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第30話 囚われの二人


 シルヴィアたちが森の小屋に囚われてから数時間。

 シルヴィアは、自分たちを捕らえた野盗たちの様子に目を凝らしていた。


(どうやら私たちに危害を加えるつもりはなさそうね)


 この数時間、絶えず彼らを観察しているが、彼らがシルヴィアたちに何か指図をすることはない。

 ただ見張りを定期的に交替させるだけで、その男たちの誰もがシルヴィアを舐め回すように見るものの、すぐに興味を失ったのか、椅子に座って武器の手入れを始めるだけだった。


(人質以上に変な要求をされるようなら、その場で抵抗するつもりだったけど……)


 少なくとも、いまのところその様子はない。

 ならば大人しく助けが到着する時間を稼ぐほうが賢明で、シルヴィアはじっとその時を待っていた。



(この男たちの目的は何?)


 もちろん、いまは追っ手から逃れるために身を隠しているのだろう。

 夜間に疾走する馬車は目立ちすぎる。

 夜明けを待って一般の馬車に紛れ街に入る算段なのだろう。



(でもそれなら、行(・)儀(・)が(・)良(・)す(・)ぎ(・)る(・)……)


 逃走のついでに得た人質など、逃走の完遂が目前になれば、ただ邪魔なだけだろうに。

 一番身近な目撃者は始末しておくほうが賢明で、最後の保険にするにしても街に入るには目立ち過ぎる。

 やはり直前で殺しておくほうが合理的だった。


 けれど彼らはそうしない。

 そして、どうせ殺す人間だからと、偶然の戦利品で遊ぼうともしない。


 ただの野盗にしては短慮と享楽には程遠く、妙に無欲で淡々と事を運んでいるように見えた。



「…………」



 ふわぁあ、と見張りの男が大きなあくびを噛み殺す。

 これで3回目だ。

 さすがに時刻も深夜となれば、彼らであっても眠いのだろう。


(王都から軍馬で急いだとしたら、あと1時間弱くらいかしら)


 優雅な馬車旅とは程遠い機動力を誇る軍馬で駆けたなら、それも難しくはないような気がした。



(伯爵邸で別れたクリフたちは、きっと森まで捜索の手を伸ばせない。夜間にここを突き止めるのは困難だわ)


 ゆえに頼みの綱は、魔道具でこちらの居場所を探知できるミリウスで――……。


(でもいざ彼らが到着した場合、ここは戦場になる可能性が高い)


 その場合、彼(・)女(・)はどうなるのだろう……?


 シルヴィアは隣で身を縮める少女――伯爵邸のメイド、コリンナを見下ろした。



(いまの私じゃ彼女を守りきれるか五分五分で。きっとミリウスに率いられて来る近衛騎士隊も、私の命は死守しても、この子の無事までは保証しない)


 優先順位の問題で、彼女の安全は二の次にされてしまう。



「………………」



 やはり、決断するならいまだ。



 見張りの男がうとうと舟を漕ぎ始めたのを好機に、シルヴィアはそっと隣の少女に耳打ちする。


「コリンナ。これからあなたをここから逃がすわ。だから森の外まで逃げて」

「……!」

「私はこの靴だから一緒には行けないけど。ここでなるべく時間を稼ぐわ」


 そう言って彼女に笑いかける。


 もし彼らの目的が、シルヴィアの予想どおり『強盗ではなく皇女の誘拐』にあった場合、自分が彼女と共に行くのは、彼女をただ危険に巻き込むことになるような気がした。



「でも……!」


 コリンナが不安な瞳で訴える。

 残していくシルヴィアが心配なのと、夜の森を一人で逃げ切れるかというその不安と。


「大丈夫。あなたなら逃げられる。だからあなたが外に出て助けを呼んできてくれる?」



 そうしてシルヴィアはコリンナを宥めると、手短に手筈を説明する。

 そして静かに見張りに聞こえるか聞こえないかの音量で魔法の詠唱を始めた。


 緊張をはらむ長い詠唱。

 呪紋と違い敵に気取られる危険性を伴う長い呪文詠唱に、幸いにも舟を漕ぎ始めていた見張りの男は気づかなかった。

 夢うつつのまま、シルヴィアがかけた睡魔の呪文に、今度こそ本格的な深い眠りに落ちてゆく。


 男が完全に眠りこけ椅子に仰向けになったところで、シルヴィアは自分の腕を戒めていた縄を解いた。

 そうしてコリンナの縄も解き、男に歩み寄ると、その腰に帯びていたナイフを奪い取る。


 そして武器を確保し、男の身動きを封じると、小屋の窓からそっと外を窺った。



「……誰もいないようね」


 ちょうど荷馬車を置いた入り口と反対側にある部屋だったらしい。

 外部に見張りがいないのを確認して、シルヴィアはそっと窓を開ける。


「コリンナ、逃げなさい」


 手を引いて、彼女を窓の外へと促す。


「大丈夫。絶対あなたには助けが来るわ」


 そうして彼女の手の中に『あるもの』を押し込んだ。



「また会ったら、今度はあなたの淹れるお茶でお茶会をしましょう?」



 にこりと、彼女に罪悪感を残さぬように鮮やかに笑って、シルヴィアはメイドの少女を送り出す。



 彼女の足なら、きっと森の外まで辿り着けるはずだ。



「絶対……! 絶対助けを呼んできますから……!」



 


 そうして躊躇いがちに森へと消える少女を見送って、シルヴィアは戦闘態勢を整える。



 どこまでできるかはわからない。



 けれど、諦めるわけにはいかない。



 最善を尽くして、もう一度――――あの人に逢うために。




 シルヴィアは意を決して立ち上がった。





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