記憶
殿下の結婚式があと2週間後になり国内外の来賓の出迎え、宮殿内の警備強化、王都の巡回など騎士団総出で任務に当たっている。
そのような状況の中で俺の唯一の癒しは短い時間でもエミルと一緒に過ごすことであり今日も疲れて遅い時間に帰宅した。
「フィルさん、お帰りなさい。遅くまでお疲れ様」
「ただいま、起きていてくれてありがとう。エミルの顔を見ると安心するし癒される。殿下の結婚式まであと2週間だから頑張るよ」
「そうだ、今日メイから聞いたけど結婚なさる第三王子殿下はニードリッヒ殿下なんだって。ニド様と名前が似ているね」
「…そうだね、言われてみれば似ているね」
「うん、驚いちゃった。ニド様も結婚式には出席するの?」
「あ、うん。貴族だから出席するよ」
「フィルさんも貴族だったら出席できるのに…」
「僕は出席はしないけど結婚式には近衛隊として常に殿下の近くいるから同じことだよ」
「そうだったね。良かった」
「エミル、最近はゆっくりできないけど何か変わったことは無い?」
「うーん? お父さんもお母さんも元気に仕事しているし私も手伝いを頑張っているよ。あっ、でも最近お腹は減るのに食べ物を食べたり匂い嗅いだりすると気持ち悪くなったりした。お腹が減りすぎてたのかな?」
「あまり続くようなら心配だからちゃんと病院に行ってくるんだよ」
「うん、分かった。お母さんにも相談するね」
この会話を最後に結婚まで1週間に迫ってきたのでエミルの体調は気になるが自宅には帰れなくなり多忙を極めている。
2、3時間程しか睡眠が取れない日があったが遂に結婚式の日を迎えた。挙式するトロキティーナ教会へ同行しニードリッヒ殿下とクリスティン殿下の挙式は滞りなく無事に終わり夫婦となった。
宮殿に戻ると結婚祝賀会が開かれ殿下とクリスティン殿下が退室するまで護衛をし、そのあとは後任の護衛に引き継いだ。
いつもニードリッヒ殿下のそばで仕える俺も今日のように心から幸せそうな表情を見るのは稀である。
とりあえず今日の任務が無事終了したことに一安心し自宅へ帰った。
「お帰りなさい、フィルさんお疲れ様でした」
「エミル、無事に結婚式が終わったから明日から落ち着いてくると思うよ。そうだ、体調は良くなった?」
「うん…。治ってないけど治らないの」
嫌だ、何も聞きたくない…。まさか不治の病なのか? なぜもっと早く気づいてあげられなかったのだろう。一瞬のうちに後悔と恐怖感に襲われる。
「治らないってまさか重い病なの? それなら心配しなくていいよ。僕が必ず治るように方法を探すしそのためには努力を惜しまない。仕事も辞めてずっと傍にいるし治療法があるなら他国にだって連れて行くしどんなことでもする……」
「フィルさん! 落ち着いて。あのね、妊娠しました」
「へっ? 妊娠? 子供ができたのか?」
「うん、嬉しくないの?」
後悔と恐怖感から一気に解放されて俺は喜びのあまりエミルを強く抱きしめる。
「やった! 子供ができた! エミル嬉しいに決まってる。本当か、本当に子供が……。あ、痛かった? ごめんね。嬉しくなりすぎてつい」
「驚いたけど大丈夫。気持ち悪いのが続いて今日お医者さんに診てもらったから間違えないよ。女神様が願いを叶えてくれたから気持ち悪いのも我慢してるの」
「あっ! だから吐き気がしてたのか。忙しくて何もしてあげられなかったからごめんね」
「いいの、お父さんもお母さんもいたから大丈夫」
「そうだな、頼りになるから同居して本当に良かったよ。エミル、本当に嬉しい! 無事に産まれるように協力するからな」
久しぶりにエミルと軽く口付けをしたが悪阻が酷くならないようにそのあとは我慢する。あぁ、子供ができるということはこんなに嬉しいことなのだな。
翌朝、一階へ降りるとナジェルさん達は先に起きていてエミルが妊娠した話になると喜んでいるのが分かる。
俺とナジェルさんは仕事の手伝いは休むべきだと言ったがマリアさんとエミルは休まなくていいと言い意見が合わなかったが結局女性には勝てなかった。
しばらく経つと悪阻も良くなってきたので休みが取れた日に実家に帰り妊娠の報告をすると父と母も大喜びでエミルに栄養のある食事を取らせていた。
そして子供は順調に育ちお腹も大きくなったので休みの日には庭でのんびりと過ごしている。
「フィルさん、今日はお義母さんと庭の花壇に新しいお花を植えるの。私の大好きなお花だから咲いたらフィルさんも気にいると思うよ」
「何の花だろう? 楽しみにしている。庭でお茶を飲んでいるけど用があったら呼びにきて。その前に裏庭から花苗を運んで来るからな」
「エミルちゃん、お待たせしました。それでは早速始めましょうか。私、庭仕事をするのは初めてだわ! ところで何のお花を寄せ植えするのかしら?」
「私の一番好きな花苗をたくさん植えるので昨日お父さんに用意してもらってあります。今フィルさんに運んでもらっているから待ってください」
俺は裏庭に置いてあるたくさんの花苗を花壇のそばに運び少し離れた所に移動する。
「お義母さん、それでは始めますよ」
「エミルちゃん、この葉の形はもしかして…」
「はい、デイジーです! 白くて可愛い小さな花がたくさん咲くから寄せ植えするとまるで花畑のようになりますよ。以前、お義母さんもフィルさんがパイゼン領に行ったとき無事に帰ってくるように買ったお花ですけど覚えていませんか?」
「ええ、そうよ! フィルがパイゼン領に行ったときにエミルちゃんのお店で買ったわ。でもエミルちゃんの方がそのことを…大変だわ、フィルを呼びに行かなければ」
? お義母さんは慌ててフィルさんを呼びに行ったけ私は理由が分からない。一体何が大変なのかな?
「母上、そんなに引っ張らなくても私は逃げませんよ。エミル、何かあったのか?」
「何もないけどお義母さんが…大変みたい」
「フィル、よく聞きなさい。このデイジーというお花はあなたがパイゼン領に行ってからエミルちゃんのお店で勧められて私が買いました。そのあと日にちが経ちすぎて私とフィルのことをエミルちゃんは覚えていませんでしたよね? でも先程、私がデイジーを買ったこともフィルがパイゼン領に行ったことも覚えていたということは…。やはりナジェルさん達も呼びに行くわ」
「エミル」
「フィルさん、私パイゼン領に行って悲しかったこともお義母さんがお花を買いに来たことも今まで忘れてたのに突然思い出したのかな」
「あぁ、エミルは俺から聞いた話ではなくて自分の記憶としてあるのか?」
「う、うん。他のことも少し思い出したみたい。自分の記憶としてある」
「そうか、そうなんだ。思い出した、エミルが…」
「私、フィルさんに酷いことをしちゃった…。あんなに会いたくて苦しくて堪らなかったのに忘れてしまって二回も全てやり直しさせたわ」
「エミル、何回でもやり直す覚悟もあったし二回とも恋に落ちて求婚も受け入れくれたからいいんだ。それに思い出せるか分からないけど、忘れたあともキャンディの瓶を抱きしめて寝たり残りが少なくなってしまったキャンディの売っている店を探したよね?」
「あっ! そうだった」
「完全に忘れた訳ではないしエミルの記憶障害も理解してたから僕は諦めることなんてできなかった。こうして結婚できたのもたくさんのことを乗り切ったから今がある」
「そうだね、でもありがとう。これからはもう忘れないと思うから安心してね」
正直なところ記憶障害なんて忘れてしまっていた程だったのに何がきっかけなのかは分からないがこんなにも簡単に思い出した。これから全て思い出すか又は時間がかかるかなんて分からないが傍にいることができるなら全く問題ない。それでも今より更に明るい未来が俺達には待っているような気がする。
「エミル、君に出会えて幸せだよ。この先どんな困難でも乗り切ってみせるから俺についてきて。愛してるよ、これからもずっと」
「うん、私もフィルさんと出会えて本当に良かった! だってこんなに幸せな人生なんだもの。フィルさん愛してる、永遠に」
〜完〜
本編は完結となりますが残り一話で投稿終了です。最後までお読みいただきありがとうございました!




