71.花屋の怪しい客
その日、王都の小さな花屋には閉店間際だというのに怪しい客が訪れていた。
小さな花屋の店主は営業スマイルを浮かべてカウンターに立ちながら、そうっと客を窺う。客は魔法使いのローブを羽織ったひょろりと背の高い男で、髪は伸び放題のボサボサで顔色は青白い。落ち窪んだ目は三白眼で並んだ花達を睨みつけている。
(花が枯れたりしないだろうか……)
目力だけで花を枯らす練習でもしているような男の雰囲気に店主は心配になる。青白い男は魔法使いであるようだし、あり得ない話でもない。
(帰って欲しいなあ。店、閉めたいなあ)
幽鬼のような得体の知れない男と店内に二人きりというのは居心地の悪いものだ。客だし帰れとも言えない。客商売の辛い所である。
(声をかけた方がいいのかなあ)
なんて思った所で店主は、店の外に騎士が二人佇んでいるのに気付いた。その内の一人は見覚えがある。確かランディという名前の役職付きの騎士で、薬屋の店主の女の子からここを紹介されたのだと言って店に来てくれるようになった。
彼は妹達用だと、時々花を買ってくれる。
ランディは店主と目が合うと、困り顔で笑った。どうやら店内の怪しげな客はランディの手引きでここへ来たようだ。
(もしかしてこの青白い男も薬屋の女の子の紹介で来たのかな?)
店主は丸っこい指で、丸っこい顔をつるりと撫でた。
シャイナという名前の薬屋の女の子は、真っ白な髪に青い瞳の可愛らしい子だ。花屋に買いにくるのは薬の材料になる花ばかりだが、注文通りのものを仕入れて連絡すると一気に買ってくれる太い客の一人である。
少し斜に構えた所があるけれど、基本的には素直ないい子だ。そんなシャイナは店主が以前に縁あって薬屋の留守番をして以来、そのお礼にと知り合いに店主の花屋を勧めてくれているのだ。
シャイナの紹介なら、見た目がかなり怪しいこの客も危険な人物ではないのだろう。
店主はそう決めておっかなびっくり声をかけてみた。
「花をお探しですか?」
店主の声掛けに青白い男がびくりと震え、ばっと振り返る。
(ひえっ)
店主の身がすくむが、商売根性でねじ伏せた。
「贈る方と目的を教えていただければ、お手伝いしますよ」
店主は花屋っぽいとよく言われる害のない笑顔を振りまく。
「相手は若い女だ。詫びの品だ」
青白い男は無愛想にそう答えた。
「お詫びの花束ですね」
「そうだ、誤解のないもので探している」
「誤解?」
「あ、あ、愛とかっ、こ、恋とか、そういう誤解だっ」
噛みつくように言われて店主は一歩下がった。
しかし噛みつくように言った当人は真っ赤になっている。
(これは……)
ぴんとくる店主。長年、花屋なんてしているだけあってそういう機微には聡いのだ。
(きっと好きなんだな)
この青白い男は花を贈る若い女の子に好意を抱いているのだろうと店主は推察した。謝罪にかこつけて花を贈りたいのだ。
店主はしたり顔で頷いた。青白い男はずっと挙動が怪しかったが、恋に迷っているのであれば納得だ。男はそこそこの年のようだけれど、外見と雰囲気から察するに色恋に縁遠そうだから、慣れない色恋にどうしたらいいか分からないのではないだろうか。
そうと分かれば怪しい挙動も可愛いく思える。
「つまりあなたのお気持ちはバレたくないと、そういう事ですね」
「はあ!? ぼ、僕の気持ちって何だよ!?」
「贈る方への気持ちですよ。花を贈りたい相手に好意を持っているのはとても自然な事ですよ」
「こ、こ、ここ好意だと?」
男の声が裏返る。
「そんな難しく考えなくても、相手の方はきっと心根の綺麗ないい方なんでしょう」
「そ、そ、そ、そうだが」
「そういう子に好感を抱くのはとても普通の事ですから気にしなくていいですよ。意味ありげな薔薇なんかを避ければびっくりもされません」
「な、なるほど」
焦りまくっていた青白い男は店主の言葉に少し落ち着いた。
「私がお花を選びましょうか? お相手は可愛らしい感じですか? それとも大人っぽい」
「…………か、か……か」
「可愛いらしいのですね。明るい方かな?」
これには間髪いれずに男が頷く。
「淡い色を好みますか? それともはっきりした色を?」
「……髪の毛はいつも薄い色のリボンでまとめている」
「瞳の色は分かりますか?」
「緑色だ。中心は緑色というより灰色だけど縁は薄い緑色なんだ」
青白い男が饒舌になってきた。よい感じだ。
「緑ですね、素敵な色のようだ。明るくて可愛らしい様子にぴったりでしょうね」
店主はいくつかの花を選びながら続きを促した。
「目はくるくるとよく動く。まつ毛が意外に長い。甘いものを見ると輝く、実験用のハツカネズミを見た時も輝いていたが実験用だと教えると泣いた。だからハツカネズミは殺さずに飼うことにした。今は名前を付けて可愛がっている。ハツカネズミの名前は――」
そこから延々とハツカネズミの名前とその由来、ハツカネズミ達がヒマワリの種を好む事や、種をネズミ達に与える時の女の子の顔が聖母のように慈愛に満ちているのだという話が続く。
花屋はふんふんとそれを聞きながら、明るい花束を作った。
「――――話が長くなっているな」
花束を作り終える頃、はっとしたように男が言った。
「構いませんよ。私は話しやすい性質みたいで、皆さんいろいろ話してくれます。お花を贈るとなるといろんな想いがこみ上げますしね。花束はこんな感じでいかがでしょうか?」
店主が出来上がった花束を差し出すと男の目元が緩んだ。どうやら贈る相手のイメージ通りのもののようだ。
「これを貰おう」
「ありがとうございます」
店主は花束を包み、代金を受け取る。
青白い男はぎこちなく花束を抱えると、店を出ていく。
店主は扉に“閉店”の札を掲げながら騎士達と帰っていく男を見送り、恋の健闘を祈った。




