正しい魔法が、間違っている
ローデン村に、新たな来訪者が現れたのは、契約締結から十日ほど経った頃だった。
白を基調としたローブ。
装飾は控えめだが、布地は高級。
腰には杖――だが、使い込まれた様子はない。
「魔法学研究院より参りました」
名乗ったのは、初老の男性だった。
「エルヴァンと申します」
その声は落ち着いているが、目だけが異様に鋭い。
「あなたに、どうしても確認したいことがありまして」
村長は、ちらりと俺を見る。
俺は、頷いた。
「話だけなら」
⸻
集会所の一室。
エルヴァンは、早速本題に入った。
「あなたは、“失敗魔法”を使っていると聞きました」
「そう呼ばれているものですね」
「定義を確認しましょう」
彼は、机に指を置く。
「発動条件を満たさない
効果が不完全
再現性が低い
これらを総称して、失敗魔法」
「一般的には」
「ですが」
彼は、視線を上げた。
「あなたの成果は、再現性が高すぎる」
核心だった。
⸻
「普通、失敗魔法は“結果が安定しない”」
「ええ」
「しかし、あなたが関与した場所では
結果が固定されている」
水路。井戸。畑。倉庫。
「これは、失敗ではありません」
エルヴァンは、断言した。
「分類が、間違っている」
空気が、少し張り詰める。
⸻
「では、何だと?」
俺が、聞き返す。
エルヴァンは、少し言葉を選んだ。
「本来は、“前処理魔法”です」
「前処理?」
「本命の魔法が、正しく作用するための準備」
彼は、杖で床を軽く叩いた。
「魔法とは、世界に干渉する行為です。
ですが、この世界は――」
少し、間を置く。
「干渉される準備が、できていない」
⸻
「……意味が分かりません」
村長が、困惑したように言う。
エルヴァンは、頷いた。
「でしょうね。
魔法学は、結果主義ですから」
彼は、続ける。
「水を出す魔法。
火を起こす魔法。
回復魔法」
「どれも、“結果”だけを見ている」
「ですが、その前段階――
土壌、水脈、魔力流路」
そこに、視線を向けた。
「誰も、整えていない」
⸻
俺は、少し考える。
(だから、失敗魔法が出る)
無理やり結果を出そうとして、
前提条件が壊れる。
「あなたは」
エルヴァンが、静かに言った。
「結果を出していない」
「……?」
「結果が出る状態を、作っている」
その言葉は、腑に落ちた。
⸻
「だから、派手な痕跡が残らない」
「だから、再発しない」
「そして――」
彼は、わずかに笑った。
「だから、誰にも理解されなかった」
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
⸻
「魔法体系が、逆なのです」
エルヴァンは、淡々と告げる。
「本来は、
整備 → 発動 → 維持」
「だが、この世界は
発動 → 崩壊 → 修復」
「失敗魔法は、
その“歪み”の副産物です」
部屋が、静まり返る。
⸻
「……もし」
村長が、恐る恐る聞く。
「それが、広まったら?」
エルヴァンは、即答した。
「混乱します」
「既存の魔法理論が、崩れます」
「多くの魔法使いが、
自分の魔法を疑うことになる」
そして――
「あなたは、中心に立たされる」
視線が、俺に向く。
⸻
「だから、私は来ました」
エルヴァンは、深く頭を下げた。
「この理論を、公開するつもりはありません」
「ですが――」
「あなたの協力が、必要です」
その姿は、研究者だった。
権力者ではない。
⸻
俺は、しばらく黙った後、言った。
「協力は、条件付きで」
「もちろん」
「私のやり方を、変えさせないこと」
「……分かりました」
「そして」
少し、間を置く。
「この村を、実験場にしないこと」
エルヴァンは、はっきり頷いた。
「誓います」
⸻
夜。
一人になって、考える。
(失敗じゃ、なかったのか)
ずっと、そう言われてきた。
評価されず、切り捨てられた。
だが――
前提が、違っていただけ。
世界の方が、間違っていた。
そう思うと、不思議と怒りは湧かなかった。
(やることは、変わらない)
整える。
壊さない。
それだけだ。
⸻
その頃、王都。
「魔法学者が、辺境に入った?」
「はい。
非公式ですが」
誰かが、舌打ちする。
「……早すぎる」
だが、もう遅かった。
世界の前提は、
静かに、揺らぎ始めていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




