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多々木さんの受難  作者: 大原英一
第二章 聖書的なものを作りまっしょい
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ふたりのマリア(挿絵あり)

「マグダラのマリアの過去は、残念だけど、誰も知らないんだ。主、以外は」

 ペテロのおっさんは静かにそう言った。

 あー、終わっちゃったよ……。まあちょっと覚悟はしていたけど。

「彼女の過去に関して一部、邪推する者たちがいるのも、たしかだ。きみは耳にしたか?」

「いいえ」

 オレはこの世界に途中から転生してきた、いわば新参者だ。たとえ仲間内でも、そこまで事情に通じていない。だが、彼女がけっして過去について話したがらないあたりからも、彼女を揶揄する人間がいることは想像できる。

「われわれユダヤの民は、ながらく捕囚の身分だったという歴史がある。マリアの身の上が不幸なものだったとしても、不思議じゃない」

 オレは黙って俯いていた。おっさんが続ける。

「だが、そんな彼女をどん底から救い出したお方がいる。我らが師イエスだ」


 とつぜんサマリアで出会った女のことがフラッシュバックした。

 彼女もまた、いろいろな過去をもつ女性だったのだろう。それを主は見抜き、導いた。本当にすごいお方だ、あの人は。オレは会ったことはないが、このヨハネの身体と脳がおぼえている。

「ああ……主はなんと偉大な方なのでしょう」

 オレは自然に呟いていた。マジで洗脳されちゃったかもしれない。

「マリアが主の内縁の妻だったかどうかなど、たいして重要じゃない。彼女は主の救済の証しだ」

 おっさんの目が燃えていた。一瞬、そんなふうに見えた。

「あれっ、それじゃあ主の母マリアも……」

「そうだ。あのご婦人は奇跡の証し」おっさんは立ち上がって言った。「これら以上に頼もしい武器があるかね」

 オレはぞくっ、と怖じ気がした。



 その夜、オレは夢を見た。

 知らないおっさんが目の前に立っていた。ペテロのおっさんじゃない。短髪で小太りの、しかもとっても彫りの浅い顔立ちをしている。彼は言った。

「やあ、ひさしぶりだね、ヤマゲンくん」

「ヤマゲン? それがオレの名前ですか」

「そうだよ……あ、いまはヨハネだっけ」

「あなたは誰です?」

 オレが聞くと彼は笑いながら、

「ボクを忘れるなんて、つれないじゃないか」と言った。

「多々木さん……」

 オレは彼の名を呟いていた。夢特有の、ご都合主義だ。

「ワカメっ毛は元気かい」

「元気ですよー」

 隣からいきなり若林さんがあらわれて答えた。なんだ、みんな居たのか。

「社長、十字架に磔にされて、痛くなかったですか」

「痛かったよー、手に穴が開いちゃったよー」

 彼女の問いに多々木さんは手の甲を擦りながら答えた。擦っているほうの手にも穴が開いている。

「ま、いろいろ大変だとは思うけど、きみらも頑張ってくれたまえ」

「待ってください」オレは必死に呼び止めた。「どこへ行くんです?」

 すると彼はにたーっ、と笑った。

「とてもいい場所さ。でも歌舞伎町じゃないよ」

「もー、セクハラですよ社長」


挿絵(By みてみん)


 若林さんが抗議した。そこで目が覚めた……。


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