53.誕生日のお祝いをツケで
その日の夕刻、傭兵団での鍛練を終えて帰宅したエスカリオットは花束と紙箱を抱えていた。
ちょうど店仕舞いをしていたシャイナは驚く。
「エスカリオットさん?その花束はどうしました?」
デイジーやマーガレット、小振りの紫陽花でまとめられたその花束は可愛らしい雰囲気で、美しく色気のある黒豹が持つと若干ちぐはぐな様子だが、そこはシャイナ自慢の黒豹だけあって、それなりに様にはなっている。
「昨日、エイダからシャイナは先月誕生日迎えているはずだと聞いた」
エスカリオットは紙箱はカウンターに置いて、花束だけ持ってシャイナの側に来る。
「あ、はい、18才になっていますよ」
「その祝いだ、遅れてしまったのは不本意だが誕生日おめでとう、シャイナ」
優しく微笑んだエスカリオットが花束を差し出す。
「えっ、これ私にですか?」
「ああ」
「うわあ、ありがとうございます」
シャイナはドキドキしながら花束を受けとった。
こんな風に花をもらうのは、子供の時に兄のダナンにもらって以来だ。
嬉しい、少し恥ずかしい。
「可愛い花でまとめてありますね」
なぜかエスカリオットをまともに見られなくて、シャイナは花束に目線を移した。
「花には詳しくない。花屋で迷っていると店主がシャイナの事を知っていたから任せた」
なるほど、それでこんな風に可愛い雰囲気になったのかと納得する。
何といっても自分は可憐な18才の乙女なのだ。
花屋には、たまに薬の材料になる花を買いに行くので、シャイナは店主と顔見知りだ。
気のいい、いかにも花屋という感じの穏やかなおじさん店主は、エスカリオットがいつもの無表情でじっと佇んでいて怖い思いをしたんじゃないだろうか。
それにしても、たくさんの花に囲まれるエスカリオットもさぞかし絵になっただろうなあ。
うむうむ、とその様子を想像して悦に入っていると、エスカリオットに聞かれた。
「シャイナ、一緒に親愛のハグをしてもいいだろうか?」
「えっ、今ですか?」
シャイナは狼狽える。
花束にドキドキしている今、ハグも、となると過剰に緊張する気がした。
ラシーンへの里帰り以降、エスカリオットは時々“親愛のハグ”をしてくるので、最近は前ほど緊張しなくなってきていたのだが、今はちょっと困るかもしれない。
エスカリオットを窺うと、笑みを深められた。
「シャイナ?」
そっと手を広げられる。
「えー、いや、あー」
ますます狼狽えるシャイナ。
不意打ちにされるのではなく、されると分かって許可するのも無性に恥ずかしい。
でも、抱きしめて欲しいような気もする。
んんんんん?
そこでシャイナはかあっと体に熱がこもった。
だ、抱きしめて欲しい、って何だ?!
シャイナの顔が真っ赤に染まる。心臓の拍動が一気に早まり、シャイナは真っ赤な顔を隠すために花束に顔を埋めた。
落ち着け、落ち着こう。
ここは、雇い主として大人な対応をしなくては。
バクバクする心臓を頑張って宥め、うっすら滲む汗を拭う。
花束をもらって、すっかり乙女モードになってしまったみたいだ。
雇い主モードに戻さなくては!
シャイナはぶんぶんと頭を振った。
深呼吸をして気持ちを落ち着け、親愛のハグなのだし拒むのは変だぞ、と自分に言い聞かせる。
「…………」
まあまあの時間を逡巡しているシャイナを、エスカリオットは楽しげに見下ろしているがシャイナは気付かない。
「……えーと、はあ、まあ、いいですよ」
やっと何とか歯切れ悪く答えると、ふわりとエスカリオットの腕がシャイナに回された。
ひゃあああああっ。
心構えしたはずなのに、爆発寸前になるシャイナの心臓だ。
くすり、とエスカリオットが笑った気がした。
***
「ところで、なぜ誕生日を言ってくれなかったんだ?」
ハグを解かれ、花を花瓶に生けて、落ち着いてきたシャイナにエスカリオットが少し不満そうに聞いてきた。
「祝え、と強制するみたいになるじゃないですか」
「こんなに愛らしいシャイナの誕生日は祝って当然だろう?」
「エスカリオットさん、甘いです」
きっと、愛らしい狐のシャイナ、なのだろうという事は分かっているけれど、先ほどの余波もあってシャイナはまた顔が赤くなる。
「そうだろうか」
「そうですう、前々から思っていたんですけど、言動が結構甘いんですよ。誤解されますよ」
「シャイナになら誤解されても構わない」
「だから、甘いですう」
エスカリオットがにやりとしたので、これは揶揄かっているな、とシャイナは唇を尖らせた。
「可愛い18才のシャイナ、ケーキもあるぞ」
にこにこと上機嫌の黒豹だ。
「ケーキ?ケーキも買ってきたんですか?あの紙箱、ケーキなんですか?」
「エイダがお前は店のチーズケーキが好きだからと焼いてくれた」
エスカリオットが紙箱を取ってぱかりと開ける。
「わあ!」
そこには小振りなベイクドチーズケーキが納まっていて、表面には粉砂糖でハッピーバースデーの文字と、白いモフモフの顔が描かれている。
「すごい!可愛いじゃないですか!」
「実物の方が数倍可愛いが」
「甘いですう」
「誤解されても構わない」
「エスカリオットさん?」
「アイシテイル」
「いやいや、片言ですよ」
シャイナはじとっとエスカリオットを睨むと、一旦ケーキの箱を閉じた。
「夕ごはんにしましょう。ケーキはその後です」
そう言って2階に上がろうとして、シャイナははたと気付く。
「エスカリオットさん、お金なんて持ってないですよね?ケーキとお花の代金、どうしたんですか?」
「代金?」
エスカリオットが首を傾げる。
んんん?
シャイナも首を傾げる。
エイダはともかく、花屋ではお金が必要だったはずだ。
「…………」
「…………」
「……家に請求してくれと言ったな」
ぽつりとエスカリオットが言い、シャイナは、そうだった、この人元貴族だったと思い出す。
「薬草店のツケで買ったんですね」
「そうなってしまったな」
ちょっと気まずそうなエスカリオット。
シャイナへの誕生日の花をシャイナのツケで買ったなんて、もちろん気まずい。
エスカリオットは元々は貴族で、奴隷落ち後は闘技場しか知らず、おそらく今まで現金など持ち歩いた事はないのだろう。買い物なんて、顔パスで家に請求書が来るか、従者か侍女が後から代金を払っていたはずだ。家に請求してもらう以外の買い方なんて知らないのだ。
気まずそうなエスカリオットは何だか可愛い。
「今度、お金の使い方を教えます。エスカリオットさんには傭兵団からのお金が入ってるので、それも渡しましょう」
「そうしてくれ」
「では、夕ごはんにしましょうね」
シャイナとエスカリオットは2階へと上がり、夕食にした。夕食の後はエスカリオットが美味しいコーヒーを淹れて、チーズケーキを食べる。エスカリオットは器用に白いモフモフの顔の部分を切り分けてシャイナの皿に乗せてくれた。
シャイナはエスカリオットの誕生日を聞き出し、その日は盛大にお祝いしようと決めた。




