54.タイダルの傭兵達(1)
「いやあ、最初は怖かったよ。ピリついた大きな男が入ってきたと思ったら、無言で花を見だしてね。店の中に立ってるだけなのに、こっちは汗が止まらなくて、これがいわゆる殺気なのかなと。僕はそういうの素人で分からないけどさ」
全体的に丸っこい花屋の店主が、「思い出すと胸がドキドキするよ」と言いながらシャイナのお金を受けとる。
「何だかすみません。余計な苦労をおかけしました」
穏やかな花屋の店主を無用に追い詰めてしまったようで、シャイナは身を小さくする。
エスカリオットから、シャイナのツケで買った誕生日の花束を貰った数日後の朝、シャイナは花屋まで花束の代金を払いに来ている。
エスカリオットは暇な時はシャイナの外出に付いてきたりもするのだが、今日は付いて来られると互いに気まずいと思ったので、エスカリオットには「所用です、すぐに帰ります」と伝えて一人で出て来た。
「いやいや、気にしないでくれよ。今思うと、殺気じゃなくて迷ってただけだったのかな。まあ、とにかく怖くてさ、生き残るために必死に、ない頭をフル回転させたら、あっ、この人って確か死神エスカリオットだよな、とピンときた訳。町を歩いてるのを見た事あったからね。
それで、エスカリオットなら、時々店に来てくれてる薬草店の女の子が買ったんだよな、と。ほら、有名だったから」
「そうですよね、噂になってたのは知ってます」
「そう、だから最初は薬草店のお使いなのかな、と考えて、頼まれ事ですか?って聞いたんだよ。そしたら、『いや、贈り物だ』って返ってきたから誰になのか聞いたら、薬草店の女の子にで誕生日だって言うからさ、あの時は本当にほっとしたなあ」
そこからは、エスカリオットが「花には詳しくないから、どれを選べばいいか分からないのだが」と言って、店主がシャイナの外観のイメージで花束を作ってくれたらしい。
「気に入ってくれた?」
「はい、それは勿論。プロの見立てですし、可愛い雰囲気の花束でした、ありがとうございます」
「お礼はエスカリオットに言ってよ。殺気だと感じるくらいに真剣に迷ってたからね、出来上がった花を渡すと、嬉しそうに微笑まれてさあ、いやあ、いい男に微笑まれると僕みたいなおじさんでもドキドキするんだなあ、と感心したよ」
丸いおじさんが何やら照れながらお釣りを渡してくれて、シャイナはもう一度礼を言うと店を出た。
ううむ。
店を出て、シャイナは花束の代金を払えた事にはすっきりしたが、花屋の店主が自分のことを終始、“薬草店の女の子”と言っていた事に少し納得出来ない思いを抱えながら自身の体を見下ろす。
確かに小柄だけれども18才だぞ、大人だぞ、女の子はなくないかな?せめて女店主とかじゃないだろうか……。
でも、あの花屋の店主ならたとえエイダであっても、“バーの女の子”と言いそうではある。
そんな気はする。
ふむ、きっとそうだ。
あの人からすると、女性はみんな女の子なんだ。
シャイナがそう納得して歩きだした時、突然ぐいと体を羽交い締めにされて、喉元にひやりとした何かをあてられた。
同時に素早く猿ぐつわも噛まされる。
「!」
咄嗟に暴れようとしたが、羽交い締めの腕はしっかりとシャイナの関節に決まっていて身動ぎも出来ない。自分を拘束したのは、そこらの破落戸ではないようだ。
「大人しくしろ、手荒な事はしたくない。暴れなければ何もしない。暴れると切れる可能性もある」
落ち着いた低い男の声が耳元でそう言った。
切れるという事は、喉元の何かは刃物だろうか。
シャイナは小さく頷いた。
無詠唱でも炎くらいは出せるので攻撃しても良かったが、とりあえず喉元の刃物は外してほしい。「暴れなければ何もしない」を信用した訳ではないが、わざわざ拐おうとしているからには、殺すつもりはないはずだ。
シャイナの頷きを確認すると、シャイナを拘束している男はシャイナを抱えてすぐ側に停めてあった荷馬車にシャイナごと乗り込んだ。
荷台の床に転がされると覚悟して衝撃に備えるが、予想に反して優しくお姫様抱っこに抱え直され、そろりと座らされる。
「少しの間だけ辛抱してくれ」
座らせられるとすぐに、かしゃんと手枷がはめられた。
その手付きも優しいし、枷には肌を傷付けないように布の裏張りがしてあった。
「?」
あれ?人攫いにしては優しいな。
喉元の刃物らしきものは引っ込んでいるが、シャイナはとりあえず攻撃するのを止めることにする。何か事情がありそうだ。逃げるだけなら狼になればよいのだし、焦ることはない。
荷台の中は幌が全て下ろしてあって薄暗いが、隙間から日の光が射しているので周囲は見える明るさだ。
シャイナ達の後からもう一人乗り込んで来て、馬車を出すように声をかけ、馬車が動き出す。
シャイナはすぐに、目だけで荷馬車内を確認した。
馬車の中にはシャイナの他に2人の男が乗っていた。2人とも傭兵風の格好をしているが、ハン国の傭兵に支給されるジャケットは着ていないので、流しの傭兵だろうか。
でも雇われ者同士の臨時の関係という感じはしない。2人の間には気安い雰囲気があるし、先ほどシャイナを拘束して、猿ぐつわをかませたのはこの2人で、かなり連携が取れていた。長い間、共にいる間柄のようだ。
「ヨダさん、こいつですか?」
後から乗り込んできた男が、先ほどシャイナを拘束した男に聞く。
「ああ、間違いない。花屋との話の中で隊長の名前も聞こえてきた」
「思ってたのと違うなあ。何か、うーん、これ、女というより女の子じゃないですか?」
むっ。
本日二度目の“女の子”にシャイナの目が据わる。
しかも、これ、とは失礼ではないか。
少し苛つきながらシャイナは2人の男を一人一人、じっくり観察した。
向かって右の三白眼の男が、さっきヨダと呼ばれていた男で、この男がシャイナを拘束した奴だ。もう一人の男が敬語な事から、こっちの方が立場は上のようだ。
そしてシャイナに猿ぐつわをかませたのが、後から乗り込んで来た向かって左の男で、ヨダに比べると細身だ。
馭者も仲間なのであれば計3人。
目の前の2人からも馭者席からも魔力は感じない。
余程の使い手でなければ、魔法使いではないだろう。
猿ぐつわを炎で燃やして、黒炎を呼べば制圧出来るだろうか?
ヨダという男の雰囲気は少しだけエスカリオットに似ている。まあまあ強いかも。黒炎も何とかするだろうか。
「ビーツ、見た目で判断するな」
ヨダが細身の男に注意した。
「でも子供ですよ。こんな子供が、本当に隊長を情夫に?」
細身の男、ビーツはシャイナを首を傾げながら見てくる。
「……」
シャイナはビーツの言った“情夫”に嫌な予感がした。聞いたことのある言葉だ。あれは確か、傭兵団のマックスが最初に店にやって来た時、マックスは、シャイナがエスカリオットを情夫にしていると勘違いしていたのだ。
巷では、薬草店の成金小娘がエスカリオットを金に物を言わせて買って、情夫にしているという噂がまだあるらしいが……。
“隊長”ってエスカリオットさんのことなのかな?
そんな気がする。
そして、再びの情夫。
いい加減にして欲しい。
エスカリオットは店の護衛だ。なんでシャイナが美しい黒豹を情夫にするんだ、こんなに可憐な18才の乙女が情夫なんて持つ訳ないじゃないか。
ぎろりとビーツを睨んでみたがあんまり効果はなかったようで、ビーツは気にせずにシャイナに聞いてきた。
「なあ、君。君は死神エスカリオットを知ってる?」
もちろん、知っている。シャイナの美しい黒豹だ。
嘘をついてもしょうがないので、シャイナはこくりと頷いた。
「君が剣闘士奴隷だったエスカリオットを買ったの?」
シャイナはまた、こくりと頷く。
「マジかあ!え?君が?ねえ、体格差しんどくない?」
ビーツの言葉に、かあっとシャイナの顔が赤く染まった。
だ か ら、情夫じゃねえわ!!!
乙女に何てこと言うんだ!!
くっそ、猿ぐつわ燃やしてやる。
そんでもって、黒炎呼んでやる。
何なら、エクスカリバー呼んでやろうか、おおお?
「ビーツ、止せ!」
シャイナが猿ぐつわを燃やす前にヨダの叱責がとんだ。
「隊長は手厚く扱われているようだ、奴隷の首輪も一見分からない様に変えてあるらしい。ちゃんとは聞こえなかったが、さっきの花屋での会話によると、この子はわざわざ隊長に自分への花を買いに行かせたみたいだった」
「えっ、隊長が、花?」
「首輪を使って命じたんだろう」
ちゃうわ!!
自主的な誕生日のプレゼントだわ!
ケーキまであったんだぞ。
シャイナは拳を握りしめて、プルプルと震える。
「奴隷の首輪の変化は、なかなか出来るものじゃない、その依頼となるとかなり高額だったはずだ。隊長は性能の良い義手も与えられているらしい」
「そこまでしてやらせるのが花のプレゼント……なるほど、そういう夢見勝ちなやつかあ。それにしても隊長に大金つぎ込んでるんだなあ、お嬢ちゃん。確かに隊長はカッコいいけどさあ」
ビーツが哀れむような目でシャイナを見てくる。
こいつ、燃やす時は最初に燃やす。
シャイナはそう決意した。




