161.為すがままに、修羅場を作る…… 中編
「ひ、姫ちゃん……さよりは先に帰したって、君はどうやって帰るつもりなのかな?」
さよりと姫ちゃんは会話こそしなくても、迎えの車に乗って一緒に帰っている。
さよりだけを帰したとすれば、帰る手段を確保しての行動を取ったということになるが。
「……あぁ、そのことですか。ここにいるじゃないですか」
「へ?」
「湊さんがいます」
「お、俺が?」
「はい。泊まるつもりならそのままでもいいですし、そうでなければ湊さんに送って欲しいです。駄目……ですか?」
この子は俺が断れないことを計算している。
弱みを握られているわけでは無いが、腰に手を回したまま、上目遣いでお願いしてくる辺りがあざとい。
「泊まるってことはバイトを一緒にする気があるの?」
「……それは微妙です。確かに一緒に住めるかもですけど、私、母に何も話していないので。そういうことをするのはきちんとしないとなので」
「そ、そうか。いさきさんは厳しい人だもんね。俺のことは何か言ってたりするのかな?」
「母がですか? それとも私が母に……?」
「い、いや、言ってたからどうってことじゃないんだけどね」
「母には大事なことだけ伝えることにしています。もちろん、好きな人のこととかです……」
「そうなんだ……は、ははは」
あまり深く追求すると自分が危険だ。
池谷いさきさんとは、さよりの問題のことで会ったきりではあるけど、さよりは家ではどんな感じで接しているのだろうか。
「ここだから、二人とも中に入って」
「あ、うん」
チャリで移動するほどでもないみちるの家は、姫ちゃんと話をしていただけで、あっという間に着いていた。
「……ここですか?」
店舗兼住宅の前に着くと、姫ちゃんは外観をジッと見ながら、目を大きく見開いていた。
普段お嬢様している姫ちゃんにとっては、違った風に見えているのかもしれない。
「定食屋だね。姫ちゃんのイメージとは違った?」
「いえ、情報で見てましたから」
「そうだった……じゃあ、何でそんなに見ているの?」
「庶民の家って感じがしたので」
「お、俺の家も庶民だよね?」
「湊さんのお家は違いますよ」
「え?」
「湊さんが住んでいるってだけで、そこは普通のお家じゃないんです」
「う、うん……」
何かが怖い……姫ちゃんは、俺のことが好きってことは理解しているが、どうしてこうなった。
思い出に残る様なことをした覚えは無いはずなのに、姫ちゃんの中では何かが違うのだろうか。
「高洲、それと妹も裏口から中へ入る」
「お、おう」
「お邪魔致します」
いわゆる俺以外の人間に接する時は、言葉遣いは丁寧なのに、それすらも作られているかのように見える。
「……アルバイトを募集している割に、お店は開いていないのですね」
「今は親父さんたちが休んでいるかららしいんだよ。そうだよな、みちる?」
「そう。でも、そうじゃない。バイトと住み込みが確保出来たら、高洲が頑張る……だから、コレ付けて」
「何で俺が!? 料理を作れても、客に出せるレベルでもないって俺、言ったよね?」
バイトの風向きが違うような気がするが、実はお店は休業中とかなんじゃ……
「湊さんのエプロン姿、見たいです! 着けてくれたら、この人も納得すると思います」
「つ、着けるだけならいいけど……まだ何も決めてないんだからね?」
「お願いします」
「高洲、着けて」
たかだかエプロンを着けるだけで、どうして二人の女子から期待を込められているのか。
「ん? んん……? 後ろはどうやるんだっけ?」
「私がやってあげま――」
「高洲、こう。これを交差させて、両側の金具に通す……出来た?」
「あぁ、そうか。交差か……ん? 姫ちゃん、どうかした?」
何やら両手を出したまま固まっていて、ムスッとした顔をしているようだ。
「何でもないです! 湊さんのバカ!」
「なんかしたっけ?」
「何もしてないです!」
「よく似合う。高洲、今すぐ振る?」
「湊さん、似合っています! 振るって何をですか?」
「それは心の準備の問題があるし、今すぐは無理だよ。やるってことも言ってないしね」
俺と似た疑問を浮かべているようだが、料理屋で振ると言ったら鍋しかないだろう。
「「鍋」」
俺とみちるが同時に答えを言い放ったことで、姫ちゃんもさすがに困惑していたようだ。
「……最初から分かってますから、呼吸合わせて返事しなくても……」
「と、とりあえず、エプロンは今はいいよ。返すね」
今日は何かをするつもりで来たわけでもないし、予想外のゲストがいるだけにやりづらさもある。
「湊さん、そのエプロンをその人に返す前に渡してください」
「うん?」
エプロンを返したらそのまま帰ろうとしたのに、姫ちゃんもやる気になったのか、エプロンを着けてみる気になったらしい。
「……どうですか? 私、似合ってますか?」
似合っているのはいいとして、姫ちゃん……この子、こんなにオムネさんがあったかな?
黒のエプロンの中に見えるのは、白地でヒラヒラの洋服なだけにそれがどうにも分からなかった。
はちきれんばかりのオムネさんが、エプロンを通じてアピールしまくっているように見える。
「ひ、姫ちゃん……窮屈そうだけど、大丈夫?」
「湊さん、どこ見てるのかバレバレですよ? 信じていないのでしたら、触れますか?」
「どこのことを言っているのか、俺には分からないなぁ……」
「高洲は、妹のコレが気になる? じゃあ、代わりにやるから」
「へっ? 代わりに?」
「ちょっと……私は湊さんに……や、やめっ……」
思わず手で目を覆い隠すしか無かったが、目の前で繰り広げられているのは、みちるによる姫ちゃんの身体検査である。
俺が姫ちゃんの言葉に従ってやれば、間違いなく通報案件に間違いない。
姫ちゃんの同意があったとして、ソレをしてしまえば姫ちゃんから逃れられなかった気がする。
それが彼女の狙いなのだとしても、人前でそれは勘弁して欲しい。
「高洲、妹のソレは一応、本物。疑うのは駄目。信じられないなら、触れてみれば?」
見ると姫ちゃんは顔を真っ赤にしたまま、俺を睨んでいる。
「いや、疑ったわけじゃなくてね……もちろん、触らないよ」
「~~! 腹が立ちます。何で湊さんは私をいつまでも子供扱いしているんですか!」
「そ、そんなことは無いよ?」
「何だか納得できないので、今日はここに泊まらせてもらいます。湊さんも一緒にです!」
「え、俺も!? いや、帰るつもりしてたけど……」
触る触らないはともかくとして、姫ちゃんの中で相当ムカついてしまったみたいだ。
「……高洲と妹は部屋は一緒でいい?」
「いいわけないでしょ!」「いいです!」
「……どっち?」
みちるに妹だとかそうでないとか、説明しても恐らく通じないだろうし、これは困ったことになった。




