130.池谷さよりには譲れない何かがあるらしく?
「あゆちゃん、その答えはさよりがいる前で言うよ。だから、行かせてくれないかな?」
「逃げる? 逃がさないよ? キミは私の――んっ!?」
「――はっ……んくっ――これは前約束代わり。いいかな?」
「あ、は、はい……い、いいよ。さよりと浮間は体育館にいる……から、あの……気を付けてね」
「分かった、ありがとう」
ふっ、意表を付けたようだ。急にキスとか俺らしくないが、そのおかげであゆの意思と連動していた植物さんも俺からするりと離れてくれたし、これで勝つる!
体育館とかまた随分とベタな所に連れて行くものだな。さすが悪イケメンは目立ちたがり屋だ。どう考えても注目を浴びたい奴じゃないか。それにしても俺からお見舞いしたキスとはいえ、さっきのあゆは別人すぎた。あんな弱々しい彼女は初めて見たかもしれない。
さよりを助けてそれから、俺はあゆにお願いをしてみよう。というかそれ一択だ。まずは庶民お嬢様を救うことが先決なのだが、浅海よりも弱い俺はどうすればいいのかな。体当たりしかないか? などと迷いながら体育館にダッシュした。
◇
「しつこい輩なのね! あなた、えーと……浮き輪だったかしら?」
「浮間だ! 何でそこまであんな庶民先輩のことを気にしてんだ? イケメンだぞ俺は! あんな冴えない野郎のどこに惹かれてるか教えてくれよ、なぁ?」
「うぜえな……あぁ? てめえがイケメンとか、反吐が出んぞこら? イケメンってのはそこでボサっと突っ立ってる浅海のことを言うんだよ。たかが一度だけ不意を突いて唇を奪う下等生物ごときが生意気言ってんじゃねえぞ? その辺の草と同じように枯らしてやろうか?」
「おぉ、こええ。浅海だっけか? そこのあんた、この女にいじめられてたんだっけ? 今みたいなガラの悪そうな偽悪党にやられるとか、どんだけ弱かったんだよ? ウケるな、マジで」
「……っ」
「ふ、ふざけないでくれるかしら? わたくしが浅海をいじめるとか、そんなのはあり得ないことよ! どこのデマかは存じませんけれど、そんなデマに踊らされているアナタごときがわたくしに近づくだなんて、それはそれはさぞお偉い身分なのでしょうね」
浅海は俺に言っていた。さよりのことは許したくないと。それでも、俺が好きになった彼女のことを傷つけるつもりは無いと約束してくれた。だからこそ浮間なんかの野郎に、さよりをどうにかさせるはずは無いと思いながら俺は急いで駆けつけたわけだが……浮間じゃなくて、ラスボスが浅海とか聞いてないよ?
「こんな言葉遣いがバカっぽい女ごときにやられて、泣きべそ書いてた浅海くんも、大したことねえな? あんた、それでも鮫浜のお目付け役なのかよ。なんなら俺が代わってやろうか? 俺がこの偽女と、鮫浜あゆを囲ってやっても――」
「……いい気にならないでくれるかな? あなたも舟渡のようになりたいのか?」
「――えっ……」
「池谷さん、少しだけ目を瞑っててくれるかな。すぐ済ませるから……」
「え、ええ……」
渡り廊下から何となく見えた光景は、浅海の殺人蹴りもとい、何かの蹴りが浮間の体を歪めてそのまま壁に吹き飛ばしていたところは肉眼で見えた。いやいや、強すぎだろ。あんな男の娘に好かれる俺スゲー。
前後のやり取りは当然だが、聞こえてない。だけど、ここからは予想外だぞ。浮間を吹き飛ばした浅海イイヤツダナーなんて安心しまくっていたら、さよりに迫ってるじゃないか! こらこら!
「あ、あなた、すごいのね……あゆのお目付け役? ふ、ふーん……わたくしがあなたを雇ってあげても――」
「池谷さより……あんたも調子に乗るな。悪いけど、俺は直接手を下してなくても、暴言を未だに逃げの武器として使ってるあんた見てると虫唾が走るんだよ。湊にもその言葉で自分を印象付けて、今じゃ好かれているなんて、それはあまりに狡いんじゃないの? 湊と確かめ合ったその口づけを返してもらうよ」
「は? な、何故そういうことをするの? あなた、湊のお友達なのでしょう? それは彼が悲しむだけだわ!」
「その悲しみごと、俺が湊を……」
「え、ちょっと? あ、あなた、気は確かかしら? その姿で迫って来てもドキドキするどころか、何かの背徳感さえ覚えてしまいそうになるのだけれど……」
「湊、ごめんね。やっぱり俺は池谷さんを湊から奪い返したい」
こらこらこらー! 浅海くん、その男の娘姿でそれはあかんぞ。浅海に勝つには体当たりしかないか? 迷ってる余裕は無さそうなので、突撃しますよ?
「うおおおおおおお! こらー! 浅海! さよりから――」
「み、湊? え? あなた眠ってどこかに行ったんじゃ……」
「あはっ、はははっ! やっぱりそう来るよね。面白いなぁ、湊は。だから好きなんだよな。友達として」
浅海に突っ込むつもりが、ひらりと避けられてしまったんだが? そしてそれを最初から仕組んだかの如く、さよりと正面衝突しましたよ? しかし――残念ながらアレですね、分かります。
「……あぁぁ……はぁぁ、ナイ。無いな……オムネさんが、おや? 兆しが……」
「湊! あ、あ、あなたはわたくしの胸に手を置いたままで、よくもそんなことが言えるわね! む、ムカついて仕方が無いわ!」
「お、おぉぉ……ご、ごめん」
「あなた! 何なのその、だらしのない服装は! せっかくの制服が汚れているじゃない。そこにお立ちなさい! 今すぐ!」
「お、おぅ」
「あなたって、誰かに依存しないと制服もまともに着こなせないのかしらね。し、仕方が無いからわたくしがずっと一緒に……」
まただ。この規則正しすぎるさよりには真面目にうんざりする。これさえ緩めてくれればいいのに、この頑なすぎるさよりは、厳格なお母様っぽいところをどうしても譲ってはくれないらしい。
とはいえ、あゆに許しを得てきた以上は、俺の気持ちをコイツに伝えねば。そしてあゆにも……。
「湊くん、キミの答えを聞かせてくれる?」




