300.闇天使、涙の告白
「はい、あーん……」
「あ~……あつっ! 熱いって!!」
「ごめんね? 湊くん猫舌? じゃあ冷ましてあげる」
「……って! ど、どうしてあゆが飲むんだ? 口元で冷ましてくれるんじゃないの?」
結局誰かに助けを求める時間も隙も無かった俺は、あゆが作って来てくれた熱々のラーメンを食べさせられている。
鉄製の鎖によってほぼ動きを封じられてしまい、自分の手を使って箸を持つことも許されなかったからだ。
そして今、熱すぎるスープを冷まして貰おうとしていたら、どういうわけか、あゆは自分の口中にスープを含んでいる。
「……くん、んー!」
「――ぇ」
もはや拒むことすら出来なかった。
口移しで温いスープが、自分の口の中に注がれようとは……。
「――っんーんっ! どう? 美味しい?」
「いや、味が分からない」
「もう一杯、何杯でも飲ませてあげよっか?」
「……それはいいや」
「それじゃあ、服にこぼして汚したシャツを脱がしてあげる」
もう何を言っても、闇天使には何も通らない。
こうなれば好きにさせることにする。
このマンションの場所は分からなくとも、あゆがいなくては困る人がいるはず。
それまで機会を待つしか無さそうだ。
「……しばらく気にしていなかったけど、湊くん、キミ……鍛えていないんだ?」
「そりゃあ。バイトもしてないし、運動部でもないわけだし……まして拘束されていれば、ますますキミの理想とはかけ離れて行くと思うぞ」
「……いいよ? 鎖を外してあげる。外したら、一緒に飛ぼ?」
「ん? 飛ぶってどこに?」
「足を上げて」
「あぁ、うん」
傍から見れば、可愛い年上の彼女から、至れり尽くせりなことをされているように見るのだろう。
しかし実情は、鎖によって動きを封じられた、ただの言いなり野郎と化しているだけだ。
「下着はどうしようか?」
「い、いい……」
「うん、可哀想な湊くんの為に、下着を買いに行ってあげる。一緒に行こ?」
「こ、このままで?」
「外すよ? だってそうじゃないと、嫌いになる……なるよね?」
「嫌いにならない。こんなことくらいでなってたら、とっくに俺はキミと絶交してる」
「……ふふ、絶交だなんて、子供だね」
あゆの言葉に何となくカチンと来て、今まで心の中でくすぶらせていた感情が、沸きあがってしまう。
「あゆと違って、俺はガキだからな! やっぱりキミは俺をガキ扱いしてんだな!! 今までのことも、ここから先のことも、完全に俺のことをそういう目で見てたってわけか」
「怒ってる、怒っているね。やっと本気を出したんだ? 年上だとか下とか、令嬢だとか……湊くんは気にしなくて、いい子だって思っていたけどようやくだね」
「ふざけんなよ、マジで! こんなことで俺を手に入れたつもりしてんのかよ!!」
「うん、出来るよ?」
「帰る。そういう考えを持ってるんなら、俺はあゆを好きになんてなれない」
頭に血が上った状態で、遠慮なくぶちまけたはいいが、彼女にはまるで効き目がない。
「じゃあどうしようか? このまま一生別れる? 鮫浜、沖水……無かったことにしてあげるよ」
「――え」
「その代わり、高洲湊……あなたを全く見知らぬ場所に追い出してあげるけど、それでもいいの?」
あゆの気配は、鮫浜あゆとして接していた時の闇のように感じる。
学園にいた時から、邪魔な生徒に対して、同じセリフで追放して来たに違いない。
「……」
「ごめんね。わたしはどうしたらいいのか、分からないだけだから……湊くん、ごめんね」
「うん……」
俺も言い過ぎたか。
そしてあゆも正気に戻ったのか、落ち着いた表情で俺を見つめて来る。
「高洲湊くん」
「え、うん」
「わたしはキミとファミレスで出会う前から好きで、それで近付きました。年下の男の子とか関係なく、好きになったの。わたしは黒い世界しか知らない鮫浜あゆ。普通の男の子を好きになりました」
「……」
「……グズッ……み、湊くんと一緒にいられるのは、一年も無い。だから、嫌いでもいい……あゆを彼女と認めなくてもいいから、あゆともう一度過ごしてくれませんか?」
驚いた……これがあゆの素顔か?
しかも涙を見せて来たのは、初めてだ。
一年も無いということは、やはり浅海との運命は、受け入れているということになるのか。
「それは浅海と決まっているってこと?」
「そう。彼とは昔から決まっている。浅海が湊くんから離れた以上、わたしも決めなければいけない」
「そうなんだ……」
確かに浅海は男の娘の姿をやめ、元通りのイケメン男子に戻っていた。
アレは覚悟の表れということだったのか。
「そ、そういうことなら、分かったから……だから、泣かないでくれないかな」
「……ん、泣くのは鮫浜らしくないよね」
「そ、そうじゃないけど、俺が泣かしたようなものだし……」
まさか泣かれるとは思わなかった。
あゆの言葉通り、彼女としてではなく友達として接するなら、嫌いになる必要は無くなるわけで。
「じゃあ、湊くん。外に出て、デートの続きをしよ?」
「す、するから。だから、もうこういうことはやめるよね?」
「ん、やめる……湊くんはわたしの友達だから」
「だ、だよなぁ。じゃあ、行こうか」
友達……もちろん、学園の時も同級生であり、友達、隣馴染みではあったけど、これが事実上初めてお互いに認めたということになるのか。
怒りに任せてあゆに怒って、とんでもないことを言われるところまで行ってしまいそうだったが、何とかなったみたいだ。
「ト、トイレ……」
「うん、待ってるね……」
同じ所にいたのと、緊張が解けたせいでトイレに行きたくなった。
しかしこれで、あゆとのことに関しては、これから先は心配することは無くなりそうだ。
「ふふ……湊くんは、まだまだ子供だね。とりあえず、今はいい……栢森を潰したら、迎えに行って……誰も邪魔出来ない所に飛ばしてあげる……」
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