第十四話 天才と凡人の差かな
昼休み明け一コマ目の授業は、稽古場での剣術練習だった。
いつもの俺ならこんなダルい授業、適当な理由をつけてサボるんだが、今の俺にはあの課題が後ろに控えている。
自ら最前列に立つ《トップ・アタッカー》を引き受けた手前、下手なことは出来ない。失敗なんて論外だ。
俺が死ぬ。
このポジションの特徴は前衛での近接戦闘。そして魔法使いの接近戦は、主に剣術が主流となっている。
だから《トップ・アタッカー》のポジションも、戦闘で剣術をメインにして戦うタイプの魔法使いが選ばれるのが普通だ。
俺も真面目に剣を振るのは久し振りだし、授業で少しは感を取り戻さないとな。
授業前、担当の講師に見学を申し出に行かない俺を、驚いたような眼差しで見てくるクラスメイトたちと、剣術講師の先生。
失敬だな。揃いも揃って。
俺が授業に出ることがそんなに意外か。
ちなみに剣術授業はレフィーロ・ハデス先生が受け持っていて、隣のクラスと合同で行われる。
隣のクラス―――二年B組。ラルフのいるクラスだ。
確か、今日の授業では自由組手が出来る。
あいつの役割もアタッカー。魔法と剣術の両方を使うハーフポジションである以上、剣は必須。
ラルフは近・中距離戦闘魔法を操る才能が同年代で頭一つ抜き出ている…………が、剣術の腕は頭半分くらい。目元くらいまでしか出ていない。
いや、真面目な話。
俺の練習もあるけど、あいつにも少し剣術のレクチャーをしてやろう。これでも昔は俺の方が剣術では強かったんだ。
二人組を作れ、というハデス先生の言葉でそれぞれ適当な相手と組んでいくクラスメイトたち。そして、
「コウジー……」
「ラルフ、組手するぞ……」
「おお! 久し振りだな、お前との対人稽古。もちろんいいぜ! 頼むコウジ!!」
こいつは何でこんなに乗り気かね。
バトルマニアじゃあるまいし。
昼間の寝惚けた姿が嘘のように、何故か今は目が燃えている。
学校の授業なんかでそこまでやる気になれるのはスゲーな。決して見習いたくはないが。
「そういやラルフ………授業は真面目に受けてんだな」
「いや受けるの普通だからな。お前とイメルダがダメな方だぞ」
「まぁ分かってるけど。一、二年で受ける授業なんて、魔法塾に通ってた奴には復習みたいなもんだろ」
魔法塾―――魔法学園に入学する前の子供が一足早く魔法を学ぶために通う塾。
魔法の才能が目に見えて確認出来るとされる年齢は、魔法学園に入学出来る年齢と同じ、十歳前後。
十歳になる前から魔法の才能があると分かり、早目に魔法に触れさせておきたいと考える親は、大概ここに自分の子供を入れる。
だが、塾で習うことは学園でも習うから、はっきり言って通っても通わなくてもあんまり変わらん。
正直、ここで優秀だったから学園でも成績が良くなる、という訳でもない。
塾でやるのはホントに基礎の基礎。
それでも稀に基礎を完璧なレベルで仕上げた子供のみ特別講習で魔法を習える。
イメルダ、ラルフ、そして俺は同じ魔法塾―――『ミーティア塾』に通ってたから、その頃からの幼馴染みだ。
これでも当時は真面目に魔法塾に通っていました、はい。
今では見る影もないな。
そんな無駄話をしていると、他の連中も組む奴が決まったのか、ハデス先生の声が掛かる。
「はい。二人組になったなら、組手を始めるぞ」
練習用の木剣が各人に配られ、訓練場の真ん中で組手のための円が魔法の光で描かれる。
「じゃあ、一組ずつ順番に組手をやっていくから、他の皆は見学する組と、素振りをする組と別れて」
先生の言葉に全員が返事をすると、そそくさと班が別れた。
俺とラルフは見学組だ。本当はすぐにでも組手をしたかったけど、こればかりは授業だから仕方ないな。
「そういえば魔法塾の頃はこんな大所帯で訓練なんてやらなかったよな……」
「まぁ、俺もコウジも塾では特待生クラスで、少数効率重視のエリート指導だったしな」
そういえば結構優遇されてたな。今となっちゃあ良い思い出だ。古いアルバムの中に隠れてるレベルだ。全然思い出せないけど。
「おっとコウジ、次、俺らの番だぜ?」
「ああ……」
いつの間にか順番が回ってきていたらしい。
全然見てなかったわ。失礼失礼。
次の一組の待機場所までラルフと移動すると、近場にいたクラスメイトの一人から嫌しい声が上がった。
「なんだ? カイトウ、てめぇ………学年四位のラルーシュと組手する気かよ。てめぇなんかが相手になる訳ねーぜ………ボコボコにされて恥かくまえにサボっちまった方がいいんじゃねぇか、いつもみたいによ」
コドラン・ベージュか。また面倒臭い野郎が…………。
顔が嫌だ、顔が。バカにした態度は置いといても嫌な笑みを浮かべた顔が。
取り巻きなのかベージュの周りにいる数人の男子たちも同じような表情でいるから尚更にキモい。
ちらりとそちらに目を向けて、すぐさま視線を正面に戻した。
あんなのは無視だ、無視。
俺の反応がつまらなかったのか、小さく舌打ちが小耳に聞こえる。
目の前で二人の女子が木剣を打ち合うのを見ながら、そろそろ終わるかな、なんて考えてるが、別段待ち遠しい訳ではない。むしろ俺の番が早く終わらないかなくらいに思う。
自分の番を待ってるときの微妙な緊張が俺はあまり好きじゃない。
「なぁコウジ」
「ん?」
「お前、ハデス先生に何かしたのか? すげー見られてるけど」
「…………」
ラルフに言われるまで気が付かなかった。組手をしている二人を見ながらも、ハデス先生はチラチラとこっちに視線を向けていた。
何かしたのか、といわれてもな。
…………敢えて言うなら遅刻した。いや、それならもう罰は受けただろ。『絶刀』をモロに俺へ叩き込みやがったんだから。
「そいえばコウジって、入学した頃からハデス先生といろいろ話したりしてたけど、知り合いだったのか?」
「知り合い、というか…………そうだな。去年この学園に入学したとき、ハデス先生が統率する教会所属の魔法チームに、メンバー候補生として一緒の訓練に参加しないか、って誘われたことがある」
「………マジかよ」
「断ったけどな」
「マジかよ………」
ハデス先生だけじゃない。他にも声を掛けられた魔法チームはいくつかあったけど、その全てに、俺は首を横に振った。
去年、メリゼル魔法学園に入学が決まった頃のことだ。
当時の俺には、教会の魔法チームに参加するだけの自信や度胸が無かった。
いや、それらが打ち砕かれていた、と言ってもいいかもしれない。
自分の実力の無さを、自分の才能の無さを、身を持って思い知らされた時期だったからな。
俺は甘かった。
本物の天才を知らなかった。
姉貴のようになりたいと思いながら、強い魔法使いになりたいと思いながら、その願いを叶えるために必要なものを持てる人間がどれだけいるのか。
………どれだけしか………いないのか。
俺は分かってなかった。
「次、カイトウとラルーシュ」
名前を呼ばれて返事をすれば、俺とラルフは木剣を持って組手の場まで移動する。
「………コウジ」
「何だ?」
「それだけでいいのか?」
サークルの中に入る途中、ラルフは俺が持つ一本の木剣に視線を向けながらそう訊ねてくる。
たぶん、他の奴等には分からない質問だろうけど、別に俺の返答は決まってるのでどうでもよく答える。
「いいだろ別に。ただの稽古だ………マジになりすぎる必要はねぇよ」
「そっか…………つまんねぇの」
「おい……」
まるで相手にならないみたいな言い方はやめろ。
顔は冗談だと笑ってるからいいが、本音だったら傷付くだろ。
組手の場の円の中心に、俺とラルフは間合いをあけて対峙する。
さすが学年四位のカッコいい系―――ラルフの出番だけあって、見学組も素振り組も、女子連中はみんなここぞとばかりに視線を集めてくる。同じ場に立つ俺には、引っ込め堕落野郎、相手になる訳ないだろ、という奇異の眼差し以外全く目が向けられていないのがミソ。
むしろせっかくのラルフの組手に、俺みたいなサボりの王様がしゃしゃり出て不満タラタラという感じだ。少し悲しい。この歳の男子としては女子にいいところを見せたいと思う盛りだけに少し悲しい。
それでも少しでしかないのは、俺のこの学園に対する興味の無さが相当なものだと物語ってるのかもしれない。
対面では、ラルフはすでに戦闘モードだ。
集中し、真剣になった顔はマジでイケメンだが、そんな悠長なことも言ってられない。
こっちも集中してないと、一撃でやられる気がするほどの闘志だ。本当に、十一歳とは思えない。ラルフはすでに魔法使いの顔だった。
木剣を構える。そして、
「始め!」
ハデス先生の開始の声に、組手は始まった。
最初の頃は様子見の打ち合いだったのだが、徐々に時間が経つに連れ、互いに木剣に込もる力が増してくる。
レクチャーしてやる、なんてとんでもねぇな………ラルフの奴、いつの間にこんな………。
剣先を合わせれば、大体だが互いの実力くらい分かってくる。
俺は内心で焦り始めていた。
剣に込められる力が更に増す。
俺たちの前にやってたクラスメイトたちの、いうなら第二学年相応のレベルの打ち合いとは隔絶した戦闘領域。
剣速が加速し、打ち合う激しさが打撃音を高く響かせていく。
面を狙って振り下ろした俺の剣が受け止められ、鍔迫り合いになる。
体格も力も同じくらいだ。とはいえ無駄に体力を使ったら、サボり魔の俺が不利になるのは当然な訳で。
俺は一瞬、剣を引いて、体勢の崩れかけたラルフを体当たりで押し返した。
「っと! さすがコウジ……真っ向勝負は嫌いってか……」
「うっせぇ」
嫌いとか嫌いじゃないとか言ってる余裕もない。
ただの稽古。マジになる必要はないなんてよく言えたもんだ。本気でやらなきゃ速攻で負けちまう。
一年弱。まさかたったそれだけの期間でここまで強くなったのか。
嫌だねぇホントに天才って奴は……。
「ヤァ!」
「うお!」
そんな思考をしてるそばから、ラルフの突きが飛んできた。俺は木剣を立てて突きの軌道を逸らしながら身を横にしてかわし、ラルフの死角から胴を狙う。
―――決められる!
「よっ!」
かわされた。あの体勢から伏せやがった。そんなの有りかよ!
「この!」
剣速は更に加速している。もっと速く動けと、脳が命じるままに。
もはや周囲の視線など気にならない。
誰が何を言っているのかも分からない。
ただ俺は、更に速く動くために、剣を振るう。
「うおぉぉっらぁ!!」
今度は俺が突きを繰り出し、ラルフに紙一重でかわされた。
さっきとは逆で、俺に向けて抜き胴が飛んでくる。
一瞬、先のラルフの動きが浮かんだが、この状況で伏せてかわすなんて、反射神経があっても俺の体が追い付かない。
俺は咄嗟に突き出してた木剣から片手を手離し、上体を捻りながら胴を打ち出すラルフの小手を狙う。
俺の方が速い。
それにラルフも気付いたのか、抜き胴の軌道を変えて俺の木剣に当てた。
「っぶね!」
「くそっ!」
なんつー動きだよ。
これじゃ全然抜ける気がしねー。
速く速くと動いても、こいつはちゃんとついてきてやがる。
俺が疲れて速さが落ちる前にどうにか一本入れたいところだが。
「それまで!」
そこでハデス先生から、組手終了の声が上がってしまった。
終わりかよ。
クソ、ラルフの野郎、爽やかな顔しやがって………いつかその面に一本叩き込んでやりたい。
静まり返った稽古場の中、俺は一人、そんなことを思った。




