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波止場の迷い犬  作者: 酒酔
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**第十五話 若頭の影**

鼠の辰が事務所に駆け込んできたのは、深夜零時を回った頃だった。


「水野、でかいのを掴んだぞ!

 潮会の若頭・黒崎隆一……こいつが、高城麗華の元恋人だ」


俺は煙草をくわえたまま、身を乗り出した。峰岸美咲も表情を厳しくした。


辰は汗を拭いながら、早口で情報をまくしたてた。


「昭和五十五年頃、麗華は黒崎と相当深い関係にあったらしい。

 黒崎は当時から潮会の若手エリートで、佐藤と同じ商社出身。

 『港の華と港の王子』なんて呼ばれて、派手に付き合ってたって話だ。

 しかし麗華が突然、高城健一と結婚したことで黒崎は激しく荒れた。

 それ以来、組織内で頭角を現し、今では伝統派のナンバー2、若頭にまで上り詰めてる」


美咲が腕を組んで言った。


「つまり麗華は、夫と元恋人(潮会の若頭)の間で、ずっと板挟みだったということね」


「その通り。

 しかも黒崎は、佐藤の欧州ルート拡大を快く思っていない。

 高城が欲をかいたのも、黒崎が陰で煽っていた可能性がかなり高いらしい。

 佐藤を潰して、組織内の主導権を握りたいと思ってる」


辰は声をさらに低くした。


「黒崎は伝統派の急先鋒だ。

 佐藤の『ビジネスライクな改革』を目の敵にしてる。

 三日後の『マルセイユ・スター』で佐藤が大金を動かそうとしてる今、

 黒崎は絶対に動く。佐藤を潰す絶好の機会と見てるはずだ」


俺は煙草の煙を天井に向かって長く吐いた。


「麗華は……黒崎のことを今もどう思ってるんだ?」


「それは本人に聞かないとわからねえが、

 黒崎の方はまだ麗華に未練があるって噂だ。

 だからこそ、今回の件に妙に執着してるのかもしれねえ」


辰が帰った後、事務所に重い沈黙が落ちた。


美咲がぼそっと言った。


「ますます複雑になってきたわね……

 麗華の過去に、潮会の若頭が絡んでいたなんて」


俺は窓の外の暗い港を見つめ、静かに言った。


「これでようやく、事件の全貌が見えてきた。

 佐藤は娘と自分の未来のために、

 黒崎は復讐と組織の権力のために、

 麗華は夫からの解放のために動いている。

 高城健一はその中心で、ただの駒にされかかっていた」


俺は灰皿に煙草を押しつけた。


「美咲、三日後が勝負だ。

 黒崎の動きも警戒しつつ、俺たちは佐藤と高城を狙う。

 麗華も……本当の気持ちを吐かせる」


昭和六十年の横浜港は、

欲望と過去の恋と、組織の暗闘が絡み合う、

激しい最終局面を迎えようとしていた。

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