この空と花を君に
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ジークフリードとフリードリヒが和解してから1ヶ月後、王宮では新王の即位式が盛大に行われていた。
即位式の2週間前、ジークフリードはかつてベルクヴァイン侯爵に追いやられた公爵家を、元の官職に復帰させることを宣言した。5年前にハインミュラー公爵家が潰えた後、ベルクヴァイン侯爵はいくつかあった公爵家を、ハインミュラー公爵家の謀反に加担したとしてすべて追いやった。もちろん濡れ衣である。しかし、事前にこうなることを予測していたハインミュラー公爵が、各公爵家に伝えていたため、皆一度身を隠す用意をすることができた。そして、国政からいったん身を引き、この5年間、陰からジークフリードを支持し、共に国を守り続けてきたのである。
ジークフリードは、ハインミュラー公爵家の名誉も回復させ、その領土を返還したうえで、ディアナーーシャルロッテ・フォン・ハインミュラーをその後継者として認めた。これによりシャルロッテは、女公爵となることもできたのだが、それを辞退した。シャルロッテは自らの意思で、ジークフリードの側にいることを選んだのである。そのため、ハインミュラー公爵領は一時的に王家の管轄地となった。
ディアナは今まで通り、ジークフリードの侍女として王宮に勤めていた。そのため、ジークフリードの即位式が行われた今日も、忙しく働いていた。今は即位式が終わり、夜の舞踏会に向けての準備が進められている。ディアナは間もなく休憩室に戻ってくるであろうジークフリードのために、お茶の用意をしていた。その時。
「ディアナ。」
「ーっ!」
ディアナは、急に後ろから名前を呼ばれたことにに驚き、思わず声をあげそうになった。すると、背後から「しーっ」とささやかれた。
「ディアナ、君に見て欲しい場所があるんだ。舞踏会までは時間がある。ディアナが仕事を抜ける許可も侍女長から得ている。誰かに見つかると面倒だから、声をたてないで付いてきてくれ。」
振り向くと、そこには悪戯っ子のような顔をしたジークフリードがいた。
「殿下…いえ、陛下、舞踏会の準備はよろしいのですか?」
「アルフォンスがすべて仕切っている。任せておいて大丈夫だ。それに、ずっと式典ばかりで息がつまる。」
いかにもジークフリードらしい言葉に、ディアナは笑みをこぼした。
「承知いたしました。陛下の御心のままに。」
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ディアナはジークフリードに連れられて馬に乗った。といっても、ディアナ1人では馬に乗れないため、ジークフリードの馬に乗せてもらっている。後ろで手綱を操るジークフリードのことを意識すると、なんだか顔が火照ってきてそわそわしていたところ、慣れない乗馬が怖いのだと勘違いしたジークフリードが、ディアナのことを自分の胸に寄りかからせたため、余計に顔が熱くなったのは秘密だ。
「しばらく目を閉じていてごらん。」
ジークフリードにそう言われ、ディアナは目を閉じた。背中に感じるジークフリードのあたたかさと、顔を
撫でる風が気持ちよかった。
「着いたぞ。」
頬に感じる風の心地よさとジークフリードが側にいる安心感から思わずうとうとしていたディアナは、その言葉にハッと目を覚ました。そして、目の前に広がる景色に目をみはった。
「えっ…」
そこに広がっていたのは、青紫色の花が咲き乱れる花畑であった。
ーそう。紛れもない、両親がくれた思い出の花畑。
「どうして…だってこの花畑は、5年前に…」
「俺は、ハインミュラー公爵に、この花畑がディアナへの贈り物だったことを聞いていたんだ。確かに、この花畑は5年前の事件で一度失われてしまった。だがあの後、どうしても元のような綺麗な花畑にしたくて、何の花が植えられていたのかを調べたんだ。そして、同じ種類の花を植えて育てた。」
「陛下…」
ディアナの青空の瞳から涙が溢れ出す。するとジークフリードは、ディアナのことを抱き寄せ、その涙を拭った。
「ディアナ、すまない。辛いことを思い出させてしまったか?」
慌てたように尋ねてくるジークフリードに、ディアナは首を横に振った。
「違います…またこの花畑を見れるとは思っていなかったので、うれしくて…」
ディアナは涙で濡れた瞳で、ジークフリードを見上げた。
「ありがとうございます、陛下。」
そう言って微笑めば、ジークフリードも優しい表情で頷いた。
「この花が何の花かわかるか?」
不意に、ジークフリードが尋ねた。
「いえ…」
「スターチスだ。花言葉は…永遠。」
「永遠…」
ディアナはジークフリードの言葉を繰り返した。それはかつて、自分が信じられなかったもの。ジークフリードが、信じることを教えてくれたもの。
ーーお父様とお母様は、ずっと前から私に永遠を示してくれていた。
きっとずっと教えてくれていたのだ。共に過ごした思い出は永遠であること。そして誰かを愛する心も。
ディアナは、なぜ両親がこの花を植えたのかわかった気がした。
「ディアナ、お前に聞いて欲しいことがある。」
しばらくして、ジークフリードは真剣な表情でそう言った。
「お前は以前、俺の瞳を夕焼けの色だと言ってくれたな。」
ジークフリードが言っているのは、成人の儀の日のことだ。
「あの言葉、とてもうれしかった。血の色だと思っていた自分の瞳が、少し好きになれた気がした。」
ジークフリードは、朱色の瞳を真っ直ぐにディアナに向けた。
「お前はいつも俺にやすらぎをくれる。俺はお前に出会って、たくさんの幸せをもらった。だから、俺はお前にも幸せになってほしい。いや、俺がお前を幸せにしたい。」
そう言うと、ジークフリードはディアナの前に跪いた。
「陛下?!」
驚いたディアナの手をとり、その手に優しくキスをして、ジークフリードは言葉を続ける。
「ディアナ。いや、シャルロッテ・フォン・ハインミュラー公爵令嬢。俺の瞳の中にあるこの空と、永遠の花をお前に捧げよう。どうか、俺と結婚して、この先も共に生きてくれないか?」
真摯な瞳でそう言ったジークフリードに、ディアナは顔を真っ赤にした。
ジークフリードを愛している。それはディアナの偽りのない気持ちだった。だが、ジークフリードと婚姻を結ぶということは、即ちこの国の王妃になるということだ。それは、「ジークフリードの侍女ディアナ」ではなく、「カレンベルク王国王妃シャルロッテ」として生きるということ。そんな資格が、覚悟が自分にあるのだろうか。
「陛下…本当に私などでよろしいのでしょうか…」
不安げに呟いたディアナに、ジークフリードは微笑んだ。
「お前が嫌なら無理強いはしない。だが、この先お前にずっと俺の隣に立っていてほしい。これは、偽りのない俺の気持ちだ。」
ジークフリードの言葉が胸をあたたかくする。
「確かに、この先辛いことも大変なこともたくさんあるだろう。だが、きっと2人なら乗り越えていける。俺は、この命尽きるまで、お前を愛し、守ることを誓おう。」
ジークフリードの言葉を聞いて、ディアナの心は決まった。
「陛下、私もこの命尽きるまで、あなたを愛し、お守りいたします。」
ディアナーーいや、シャルロッテの言葉を聞いて、ジークフリードは目を見開いた。
「私もあなたを愛しています。陛下…いえ、ジークフリード様。」
そう言って微笑むと、次の瞬間、シャルロッテはジークフリードに抱き締められていた。
「ありがとう、シャルロッテ。愛している。」
そして、青空と夕焼けの瞳は交わり、2人は永遠の花の中で口付けを交わした。
これより先、カレンベルク王国は、長く繁栄することとなる。その基礎を築いたのは、腐敗した政治を終わらせ、後の世で英雄王と讃えられることになるジークフリード。英雄王ジークフリードの瞳は、美しい夕焼けのような茜色をしていたと伝えられている。
そして、ジークフリードを献身的に支え続けたのが、賢妃と謳われた王妃シャルロッテである。彼女の瞳は、晴れ渡った青空のような色であったと言われている。
交わるはずのなかった2人の物語は、こうして一つになった。やがて王国では、青空と夕焼けが交わる瞬間を見た者は、心から愛する者と結ばれ、幸せになれるという伝承が広まったという。
お読みいただき、ありがとうございます。
「この空と花を君に」これにて完結となります。初投稿で読みづらい箇所も多々あったかと思いますが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
また小説を通して皆様にお会いできたらと思っています。
本当にありがとうございました。