はできないのだろうか?
甘いことは言っていられない、生きていくためには仕事をしなくちゃいけないし、どうやらこれがオレに求められている仕事であるらしい。
職業選択の自由などと、悠長なことを言えるご時世でもない。ローマ帝国による徴税も厳しい。
聞けば、イエスは大工だったというし、オレら兄弟ももとは漁師だったという。元来ほかの仕事をしていたのに、宗教の道に方向転換したのだから、それなりの理由があるのだろう。
それを使命というのかも、しれなかった。あるいは救済と。だが、オレにはその使命が感じられない……というところで思考はどうどう巡りする。
神様たすけて!




