小さな実証は、世界を疑わせる
ローデン村の外れ、小さな空き地。
そこに、簡易的な結界が張られていた。
「ここなら、影響は限定的です」
エルヴァンはそう言って、杖を地面に突き立てる。
周囲には、村長と数名の村人。
そして、少し離れた位置にリィナ。
全員が、静かに様子を見守っていた。
⸻
「今回の実証は、極めて単純です」
エルヴァンは、淡々と説明する。
「通常の水生成魔法を使います」
「その前に――」
彼は、俺を見る。
「あなたに、例の“前処理”をお願いしたい」
「分かりました」
俺は、空き地に歩み出た。
やることは、いつもと同じだ。
⸻
地面に、魔力を流す。
だが、形は作らない。
術式も、描かない。
ただ、整える。
水脈の向き。
地中の空洞。
魔力の通り道。
ほんのわずかな歪みを、元に戻す。
「……これで」
それだけだった。
派手さは、ない。
⸻
「では、通常通り発動します」
エルヴァンは、詠唱を始めた。
初級水生成魔法。
学生でも使える、ごく一般的な術だ。
「――発動」
光が、瞬いた。
そして。
「……!」
水が、溢れ出した。
だが、それは――
異様なほど、安定していた。
⸻
「魔力消費が、三割減っています」
エルヴァンの声が、わずかに震える。
「水量は、規定値通り。
乱れなし。反動なし」
ありえない。
普通なら、多少の誤差が出る。
それが、“当たり前”だった。
「もう一度、やります」
二度目。
三度目。
結果は、すべて同じ。
⸻
「……成功率、百パーセント」
エルヴァンは、呆然と呟いた。
「失敗が、存在しない……」
リィナが、静かに口を開く。
「つまり」
「はい」
エルヴァンは、深く頷く。
「あなたが“何もしないように見える工程”が」
「魔法の成否を、決めている」
⸻
村人の一人が、恐る恐る聞いた。
「それって……
今までの魔法は、間違ってたってことか?」
エルヴァンは、少し考えた後、答える。
「間違ってはいません」
「ただ――」
視線を、俺に向ける。
「未完成だった」
その言葉が、重く落ちた。
⸻
「もし」
村長が、低い声で言う。
「これが広まったら?」
「世界が、混乱します」
エルヴァンは、はっきり言った。
「魔法学は、書き換えられる」
「多くの魔法使いが、
“自分は失敗していた”と知る」
そして。
「あなたは、その原因になる」
視線が、再び俺に集まる。
⸻
「……それでも」
俺は、静かに言った。
「やることは、変わりません」
「必要な場所で、必要なだけ」
「それ以上でも、それ以下でもない」
エルヴァンは、ゆっくりと息を吐いた。
「……だからこそ、危うい」
だが、その顔には、確かな敬意があった。
⸻
実証は、記録されなかった。
公式な報告も、行われない。
だが――
見た者の認識は、確実に変わった。
魔法とは、力ではない。
条件だ。
その前提が、静かに崩れ始める。
⸻
その夜。
リィナが、ぽつりと言った。
「あなたは、世界を壊すかもしれませんね」
「……そうでしょうか」
「ええ」
だが、彼女は続ける。
「でも、今の世界は、
少し歪みすぎている」
俺は、答えなかった。
ただ、星のない空を見上げる。
(直すだけだ)
壊すつもりは、ない。
それでも――
変わってしまうのだろう。
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次話から、世界側がこの理論に気づき始めます。




