308.ファントムさんのお気に入り?
せっかくの自由日に元カノあゆに出会ったと思ったら、監禁未遂に遭った。そこから久々の外デートが始まるかと思いきや、鮫島からの不意打ちで病院送り。
さよりの彼氏として雇われている(ということにしている)俺は、彼女の優しさに救われたはずだった。
それが気付けば南中女子寮の部屋に寝ていて、恋海に添い寝されていた。
これが嵐花が望む教育だとしたら、嵐花に抱いていた好意が俺の中で、冷めて行くような気がする。
それはともかく、南中付属に通うのもあと数日。
ここの夏休みに入った時には、知らない間にいなくなっていたというあらすじだ。
「……聞いてたか? 高洲」
「え、何が?」
「これ! 小麦粉をよくかき混ぜて! じゃないと硬くなるだろ!! 早くやれ」
「あ、ごめん……」
――で、気付いたら今は調理実習中だったりする。
俺の指導係は沖水あみではなく海夏なわけだが、コイツの命令口調は手当てのしようがないようだ。
「はい、口開ける!」
「あ~んんん……」
「口でかっ! 早く閉じろバカ!!」
「んぐっ……開けろって言われたから開けただけだろーが!」
「はぁ? 口ごたえを許可した覚えはないんだけど?」
「……くそ」
イメージがかなり違う。
俺が抱いていた女子だらけの調理実習に男が一人いた場合、どんなに嫌いでも「食べて~」とか、「作りすぎたから残飯処理!」だとか、食べることに苦労はないはずなのに!
海夏が俺に付きっきりしているという、あまり嬉しくない状況がそう思わせている。
「ものの見事に、他の女子が話しかけて来ないな……」
「話しかけてもらいたいわけ? 女子寮の女子に構ってもらってるくせに、他の女子にも手を出したいのか?」
「そりゃあそうだろ! 寮の中は、いるメンバーが決まってるから話しかけやすいかもしれないけど、同じクラスの女子と会話するくらいしたいぞ」
「へぇー……あんたが通ってた学校でも、そうだったわけ? 同じクラスにいる女子全員に声かけて、仲良くなって手を出しまくるわけか。聞いた以上の鬼畜じゃん」
「ちげー!! 手なんか出してないっての!」
確か変な噂を流しまくったのは姫だったはずだが、それよりも上乗せされているのはどういうことなんだ。
「そ、それはそうと、沖水は?」
あみの言葉を信じれば、今は部活か何かの合宿でいなくなっているはずで、これを海夏に聞いたところで返って来る言葉は決まっているはず。
「……何で沖水みたいなのを気にするわけ?」
「同じ寮にいる子だろ? クラスだって……」
「そんなに仲良かったなんて聞いてないし」
「言ってないしな。お前だって沖水とは話もしないんだろ?」
「……お前?」
「海夏」
「呼び捨てすんな、バカ!」
面倒な女だ。
それなのに俺の傍を離れないし、他の女子から頑なにガードしているのは、どういうことなんだ。
「は~あ~あ……実習なんてつまんなくない? 抜け出さない?」
「いや、授業中だろ」
「真面目男子とは聞いてないけど、それも情報操作されてる系?」
「俺は真面目な方だ。サボるにしたって、何かしらの理由がある時だけだ」
「ふーん……そういう所がファントムのお気に入りって奴なんだ」
「ファ? 何?」
「ファントム……いてもいなくても、誰も気にしない女子のことだけど?」
「それが沖水……か?」
海夏は無言で頷いたが、ここのクラスというか学校では、そういう扱いを受けているのか。
「ファントムなんてどうでもよくない? 高洲は黙って寮の女子から愛されれば、この先もずっとここに通えるし。夏休みが過ぎても、面倒見てやれるし……」
「いやいや、待った。夏休み前に俺はいなくなるぞ?」
「――何で?」
「そういうあらすじだ」
「聞いてないし」
「栢森の連中から聞いているはずだ」
「栢森? そういう外部の権力だとか、圧力なんてウチの学校には何の意味もないはずだけど?」
何だそれ……確か嵐花の話では、10日間だけ通って彼女か友達を作れたら、元通り戻されると聞いていたのに、全然話が違っているじゃないか。
姫やさよりが顔を見せた時もあったが、すぐにいなくなっていたし、まさかこの学校は外に出られないんじゃないよな。
「あー……無駄口してる間に、実習終わったじゃん! 次体育館だから、高洲だけトイレに行きなよ!」
「何でトイレに?」
「着替えを堂々と覗き放題とか思ってただろ? バカじゃん?」
「アホか!」
「そういうことだから、トイレ行って着替えて来い!」
「はいはい」
嵐花の企みで南中付属に来たはいいが、栢森の力が及ばないヤバイ学校だったりするのか?
とにかく今は、ファントムと呼ばれている沖水あみの帰りを待ちながら、耐えるしかないのかもしれない。
普通にさよりとくだらないやり取りをしていた日常に戻りたいと思うのは、贅沢なのだろうか。




