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小指の約束  作者: すもも


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2/5

2話 「どうして私を殺したの」

雨の音が容赦なく地面を叩き付けている。剛は公園の屋根の下で人を待っていた。スマートフォンのデジタル時計は深夜の1:10を指している。どうしても決着させなくてはならない話があった。けれどこんな夜中でなくてもよかったのではないかと冷静な思考も存在していたが今更止めたなどとは言い出せない。


ぱしゃりと雨音に別の音が混じった。


音の方向を見ると女が傘を差してこちらに向かってきた。ゆっくりとたしかな足取りで。何処かでみた光景だ、たしかにこれをどこかで見ている。剛はぼんやりと女を見つめて、


「―っ」


声にならない悲鳴が盛れた、体が硬直して動かない。知っている、たしかにこの光景を知っている。女が口を開く。ざりざりとノイズが混じった声。


「どうして私を殺したの?」


女の言葉に喉が引きつる、声を出したいのに声が出ない。俺じゃない、お前が勝手に死んだのだ。


「どうして私を殺したたの?」


ざざっと女の姿が消えたかと思えば、それは近くまで迫っていた。声にならない悲鳴をあげて剛は布団から起き上がった、ここが何処なのかわからずに暗闇のなか目をしばたかせて、何かを見つけるために頭を動かす。ようやくスタンドライトを見つけると明かりをともす。心臓がばくばくと響いて落ち着かない、灯りをつけても落ち着かず視線を彷徨わせて、隣に眠っている涼子を見とめてようやくここが自分の部屋だということを認識する。


「大丈夫?」


いつの間にか眠っていたらしい、涼子は剛を責めることなく心配そうにこちらを伺った。


「気持ち悪い、洗面所行ってくる」


付き添おうとする涼子の申し出を断りふらふらする足取りで洗面所へと向かった。蛇口をひねって水が落ちる、その冷たさが心地よかった。顔を洗って、蛇口を閉めて近くにかかっているタオルを手繰り寄せ顔を拭く。顔を洗ったら少しすっきりしたかもしれない。ふうと一息ついて顔を上げる。暗がりの鏡の中に黒髪の女が写っていた。悲鳴をあげてたたらを踏み尻餅をつく。


「何やってるの?ほんとに大丈夫?」


ぱちりと電気をつけられてそこに居たのは涼子だと気づく。心臓に悪い。


「涼子…やっぱ髪切れよ」


今までも何度かその長い黒髪を見て、あの女を思い出したことがあったが今はその比じゃない。何故か現れたあのピンキーリング。それが剛の心を必要以上に乱していた。


「だーかーらー願掛けしてるんだってば!心配して来てあげたのに」


頬を膨らませてしまった。折角の同居生活初日なのに彼女の機嫌を損ねてばかりだ。けれど涼子のお陰で気持ちは落ち着いた。


◇


次の日、朝日が眩しくて剛は瞳を開けた。

夜には閉めていたはずのカーテンが開かれている、隣を見ると涼子の姿がない。カーテンを開け広げたのは彼女だろう。あの後もう一度眠ってしまえば気持ちは大分落ち着いていた、夢で再び魘されることもなかったし、何もあの指輪でそんなに怖がる必要はなかったのではないかと思いはじめていた。


たかが指輪だ。それが何故家にあるのかなんて知らない。けどきっと何かの拍子で間違って持って帰ってきてしまったのだろう。そうに違いないと剛は自分に言い聞かせた。それにこれから新婚生活が始まるのだ。過去の事に囚われて新婚を楽しめないなんて間違っている。


寝室から出て行くと朝の香りが漂っていた。自炊などろくに出来きず、朝食はもっぱら食パンとコーヒーだったが涼子は白米に味噌汁。彼女は祖父母とも一緒に暮らしていたからその影響かもしれないと語っていた。部屋へと足を踏み入れるとテーブルに朝食を並べるエプロン姿の涼子の姿があった。その存在が眩しくて剛は思わず目を細めた。


「おはよう」

「おはよう、体調はよさそう?もし具合が悪いようだったらお粥にするよ?」

「一晩寝たらよくなった、会社も行ける」

「よかった、よかった。急に顔色悪くなるんだもん、心配したよー」


剛が元気なのを涼子はほっとした様子で笑って、じゃあ朝ごはんにしよ、とテーブルに着く。剛の部屋にはダイニングテーブルというものがないので座卓にソファの前の床に座っての食事。手をあわせていただきます。


ひとりの時にはやっていなかったことも涼子がいると一緒になってやってしまう。というかやらないと怒られる。どこの家にもある普通の朝食のはずなのに剛には感動するほど美味しく感じた。涼子よりも剛のほうが仕事に行く時間が早いので彼女が作ってくれた弁当にまた感動しながらも可燃ごみの日のためゴミ袋を持って鼻歌を歌いながら外に出る。


今日は特別いい天気に感じる、ゴミ捨て場にゴミ袋を捨てて、ポケットの中を手をつっ込む。出したのは例の指輪。こんなものを見つけたら気分が悪くなった。もうこれは必要ない、棄てたものだ。剛は無感動に指輪を投げ捨てた。


◇


指輪のことなど頭の片隅程度にしか認識しなくなった頃、仕事から帰宅するとごみ捨て場にまで持っていったはずの指輪が我が物顔で自宅のテーブルに置かれていた。背筋がぞっとして家の中にいるはずの涼子を呼ぶ。


いくら大声で呼んでもうんともすんとも返ってこない、買い物にでも行っているのか、スマートフォンを右手に握りしめ暗証番号を入力し終えたところで、買った時から設定し直していない着信音が響いた。名前を見た瞬間手から滑り落ちる。かつんと音を立てて床に落ちる。落とした時にスピーカーを押してしまったのか、音が外に漏れる。


「留守番電話サービスに移行します」



ぴーーー



ざりざりとしたノイズ音、聞き取りにくい声、何を言っているのか分からない、直ぐに切らなければ。早く、早く、早く!なのに体は動かず床に落ちているスマートフォンに釘付けになる。ざざざと音がなっている。ノイズ音が鳴っている。ふと、ざざざという音が消えた。切れたのかとほっとしてスマートフォンに手を伸ばす。


「どうして私を殺したの」


屈んだ姿勢で体が硬直する


「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」「どうして私を殺したの」


その言葉は何度も何度もリフレインする。


剛の体は震え、瞳孔が開く、顔は青白く息も荒い、これを止めなくてはと震える足を、なんとか一歩踏み出した、その後足が動くのは簡単だった。走って向かった先は何を思ったかキッチン。引き出しを開けて金属音をガチャガチャ鳴らしながら目的のものを探す。肉たたきを見つけるとそれを握りしめて音の発信源にかけていく。唸り声をあげて何度も何度も振り下ろす。


強く床を叩く音がする。スマートフォンが砕ける、床が凹んで、スマートフォンの内容物が弾け飛んで行った。リフレインしていた音が止んでも剛はしばらく続けていた、振り下ろす腕を止めてじっとそれを見つめる。まだ心臓が嫌な音を立てている。耳鳴りがして煩いはずの雨の音が聞こえない


「お肉がねセール中だったの!ステーキにしようと思うんだけど………………なんで肉たたき持ってぼんやりしてるの?それにスマホもぐちゃぐちゃ」


声が突然聞こえて剛の肩がびくりと震える。振り返るとビニール袋を持ったまま驚いた、というよりは恐怖した表情でこちらを見つめる涼子の姿があった


「あ、あぁ。大丈夫だ」


剛は自分が何に対して答えているのか分からないままに返事をした。涼子は顔を青くしているが剛は説明する気は起きなかった。なんと説明すればいいのかも分からないし、あの女について話したくない


「大丈夫って…剛君、どう考えてもおかしいよ?何かあった?」

「大丈夫だって!言ってるだろ!」


追求されたくなくて怒鳴る同時に肉たたきを床に向けて強く振り落とした。大きな音と涼子の肩がびくりと震えるのを見て我に返る。


「あ、…ちがう、悪い。涼子、ごめん」

「う、うんん。大丈夫」


気まずい雰囲気が流れる。


「あ、あー、私、ステーキソース買ってくるの忘れてた。ちょっと行って買ってくるね」


財布を引っつかんで諒子は出て行ってしまった、何もする気がおきずにどかりとその場に座り込む、愛用していたスマホがぐちゃぐちゃになってしまった。涼子との思い出も入っていたのに、バックアップなんてとってない。剛は頭をかかえて蹲った。

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