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散花  作者: 夢涙月
10/13

流魂1

流魂


 どうして?

 と滝沢は思う。

 なぜ、こんな死に方をしなければならないのか――

 何日か前までは、自分と笑いながら会話をしていたのに──

 滝沢が闇の中で自分の両手を見つめた。激しく震えていた。この手の中で美咲は死んで逝ったのである。あの美咲の閉じられてゆく瞳が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 俺はそんな美咲に何も出来なかった。

『馨ちゃん』と必死に漏らした最後の言葉。その微妙なアクセントさえもはっきり滝沢の心に残っている。

 何が言いたかったんだ?

 嫌、今となってはもうそんな事はどうでもいい。

 美咲の死という現実には変わりはないし、美咲に対して自分があまりにも無力過ぎる事にも変わりはないのだ。

 こんなどうしようない男なのに──。

 どうして?

 君は笑えるんだ?

 何故、あんなに優しい微笑みを残せるんだ?

 滝沢には理解できなかった。

 こんな突然の死でさえも、君は笑って迎え入れられるのか?

 そう。

 あの日、美咲の死に顔をみてしまった日。

 君はいつものようにあの優しい笑顔を浮かべていた――

「どうして……」

 滝沢の目から涙が零れた。

 部屋の中で蹲りながら、滝沢は居るはずのない美咲を闇の中でいつまでも見つめていた。

 

 美咲の死から五日が過ぎていた。

 会社はずっと無断欠勤したままだった。

 二日目までは何度も倉沢課長から電話があったが、三日目に解雇すると言うメーセージと共に一切掛かって来なくなった。

 そして、その翌日。滝沢はアパートから居なくなっていた。


 時折国道を走る車のヘッドライトが、その歩いてる男の姿を映し出す。

 男は首を項垂れ、泣きながら歩いていた。

 履いているジーパンはあちらこちらに泥とか草とかが付いている。

 滝沢であった。

 下を向いて歩いている為、時折電柱にぶつかったり、躓いて転んだりする。

 転んで道路に俯せになったまま、滝沢は動かなかった。

 もうこのまま死んでもいいとさえ思う。

 でも、死のうと考える度に滝沢の脳裏に美咲の笑顔が浮かぶのである。

「うわぁぁぁ」

 滝沢が叫んだ。

 何度叫ぼうと、何をわめこうと、いくら涙を流そうと何も変わらないのに、そんな事はもう充分判っているのに、滝沢は声を出さずにはいられなかった。

 美咲と一緒にドライブしたこの道を、美咲の事を思いながら歩く。

 今の滝沢にはそんなことしか思いつかなかった。


 美咲と一緒に歩いた石畳。その両側に植えられている銀杏の木にすでに葉はなかった。

 吹き荒ぶ木枯らしが、落ちた葉を絡め取りながら滝沢をすり抜けてゆく。

 落ちくぼんだ虚ろな目で滝沢は正面を見た。

 あの日の美咲の仕草が蘇る。美咲の言葉が滝沢の心の中に深く淀んでゆく。

『合格出来るか、どうか。まだわかりません』

 あの時の笑顔で答えた美咲の言葉が、今の滝沢の心を重く苛む。

 涙が止まらなかった。

 美咲と一緒に見た天使が、優しい微笑みを浮かべ滝沢を待っていた。

「うっくっ……」

 滝沢が声を詰まらせながら、フラフラと歩く。

 『天使の夢』と書かれたブロンズ像の前に滝沢が跪く。

 泣きながらそのブロンズを見上げる。

「くっうぅぅ」

 そこに頭を垂らしただ泣く事しか出来ない滝沢にとって、今吹きつける木枯らしはあまりにも冷たすぎた。

 

 ドアをノックする音が響いた

「イエス。プリーズ」

 その初老の男は、窓から見える桜の木を見つめながら答えた。

 しかし、その枝に今は何もなく、吹き荒ぶ木枯らしが時折枝を揺らしていた。

 陽はすでに落ちかけ、あたりはほんのりと夕闇に包まれていた。

 緩くウェーブした金髪を自然にバックへと流し、目元には濃い皺が刻まれている。

「ミスタースミス」

 三十代の眼鏡を掛けた女性がドアを開けて入ってきた。

「オー、ミセスカネモト。今日も、ビューティフル」

 男の青い瞳が愛嬌のある眼差しに変わった。

「今、警備員から電話がありまして」

「ホワイ?」

「『天使の夢』の所に変な男がいるそうなんです」

 スミスの表情にわずかな緊張の色が浮かんだ。

「その男がどうしても、ロバート・スミスに会いたいと、泣きながら頼んでいるそうなんです」

 スミスが目を瞑り、天を仰いだ。

 そして、ゆっくりと目を開くと再び笑顔で答えた。

「OK、ミセスカネモト。私をその人の所に案内して下さーい」

流暢な日本語であるが、微妙にアクセントがズレていた。

「しかし、先生!」

「ノープロブレム」

 スミスが笑いながら金本に向かって右手の親指を立てた。


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