ウチのお父さんの白身魚の餡かけは頬っぺた落ち落ちだよ
『大人の階段』、この言葉が今の私たち5人の間で流行言葉になった。
「もう、それは言ってくれるなよぉ」とパフはお怒りだ。
でもねぇ、自分が言ったんじゃん、『大人の階段』って。
「まぁ、俺はパフの『大人の階段』って眉唾物だと思ってたけどな」
ミソが堤防の塀の上、踏ん反り返ってニヤ付きながらパフを見下ろした。
「うっさい!」
「こん中で一番女子に免疫がなくって、手すら握った事ないのお前だけだしな」
「えっ?みんなは女の子と手を繋いだことあるの?」
聞き捨てならない事を言ったミソをぎゅっと睨んだ。
「え?あっ、いやぁ・・・・」
「どうなの?」
「いやぁ・・・・」
ナルとガオも迷惑そうな顔をミソに向けている。
今、ミソは堤防の塀の上に座ったまま、下から全員の冷たい視線の集中砲火を受けている。
「白状なさい!」
「・・・・。ガオは良く女の子が突撃して来て無理矢理手を握られた事は数しれないだろう?俺だってそうだし、ナルは小6の時彼女がいたし」
「ナルに彼女!?」
ミソが言い終わる前に思わず遮っちゃったよ。
「いやぁ、彼女ったってそんなイチャイチャはしてなかったぞ」
「おいっ!そんな誤解を与える言い方!」
ナルが本気でミソを睨んだ後、こちらを見て切々と訴えてきた所によると、どうも同じクラスにどんくさい娘がいて、それが私に似ててどうにも放置できず、宿題の手伝いとか色々と手伝っていただけだとのこと。
ん!?私の様にどんくさい?それって私がどんくさいってこと???
問い詰めると4人が4人とも頷いていた。
くそぉぉ。
私の怒りがピークに達した時、ミソが「うわぁぁぁ」と大声を出し、団地の方へ走り出したのにあわせて、みんなが走り出し、そうなると私も後を追っちゃうじゃん?
ミソは団地に着くと、今回の事で最近繰り返しパフに「気を付けろ」と言い聞かせていたけれど、それは金持ちを落とす事を目当てに近づいてくる女の子に対してって事らしい。最後はいつも「飛び級のテスト受けて、俺たちと同じ学年になれ。お前だって勉強カードで遊んでいたんだ。基礎は出来てるはず」と言うフレーズで終わるいつもの小言を繰り返した。
「俺だって飛び級できるものならしたいよ。俺だけ1年生なんだしな・・・・」
「うん、頑張ろうぜ!」とナルが何気に励ます。
ナルってちょっとガキ大将が入っていたんだけど、ここぞって時にはちゃんと優しい言葉を掛ける事が出来る子なんだよね。
お姉ちゃんはちゃんと知っているよ。ふふふふ。
春休みに入ると全員でパフの勉強を応援する為に、再び勉強カードで遊ぶ事を繰り返した。
かけ金代わりのお菓子は、今回はパフの家が全部出してくれた。
流石お金持ち、ケーキをホールで提供してくれた事も1度や2度ではなかった。
ただバタークリームのケーキは4人の男子にはあまり人気が無く、上に飾ってあるイチゴは食べるのだが、ケーキそのものの殆どが私のお腹の中に納まった。
そんな日の夕食は当然入らなくなり、お父さんに怒られるのは私だけという・・・・。
飛び級のテストは全部で4教科。
国語、数学、社会、理科なのだが、全部の教科で合格点を取らないといけないらしい。
社会の中には歴史も含まれている。
ガオが言うには全科目70点が合格ラインとのこと。
パフも得意な科目ではかなり良い点を取ったらしいのだが、国語が特に苦手らしい。
国語は漢字カードとことわざカードしか作っていなくて、長文読解は勉強していないんだよね。
だから春休みの後半は長文読解に力を注ぐ事にしたんだけれど、パフはじっと文字を読むのが苦手らしい。
最後まで落ち着いて読めば解けるはずなのに・・・・。
「パフ、お前さぁ、どうして落ち着いて文字を読めないの?数学だって文章問題はちゃんと最後まで読まないと解けないだろう?」
ミソはパフに対して遠慮が無いから、結構刺さる一言をみんなの前でツルンと言っちゃうんだよね。
「お前は良いよ。出来るんだから。俺様は出来ない奴で悪かったなっ!」
あ~あ、パフがへそを曲げちゃったよ。
こうなると今日はもう勉強はダメだなぁ。
夏じゃないからプールも無いし、ここはテレビでも見てお茶を濁そうかなぁ~。
そんな事を思ってたらお父さんが、「お前たち、そろそろお昼だから、ウチで食べて行くかい?」と野菜の入った買い物かごを持って居住スペースの台所に入っていった。
ミソはいつも即席麺ばかりの食事だってみんな知っているから、お父さんが気を使ってくれたんだと思う。
ミソの家は父親がお妾さんを囲っていて、あっちの家にも子供がいるらしい。
母親は、外見が父親そっくりのミソを嫌っていて、ぶっちゃいこな弟の方ばかり面倒を見ているみたい。
食事だって自分と弟の分しか用意しないから、ミソは小遣いからパンとか即席麺を買っては食べているのだ。
「今日は白身魚の餡かけだぞ。うまいぞぉ~。良かったら食べて行っておくれ」
居間へ続く扉からひょいと頭を出したお父さんが、鍋とお玉を両手に持ちニカっと笑った。
しばらくすると何とも言えない美味しそうな匂いが台所から棚引いて来て、みんな思わず唾を飲んだ。
「ミソもパフもウチで食べて行って。お父さんが作る白身魚の餡かけは大きな魚だからいつも余るんだよ。ね、ね、食べて行きなよ」
私もお父さんの援護射撃をしてみた。
このメニューには仕掛けがあってめったにウチで食べてくれないミソが初めてウチで食べてくれた家庭料理だったので、今日は同じメニューにしたみたい。
パフはいつも遠慮なく他人の家で食べる気ありありだけれど、普段ちゃんとした食事を用意してもらう事の無いミソは、他人から食事を出される事に抵抗があるみたいで、いつもお父さんが食事に誘うと遠慮してしまうのだ。
哀れに思われていると思って嫌がっているのか、申し訳ないと思って遠慮するのか、本当の所は私にはわからないけれど、ウチのお父さんが別の日に言っていたけれど、子供がお腹を空かせているは良く無いという我が家の家訓?に従って、ミソにも今日はウチで食べてもらうぞぉぉ~!
私の勢いに圧されたのか、今日はミソも素直にテーブルに着いた。
私とガオがお父さんのお手伝いで出来上がって来た大皿をどんどんテーブルに運んで行った。
ナルがお箸やコップを並べる。
「うわぁ、いつも思うけど、ここの家の料理はどれも美味しそうだし、良い匂いだよなぁ」
「でしょう?」
パフが涎を垂れ流さんばかりになっていたので、ちょっと誇らしくなった。
お父さんが作った料理なのに、さも自分が作ったかの様に返事をしてしまったので、ナルが「タマが料理すると食べれないものが出来上がるけど、タマパパが作る料理はいつも頬っぺたが落ちる程おいしいよ」なんて小憎たらしい事を言う。
そんな余計な事を言うのはこの口かっ!と指を突っ込んで横に引っ張ってやった。




