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ナルの秘密

 上の階の一家とウチの家で食事を一緒に食べる毎日はもう日常的なものとなった。

 ガオパパは家事をやった事がなかったのに、瓦工場で働きながら子供たちの面倒も見なくてはいけないとヘトヘトになっていたのが、ウチのお父さんが家事をする事で解放されたと晴れ晴れとした顔をしていた。

 

 ウチのお父さんは家事だけをやっている訳ではなく、食堂も経営しているのだが、居住スペースと続いている場所なので、客の少ない時間に居住スペースの掃除や洗濯をして、客が来たら料理を作るというルーティーンを繰り返していた。

 店の方は見習いが調理場に2人いるから、多少お父さんが席を外していても対応できるしね。


 ちなみに2軒の収入から電気洗濯機を購入したのだ。

「これで洗濯が楽なった」とお父さんはホクホク顔だ。

 こっそり店の布巾なんかも洗濯機で洗っているみたい。


 ガオやナルの家の掃除は週末にガオパパと一緒にやっていた。

「タマ、今日は週末だからガオやナルの家の掃除だよ。手伝っておくれ」

 そうお父さんに言われ、一緒に2階へ上がるのが私たちの週末だ。

 もちろんガオやナルもお掃除のお手伝いをするのだけれど、この家では料理を作っていないので「油を使わないとこんなに台所の掃除は楽なんだなぁ」とお父さんがちゃっちゃと台所の掃除を済ませ、全員でするお掃除はアッと言う間に終わるのが常だった。


 ウチの方の台所はいつもお父さんが料理をするので良く油を使っているのだけれど、ウチは食堂と繋がっているからちょこちょこお店のお仕事の合間を見て掃除をしているみたい。

 同じ油を使うなら全部店の調理場ですれば良いのに、そこはお父さんなりに拘りがあるんだろう。


 みんなで朝と晩、ウチの居間で一緒に食事をする様になって、良く冷蔵庫の中身が無くなる事が多くなった。

「誰かお腹の空いた人が食べてるだけだろう」と、お父さんは食料品を少し多目に買う様になった。

 特に牛乳の減りが早く、今までは毎日1パック買っていたのが、今では2パックにまで増えている。

 5人で一日に牛乳2ℓは流石に多い気がするけれど、誰か牛乳大好き君がいるのだろう。

 ナルかな?ガオかな?もしかしてヤマおじさん?


 こんな風に5人での生活が始まると、別の問題が持ち上がった。

 ナルの事だ。


 ナルはガオパパの実の息子ではない。

 母親であるナミさんが亡くなったとなると、ナルの実父とか祖父とかから何か言ってくるかもしれないと、ガオパパやウチのお父さんが心配し始めた。


 ヤマさんは、元々ナミさんと知り合った時、連れ子が居ることは知っていたが、前の旦那さんとは別れたとしか聞いていなかったらしい。


 正直言って、ガオを育てるために女手が必要だった。

 だから、一緒にいて喧嘩にならず子供の為になる女性であれば、もう四の五の言う心算はなかったとうちのお父さんに言っていたと、近所の噂スズメババァが別のスズメに話していたのを小耳に挟んだ事があった。

 それが本当の事なのかどうなのかは分からなかったけれど、恐らくそれは本当の事だったのだろう。


 で、ナルママが亡くなった時、ナルママの実家に連絡を取ったらしいのだが、けんもほろろな扱いを受けたらしい。

 夕食後ガオやナルは上に上がって寝た後、ウチの居間でお父さんズが晩酌をしながら話していた。

「ナミに聞いた事は無かったけれど、あっちの実家に聞いたら俺の前には誰とも結婚をした事が無いって言って来た」

「えっ!?それは婚外子って事か?」

「そうらしい・・・・」


「で、ナミさんの実家はナルを引き取るとか言っているのかい?」

「いや、そもそも孫と認めてないって言っていた。結婚もしていない娘が妊娠をしたから周りの目を気にして家から追い出したらしい。だから彼女はあれだけ貧しい生活をしていたんだなぁ」

「結婚の経緯を聞いた事は無かったが、どこで知り合ったんだい?」

「瓦工場の近くの食堂で住込みで働いていたんだよ」

「給仕か?」

「ああ」


「で、ナルをどうする心算なんだい?」

「そりゃぁ、一度息子と呼んだからには俺が面倒を見るよ」

 お父さんは大きく息を吐き出した。

「良かったよ。ヤマさんがナルの面倒をみないと言ったら、私が面倒をみようかと思ってた・・・・」

 ガオパパは軽く驚いた顔をして、「タオさん、あんたぁ、本当に良い人だなぁ」としみじみと言った。


 ウチの居間で話していたけれど、もう子供は寝ている時間だから安心していたんだろうねぇ。

 でも、私、偶々その時は一旦寝ていたのに起きちゃったんだよね。

 何で起きたのかは覚えていないけれど、その話を聞いてびっくりしちゃった。

 知らない難しい単語がいっぱい出て来たけど、ナルのお母さんは結婚をせずナルを生んだってのだけは分かったよ。


「で、ヤマさん。ナルは自分の出自については知っているのかい?」

「いや、本人に確認した事はないから確かじゃないけど、恐らく知らないと思う。後、実父についてはナミの実家の方でも知らないみたいだ。妊娠が分かった時問い詰めたらしいんだけど、ナミは最後まで相手の名前を言わなかったらしいよ」

「はぁ~、それはまた・・・・。ヤマさん、これからはウチとそちらの家の二人三脚になる。ナルの実父の事についても、何かあったら力になるから独りで悩まない様に」

「タオさん、ありがとう」


 ガオパパの肩をお父さんがポンポンと叩き、「ささ、飲もう、飲もう」と酒を注いだ。

 二人はテーブルの上に並べてあるツマミの皿へ箸を運びながらお酒を飲んだ。


 私の記憶はそこで止まっているので、恐らくまた寝ちゃったんだと思う。

 ナルのとんでもない秘密を心の奥に仕舞い込んで・・・・。

 これだけは絶対私の口から誰にも言っちゃだめだと子供ながら思ったんだよね。


 そしてナルにはもう一つ秘密があった。

 広場の端っこで子猫を飼っていたのだ。


 ナルが冷蔵庫の扉を閉めた時、その腕に重たい1ℓの牛乳瓶を抱えていたのを、お父さんが見て不審に思い跡を付けて行くと、まだ毛も生えそろっていない子猫が2匹瀕死の状態で公園のすこっこの段ボールの中にいたらしい。

 小さな器の中には少し蒸発した牛乳が残っていたが、ナルはそれを捨て、新たに牛乳を注ぎ入れた。

 しかし、小皿には可成りの量の牛乳が残っていた事から、子猫たちは自力で飲む力も残って無かった様だ。


 お父さんはすぐに獣医さんの所へ猫を連れて行った。

 翌日には獣医さんから呼び出しがあり、猫を心配したナルが絶対自分も一緒に行くんだと言ってきかず、ナルが行くなら自分たちもとガオと私もお父さんにくっついて行った。


 若い獣医さんは小さな箱に入った子猫たちの亡骸をお父さんに渡した。

「2匹だったからお互いの体温に助けられ、少しの間生き延びけれど、元々母猫の母乳を飲んでいなかったのでしょう。小さな内に母猫から捨てられた猫は免疫力が無く、生き延びるのは難しいのです。残念ですが・・・・」


 ナルは大きな声で泣いた。

 泣いて、泣いて、翌朝起きたら顔が腫れて、人相が変わるくらい泣いて、お墓を作って子猫とお別れをした。


 小さな時に母親から引き離された子猫は弱いと説明をした獣医の言葉が、ガオやナル、私の事を指している気がして、とても悲しくなった。

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