行間①
昼明けの授業。
私は今日のこの時間を、いつも通りの、平凡な第二学年の剣術稽古の授業を行うつもりでいたのだが。
戦場から遠ざかって二年。私は、久しく燻っていた感覚に震えが走った。
間近で目に見るその剣舞、その立ち回りに、私は至極心を撃たれた。
華麗な剣は、あの頃のまま。
あいつの、海藤光示の剣筋は衰えることなく、今なおその輝きを放てるのかと思うと、嬉しさ半分、悲しさ半分という心境だった。
この試合を見ていると思い出してしまう。私が、レフィーロ・ハデスが始めて海藤光示の剣を見た日のことを。
カイトウの姉と私はメリゼル魔法学園時代の同級生で、弟がいるという話は聞かされていた。
無邪気で、危なっかしくて、それでも魔法を学ぶことに真っ直ぐで、とても努力家な頑張り屋の、弟。
彼女は我が事のように、自慢気な笑顔でそう語ってくれたことがある。
同世代では敵無しだった天才の彼女が言ったのだ。
凄い弟だと。
正直、彼女の弟大好き話には慣れていた。いつも通りの平常運転。ブラコン女のノロケに近い戯言。
そんな話題は学園生活の中における些細な雑談に過ぎなかった。
当時は大した興味を向けるでもなく、そのまま時は経ち、私たちは学園を卒業していた。
もはや、彼女の弟のことなど記憶の片隅にもなく、魔法使いとして戦場に立ち始めていた日々。
そして一年弱。
私は魔法教会所属のまま戦場から一線を退いた。
教会の魔法チームを監督する役目を担いながら教職を取り、それから掛け持ちでメリゼル魔法学園の講師となったのだが。
しばらくして、
―――偶然にも、私はその自慢の弟の姿を目にすることになった……。
――『魔法塾対抗交流戦』――
ミーティア塾の代表として出場した少年少女たち。特待生エリートクラスの中でも更に厳選された天才その一人が………海藤光示だった。
周囲とは圧倒的なまでにかけ離れた魔法剣撃のレベルは、当時九歳とは思えないほどに強く、また華麗だった。同世代で相手になる者はいない姿が、彼の姉と重なって見えた。
真剣で、でもどこか楽しそうに戦う海藤光示。
別段、笑っているとか、ふざけているとかの楽しそうではなくて、雰囲気が。本気が伝わってくる雰囲気が、闘志を燃やすような雰囲気が、真っ直ぐに向き合った魔法への思いを見せていた。
その思いの強さが生んだのがあの美しい剣技なのだろう、とその時は強く心を引かれた。
試合の合間に偶々話し掛けるタイミングがあった。
姉の友人ということで私の顔を知っていた彼に、訊ねてみたかったことを口にした。
―――魔法で戦うこと……怖いと思ったことはないのか……?
まだ子供。
まだ本物の戦場も知らないはずの少年に、私は大人げなくも試すような問いを出してしまった。
意味がよく分からずキョトンとした顔になるか、首を傾げるか、それとも軽々しく「怖くない!」や「楽しい!」などと無知な返答を口にするのか。
子供に何をバカな期待しているのだろう、と自分に笑って質問を訂正しようとした。
だがそれより早く、少年はほぼ即答で答えを口にしていた。
―――怖いけど、だからって後ろに下がるわけにもいかないでしょ。俺は前衛………前で戦う者。みんなの前に出て……一番危ない場所に出て……敵の的になる役目なんだから……。
強がるでもなく、意地を張るでもなく、あまりに普通の口振りで、さも当然と言うように答えた九歳の少年に、私の方が意表を突かれて驚いた。
苦笑いの表情。そこから伝わる正直な言葉。
怖くても、怖いから、それでも下がらずに戦おうとする意志。チームのために自分が前に立ち、的になることさえ踏まえて、前へ前へと進もうとする。
それが役目だから。
役目、即ち義務だから責任を果たす。そんな言葉は、九歳の少年が口にするようなことではない。
それは、塾の講師や彼の姉に教えられたことなのかもしれない。
だが「怖くないのか?」と訊ねられて、「それが役目」と答える子供が何人いるだろう。
怖い役目を理解しているからこそ、逃げたくなるのが普通ではないだろうか。
剣術の実力だけではない。
その心は、その姿は、既に戦場に立つ魔法使いだった。
私は、がらにもなく憧れた。
あんな奴がチームに欲しいと思った。
私が再び海藤光示と話したのは、それから半年後のことだ。
メリゼル魔法学園に入学が決まったと聞いて、私は自分のチームに誘うために声を掛けにいった。
このレイバ国の王都メリゼルにある魔法教会には、国の大半の魔法使いが所属していた。
魔法使いは基本的にチームで戦うため、教会所属の魔法使いはそれぞれチームを作って活動するのだが、魔法使いは人口の三割。戦力になる人手は常に欲するところだった。
優秀な魔法使いともなると、学園卒業後に各チームで争奪戦にもなる。
そのため魔法学園の生徒である内に唾をつけておく輩は多く、自分のチームの魔法訓練や遠征に参加出来るように仮契約で所属させたり、正式に弟子としてとるパターンは更だった。
海藤光示は、紛れもなく天才の類いだ。
姉の存在を差し引いても、実力的には世代トップクラスだったはずだ。
実際に魔法学園の入学試験では、あのイメルダ・ギドと同率トップだったと聞く。
チーム勧誘の声を掛けたのは私だけではない。
私の知るだけでも魔法教会十以上のチームから誘いを受けていたはずだ。
だが、私を含め、全てが断られた。
魔法使いにとって、経験は一番の宝だ。チームに入りたくても入れない者もいる中、学園生徒である内からチームに入れることの貴重さを考えると些か非常識な解答だ。
何かしらの事情があるならまだしも、理由を聞いたらただ一言で「魔法使いになる気はない」というあまりに無責任で、投げ遣りな物言いを返し、
カイトウの瞳は、光を失い、酷く荒んでいた。
あの笑顔が見る影もない。
あの心の強さが見る影もない。
あの剣を振る姿は、あの果敢に戦う姿は、いったいどこへいったのか。
この半年間で、いったい何が。
愕然と心に穴が空いたように私は落胆し、疑問は尽きぬまま、彼は魔法学園に入学した。
その時にもう一つ聞いた話だが、カイトウと同率トップだったイメルダ・ギドも、魔法チームへの誘いを断ったそうだ。
理由は知らない。
もはや興味もなかった。あの剣舞が、あの強さが、手に入らないのなら。
魔法学園入学後も、私はカイトウの話を他の教員からいろいろと聞いていた。
魔法学の授業は寝てる。
魔法の実習はサボる。
学年教員の評価は最低だった。
入学当初は周りから期待されていたのだが、そのせいか落胆も大きく。あのカイトウ騎士団長の弟が、と哀れむように、蔑むように陰口を言われていた。
それでも成績は学年五十位以内に入り、良くて三十位。悪くて四十後半。
そんな奴にイライラしていた。
そんな奴に尚ガッカリした。
あれだけの才能を持っていたはずの海藤光示が何故、その程度に留まっているのか。
イライラしている自分を自覚し、自分本意に生徒を見ていることにまたイライラした。
目を背けようとして、それも出来ずに半端に構って。
教員である立場が、このときは妙に煩わしかった。
一年経っても変わらずに。
これからも彼は変わらないのだろうと、私はまた落胆の息を吐いていた。
その筈なのに。
今、海藤光示は剣舞を踊っていた。
華麗に、強く、凄まじい。
海藤光示に衰えはない。
あの剣はまだ生きている。
あの剣がまだここにある。
私は、目を見開いて高揚した。




