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 昼明けの授業。


 私は今日のこの時間を、いつも通りの、平凡な第二学年の剣術稽古の授業を行うつもりでいたのだが。


 戦場から遠ざかって二年。私は、久しく燻っていた感覚に震えが走った。


 間近で目に見るその剣舞、その立ち回りに、私は至極心を撃たれた。


 華麗な剣は、あの頃のまま。


 あいつの、海藤光示の剣筋は衰えることなく、今なおその輝きを放てるのかと思うと、嬉しさ半分、悲しさ半分という心境だった。

 この試合を見ていると思い出してしまう。私が、レフィーロ・ハデスが始めて海藤光示の剣を見た日のことを。


 カイトウの姉と私はメリゼル魔法学園時代の同級生で、弟がいるという話は聞かされていた。

 無邪気で、危なっかしくて、それでも魔法を学ぶことに真っ直ぐで、とても努力家な頑張り屋の、弟。

 彼女は我が事のように、自慢気な笑顔でそう語ってくれたことがある。


 同世代では敵無しだった天才の彼女が言ったのだ。


 凄い弟だと。


 正直、彼女の弟大好き話には慣れていた。いつも通りの平常運転。ブラコン女のノロケに近い戯言。


 そんな話題は学園生活の中における些細な雑談に過ぎなかった。

 当時は大した興味を向けるでもなく、そのまま時は経ち、私たちは学園を卒業していた。

 もはや、彼女の弟のことなど記憶の片隅にもなく、魔法使いとして戦場に立ち始めていた日々。


 そして一年弱。


 私は魔法教会所属のまま戦場から一線を退いた。

 教会の魔法チームを監督する役目を担いながら教職を取り、それから掛け持ちでメリゼル魔法学園の講師となったのだが。

 しばらくして、

 

 ―――偶然にも、私はその自慢の弟の姿を目にすることになった……。


 ――『魔法塾対抗交流戦』――


 ミーティア塾の代表として出場した少年少女たち。特待生エリートクラスの中でも更に厳選された天才その一人が………海藤光示だった。


 周囲とは圧倒的なまでにかけ離れた魔法剣撃のレベルは、当時九歳とは思えないほどに強く、また華麗だった。同世代で相手になる者はいない姿が、彼の姉と重なって見えた。


 真剣で、でもどこか楽しそうに戦う海藤光示。


 別段、笑っているとか、ふざけているとかの楽しそうではなくて、雰囲気が。本気が伝わってくる雰囲気が、闘志を燃やすような雰囲気が、真っ直ぐに向き合った魔法への思いを見せていた。


 その思いの強さが生んだのがあの美しい剣技なのだろう、とその時は強く心を引かれた。


 試合の合間に偶々話し掛けるタイミングがあった。

 姉の友人ということで私の顔を知っていた彼に、訊ねてみたかったことを口にした。


 ―――魔法で戦うこと……怖いと思ったことはないのか……?


 まだ子供。

 まだ本物の戦場も知らないはずの少年に、私は大人げなくも試すような問いを出してしまった。


 意味がよく分からずキョトンとした顔になるか、首を傾げるか、それとも軽々しく「怖くない!」や「楽しい!」などと無知な返答を口にするのか。


 子供に何をバカな期待しているのだろう、と自分に笑って質問を訂正しようとした。

 だがそれより早く、少年はほぼ即答で答えを口にしていた。


 ―――怖いけど、だからって後ろに下がるわけにもいかないでしょ。俺は前衛………前で戦う者。みんなの前に出て……一番危ない場所に出て……敵の的になる役目なんだから……。


 強がるでもなく、意地を張るでもなく、あまりに普通の口振りで、さも当然と言うように答えた九歳の少年に、私の方が意表を突かれて驚いた。


 苦笑いの表情。そこから伝わる正直な言葉。


 怖くても、怖いから、それでも下がらずに戦おうとする意志。チームのために自分が前に立ち、的になることさえ踏まえて、前へ前へと進もうとする。


 それが役目だから。


 役目、即ち義務だから責任を果たす。そんな言葉は、九歳の少年が口にするようなことではない。

 それは、塾の講師や彼の姉に教えられたことなのかもしれない。

 だが「怖くないのか?」と訊ねられて、「それが役目」と答える子供が何人いるだろう。


 怖い役目を理解しているからこそ、逃げたくなるのが普通ではないだろうか。


 剣術の実力だけではない。

 その心は、その姿は、既に戦場に立つ魔法使いだった。

 私は、がらにもなく憧れた。

 あんな奴がチームに欲しいと思った。


 私が再び海藤光示と話したのは、それから半年後のことだ。


 メリゼル魔法学園に入学が決まったと聞いて、私は自分のチームに誘うために声を掛けにいった。

 このレイバ国の王都メリゼルにある魔法教会には、国の大半の魔法使いが所属していた。

 魔法使いは基本的にチームで戦うため、教会所属の魔法使いはそれぞれチームを作って活動するのだが、魔法使いは人口の三割。戦力になる人手は常に欲するところだった。

 優秀な魔法使いともなると、学園卒業後に各チームで争奪戦にもなる。

 そのため魔法学園の生徒である内に唾をつけておく輩は多く、自分のチームの魔法訓練や遠征に参加出来るように仮契約で所属させたり、正式に弟子としてとるパターンは更だった。


 海藤光示は、紛れもなく天才の類いだ。


 姉の存在を差し引いても、実力的には世代トップクラスだったはずだ。

 実際に魔法学園の入学試験では、あのイメルダ・ギドと同率トップだったと聞く。

 チーム勧誘の声を掛けたのは私だけではない。

 私の知るだけでも魔法教会十以上のチームから誘いを受けていたはずだ。


 だが、私を含め、全てが断られた。

 魔法使いにとって、経験は一番の宝だ。チームに入りたくても入れない者もいる中、学園生徒である内からチームに入れることの貴重さを考えると些か非常識な解答だ。

 何かしらの事情があるならまだしも、理由を聞いたらただ一言で「魔法使いになる気はない」というあまりに無責任で、投げ遣りな物言いを返し、


 カイトウの瞳は、光を失い、酷く荒んでいた。


 あの笑顔が見る影もない。

 あの心の強さが見る影もない。

 あの剣を振る姿は、あの果敢に戦う姿は、いったいどこへいったのか。


 この半年間で、いったい何が。


 愕然と心に穴が空いたように私は落胆し、疑問は尽きぬまま、彼は魔法学園に入学した。

 その時にもう一つ聞いた話だが、カイトウと同率トップだったイメルダ・ギドも、魔法チームへの誘いを断ったそうだ。

 理由は知らない。


 もはや興味もなかった。あの剣舞が、あの強さが、手に入らないのなら。


 魔法学園入学後も、私はカイトウの話を他の教員からいろいろと聞いていた。


 魔法学の授業は寝てる。

 魔法の実習はサボる。


 学年教員の評価は最低だった。

 入学当初は周りから期待されていたのだが、そのせいか落胆も大きく。あのカイトウ騎士団長の弟が、と哀れむように、蔑むように陰口を言われていた。

 それでも成績は学年五十位以内に入り、良くて三十位。悪くて四十後半。

 そんな奴にイライラしていた。

 そんな奴に尚ガッカリした。

 あれだけの才能を持っていたはずの海藤光示が何故、その程度に留まっているのか。

 イライラしている自分を自覚し、自分本意に生徒を見ていることにまたイライラした。

 目を背けようとして、それも出来ずに半端に構って。

 教員である立場が、このときは妙に煩わしかった。


 一年経っても変わらずに。


 これからも彼は変わらないのだろうと、私はまた落胆の息を吐いていた。


 その筈なのに。


 今、海藤光示は剣舞を踊っていた。

 華麗に、強く、凄まじい。

 海藤光示に衰えはない。


 あの剣はまだ生きている。


 あの剣がまだここにある。


 私は、目を見開いて高揚した。


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