72.再会(1)
ざっ……ざっ…………と土を掘る音が聞こえた。
音は弱く間隔が不安定だ。掘っているのは労働に不慣れな者らしい。
九才のエスカリオットはゆっくりと首を回した。
こんな城の外れで一体誰が何をしているのだろう。
エスカリオットはというと、父に連れられて登城したものの父を待っている間に暇になって庭の奥へ奥へと進んでここまで来ていた。
庭に来たのは半年前に婚約した令嬢が草花好きで、花の話をすると喜ぶからだ。城の庭にある花の話をしてあげようといろいろ見ている内に随分と本宮からは遠くなってしまっていた。
離れの塔にも随分と近付いている。
この塔は、現在王城内が緊迫している案件の発端となったマルガ王子妃が亡くなった塔だ。
マルガ王子妃が虐め抜かれて亡くなったのは一月前。王子妃の祖国であるハン国は妃の死因と遺体が城の森に打ち捨てられた事に激怒していて、開戦の構えを見せている。
ハン国は数年前よりエスカリオットの住むタイダル国の土地を狙っていたから、そこに都合の良いきっかけを与えてしまった形で、戦争は避けられないだろう。
本日の父の登城もその関係のものだとエスカリオットは理解していた。
そしてマルガ王子妃の不幸な境遇が白日の下に晒された今、何でもない塔が不気味に感じてしまう。
エスカリオットは戻ろうかと思った時、目の端で土が舞うのを見た。
エスカリオットは何となくそちらに近づく。
そこには人の背丈ほどの大きな穴が掘られていて、穴の中には小さな少年が居た。
「何をしているんだ?」
エスカリオットは硬い声で聞いた。
城の外れとはいえ、こんな大きな穴を掘るなんて尋常ではない。
穴の底の少年がエスカリオットの声にぱっと顔を上げる。泥だらけの顔の瞳は鮮やかな赤色だ。
その赤色を認めてエスカリオットの体は強張った。
「君は?」
赤い瞳の少年は警戒しながらも目上の者の態度でエスカリオットに問うてきた。
「……クインズ家の嫡子でエスカリオットです」
相手の瞳が赤色だった事でエスカリオットは怯み、素直に名乗った。
タイダルでは赤い瞳は王族の特徴なのだ。
「クインズ家か……見ての通り穴を掘っているんだよ」
エスカリオットの家名を聞いて少年は少しほっとした様子になる。クインズ家は誠実で実直な家門だ。当主である父の人柄も良い。それを知っているのだろう。
「穴? なんのですか?」
そう聞いてエスカリオットは穴から少し離れた所より広がる森の入り口に、汚れた麻袋が置いてあるのに気付いた。
ちょうど人が入れるくらいの麻袋。
「!」
背中に寒気が走ってエスカリオットは改めて少年を見る。
少年の年はエスカリオットより少し下だろう。その年頃の王族といえば一人しかいない。コーエン王子だ。マルガ王子妃と一緒に塔に閉じ込められていた第四王子。
マルガ王子妃の事があり、ハン国が激怒してからは塔から出されていると聞いている。
そのコーエンが塔の側で大きな穴を掘っている。
何かを埋める穴だ。
そして汚れた麻袋。
マルガ王子妃の遺体は森に捨てられ獣に喰われたらしいが……。
(あの麻袋にはマルガ王子妃が入ってるんだ)
エスカリオットは直感する。
ひんやりとした汗が背中を伝った。
この時のエスカリオットはまだ人の死んだ姿を見たことはなかった。
身近に感じる死の気配に足が震えそうになる。しかしエスカリオットはなんとかそれを抑えた。
眼下のコーエンはおそらく一人で森の中の遺体を回収し、それを埋める穴を掘っている。穴はほぼ完成していて、こんな大きな穴を小さな王子が掘るのにはもう何日もかかっているだろう。
ハン国との開戦の準備で混乱する城の片隅で、コーエンは一人でずっと穴を掘っていたのだ。
自分が震えている場合ではないとエスカリオットは思った。
エスカリオットはひらりと穴へと飛び降りて臣下の礼を取る。マルガ王子妃を弔うために、たった一人で穴を掘っていた年下の王子に自然と敬意を抱いていた。
「コーエン第四王子殿下ですね。エスカリオット・クインズがお手伝いします。他言はしません」
それだけ言うとエスカリオットはコーエンからシャベルを取り土を掘った。
それから黙々と掘り進め、コーエンと二人でマルガ王子妃を運ぶと穴の底に安置して土をかけて丁寧に埋めた。
石で小さく塚を造り、掘り返した跡が目立たないように森から落ち葉を運んで被せる。
作業が全て終わってからエスカリオットとコーエンは二人で頭を垂れて祈りを捧げた。
「ありがとう、エスカリオット」
祈りの後でコーエンが赤い目を細めて微笑んだ。
タイダルの王家は残虐な性格の者が多いがその微笑みは穏やかだ。
(この王子は他の王族と違うみたいだ)
エスカリオットはコーエンをゆっくりと見つめた。
エスカリオットの生家クインズ家は騎士の家系だ。現当主の父も優れた騎士でエスカリオットも後を継ぐだろう。
国の騎士となれば王家の誰かに忠誠を誓う事になる。
自分が忠誠を誓うのはコーエンにしようとエスカリオットは決めた。
❋❋❋
「……」
エスカリオットは薬草店の二階のダイニングのソファで目を覚ます。
いつもの朝だ。
すぐにシャイナも起きてくる。
(懐かしい夢だったな)
夢に出てきたのは幼い自分とコーエンだった。
あれからすぐに戦争が始まり、四年後にはエスカリオットも戦場に立つ事になる。十三才で家を継ぎ、戦場に行く前に騎士の誓いをした。
誓ったのは四年の間に更に絆を深くしたコーエンにだった。
何の因果かその後、タイダルの王都では疫病も流行りたくさん死んだ。
エスカリオットは身内や仲間の死を嫌というほどに経験する事になる。
終戦後も戦利品としてハン国の剣闘士奴隷となったエスカリオットは数え切れない死に遭遇してきた。
今でもそれらの死の夢はよく見る。
魘される事は減っていた。夢の中で夢だと気付き冷静に過ぎ去るのを待てるようになっている。
(今日の夢は珍しかったな)
今も生きている人物の夢をみるのは珍しく、エスカリオットは久しぶりにコーエンを思い出す。
元気だろうか。
グロリオーサ公爵家のイザベラとの婚姻の記事の写真では元気そうだった。
イザベラと仲睦まじくとまではいわないが上手くやれているといいと思う。
コーエンは猫やウサギが好きだった。「何も取り繕わなくていいからね」と自嘲もしていたが、しっかりと可愛がっていた。
イザベラの砂ネズミもきっと可愛がっているだろう。ついでにイザベラの事も愛でる事が出来ていればいいと思う。
エスカリオットは顔を洗い、朝のコーヒー用のお湯を沸かした。




