45.里帰り(6)
シャイナに添い寝を拒否された夜。
エスカリオットが床について目を閉じると、タイダルの騎士団の奴らがうるさく出てきた。
予想はしていた事だ。既に死んだはずの仲間達が楽しそうにエスカリオットに話しかけてくる。
眠れる訳がなかった。
上手く寝付けなかったエスカリオットは庭に出て低い石垣に腰かけ、夜空を見上げる。
かつての仲間達は簡単には去ってくれなさそうだ。仕方がないからエスカリオットは死んだ者達を順番に思い出し、静かにその死を悼んだ。
死者を悼んだ後は、生きているはずの者の今の幸せも願っておく。
エスカリオットがハン国に送られる事になった時、生き残った隊の連中は「こんなのはあんまりだ」と涙を流して怒っていたなと思い出す。
全て忘れて、元気にやっていればよいのだが。
ハン国王は戦争に勝った後、タイダルの王族の直系はコーエン王子の他は皆殺しにしたが、恭順の意思を示した騎士や貴族達には温情を与えた。
騎士団は解散こそしたが、問題のあった者を除くと、エスカリオット以外は何の罪にも問われなかったし、貴族達は領地の管理が適正であれば領地の取り上げもなかった。
騎士の多くは嫡男ではなかったが、実家が残っていた方が戦後も少しは生きやすかったはずだ。何とか上手くやっていればよいな、と思う。
今思えば、エスカリオットが戦利品として送られたハン国の王宮でルキウス・ハンと対峙しても特に恨みを抱かなかったのは、あの男が戦敗国であるタイダルに寛容だったからなのだろう。エスカリオット自身は剣闘士奴隷に落とされたが、自分以外の近しい者が徒に害される事はなかった。
そしてハン国王は寛容ではあったが、目立った混乱や反乱を起こすことなくタイダルの領地を治めた。また、元々タイダルの王家から離れていたとはいえ、民衆の心もあっさりと手に入れる。
ハン国王は王として中々の器を持つ男だった。
(あの男がタイダルの王家にいれば何か違っただろうか?)
ふとそんな事を考えてしまって、首を振る。
(やめよう、虚しいだけだ)
己の至らなさを、他の男、しかも居もしなかった男のせいにするのは空虚だ。
このままでは、とても眠れそうにない。
エスカリオットはシャイナの事を考えることにした。
白銀の髪と青い瞳を想像すると落ち着いた。
これではもはや、飼い慣らされた犬だなと思う。
そう思ってからエスカリオットは笑みまで零した。
エスカリオットの愛しい狐は今頃、ダナンの部屋で小さな寝息をたてて眠っているだろう。早く薬草店の二階に帰り、あの寝息の隣で眠りたい。
夜空を見上げると月は半分以上満ちていて、あと2週間もせずに満月だ。
満月、それは狐のシャイナとゆっくり夜を過ごせる日だ。焦らずとも、次の満月はあの寝息の隣で過ごせるのだ。
シャイナと暮らしだしてから、何度か満月がやって来て、最近のシャイナはすっかり抵抗なく狐の姿でエスカリオットに抱かれて眠っている。
シャイナには、シャイナが寝付けばエスカリオットはダイニングに戻って寝る、と約束していて、あの愛らしい狐はそれを信じて安心してエスカリオットの腕の中で眠るのだ。
実際にはエスカリオットは明け方までシャイナと一緒に寝ている。
明け方、抱き込んでいるシャイナが人に戻ると、その感触が変わって目が覚めるのでそこからダイニングのソファに移動しているのだが、これはもちろん内緒だ。
この秘密は、墓場まで持っていこう。
バレたら二度と満月の夜を過ごしてくれなくなる。
月を見ながらそんな事を考えていると、「おい」と若い男の声がかかった。
エスカリオットは声のした方を見る。
そこには、灰色の短髪の若者がエスカリオットを睨んで立っていた。
初めて見る顔だが向こうはエスカリオットを知っているようだ。マイルズに似ているな、とエスカリオットは思う。
「ダナンか」
呼んでみると、ダナンは不快そうにぴくりと眉を上げた。
「気安く呼ぶな」
「義兄上がいいのか?」
「は?絶対に止めろ」
ダナンの声が低くなるが、立ち去りはしない。
ダナンはイライラしながらもエスカリオットの隣に座った。
エスカリオットと何か話す気であるらしい。
話すというよりは牽制する気なのだろうか。雰囲気は喧嘩腰だ。
「何か用か?」
「お前、シャイナの恋人なのか?」
「いや、ただの護衛だ」
「は?そんな訳ないだろう?シャイナの気持ちに気付いてない訳がないよな」
「俺の気持ちは、愛だとは思うが」
「愛だと?」
「こういう答えを望んでいたのではないのか?」
そう聞くとダナンは唸り、しばらく沈黙した。
「お前、いくつだ?シャイナより大分年上だよな?」
沈黙の後、ダナンが聞いてくる。
「恐らく、27才だ」
「恐らくってなんだよ」
「長い間、日付や年月を気にする余裕がない場所に居た」
「チッ、突っ込みにくいな。じゃあ27才だな、シャイナより10コも年上だろ、なあ、恥ずかしくないのか?あんな若い幼気な子供相手に」
「……手は出してない」
「当たり前だろっ、一生出すな」
「一生、手を出さないのは難しいと思うぞ」
答えながら、エスカリオットは自分の言った言葉に驚く。
“手を出す”方にではない、“一生”の方にだ。
どうやら自分は一生シャイナの側に居るつもりのようだ。
「はあっ?ふざけんなよ」
「ところで、ダナン。1つ聞きたいのだが」
「あ?俺の話、聞いてたか?」
「聞いていた、そして、1つ聞きたい」
「…………何だよ?」
「シャイナの獣化は、なぜあんなに小さい?言葉を話せるのもなぜだ?よくある事なのか?」
エスカリオットの問いに、ダナンはまた黙る。
やがて、「チッ、父さんと母さんは何も話してないのかよ、ほんとのんびりしてんな」
とぶつぶつ言ってから、こう続けた。
「あれは、変異種だよ。狐型とか先祖返りとも言われる」
その答えに、やはり狐じゃないか、とエスカリオットは思う。
そして、先祖帰り?
「先祖返り?お前達の先祖は狐なのか?」
「ラシーンの国の興りは、一匹の白い狐に率いられた狼達が起源だ、そんでその狐は狼の中の一番強い奴と番になって子孫を残した。その血が稀に現れる。
小さいが狐火を使うからべらぼうに強くて、魔法や薬草学に秀でている個体が多い。直近だと80年前のツルっていう婆さんだ。その婆さんは獣化を抑える薬を作った」
「ほう」
「赤い瞳の時は、理性が飛んでるし、魔法が一切効かない。かなりヤバイ状態だ。あんたは一度上手く抑えていたが、次も抑えれるとは限らない。
大昔に一つ国がラシーンに攻めてきた時も、狐型の双子が居て、森を焼いた一つ国にその双子が怒り狂って一つ国の兵士全員の目と喉を焼き、ラシーンの戦士達がその喉を咬みきって殺した。一つ国は圧倒的な兵力なのにうちに負けたのは狐型が居たせいだ」
一つ国は、大昔にこの大陸全土を統べていた巨大な国で、ラシーンによって滅び幾つかの国に分かれた。ハン国も旧タイダル国もそんな分かれた国の1つだ。
「そんなシャイナを国外に出していいのか?」
通常なら国で囲い込むのではないだろうか。
「“狐型を制限してはならない”、王家に伝わる言い伝えらしいぜ。分かる気はするがな、怒らせると手に負えない。あ、シャイナには絶対に、狐型、とか、狐って言うなよ。すっごい怒るからな。小さい頃はそれ言うだけで目を赤くしてあの白いのになってたんだ」
「…………………………そうか、気を付けよう」
「何だよ、今の長い間は」
「何でもない、気にするな。ところで」
「ところで、が多くないか?」
「……ところで、シャイナが、自分の家族、と言った場合、どこまでを指す?」
「はあ、無視かよ。あんた、やりにくいな。
シャイナに限らず、俺達が特に限定せずに家族と言った場合は一族全員を指す」
「ふむ、なるほど」
「何だよ、1人で納得すんなよ」
「恐らくだが、そして、お前達の益になるかは不明だが、現在ハン国で流通している魔力を封じる首輪や腕輪はウェアウルフ全員に効果がないだろう。シャイナが作ったもので、シャイナが自分と家族には効かないと言っていた」
ダナンが口笛吹く。
「ハン国は魔道具の交易にも熱心だ、他国にも流通している可能性はある」
「マジかよ。すげえな」
「犯罪者には好都合になるがな」
「一族の罪は、一族で始末するから平気だ」
堂々とダナンは言い切る。
こういう感覚は、独特な物だな、とエスカリオットは思う。
帰属意識が強い。
「王家に報告しないとな」
「気軽に言うんだな」
「まあ、王家っていうか、族長っていうか、本家だしな、あんたらの王家とは違う」
「そうか」
「それで話を戻すが、妹には手を出すなよ」
エスカリオットは少し考えてみる。
満月の明け方のシャイナを想像する。
狐の時にエスカリオットが散々愛でているせいか、最初の頃に比べるとシャイナの肌は随分艶かしくなった。
「努力しよう」
とエスカリオットは言った。
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シャイナの、小さい狼についての説明をいれたくて書いた里帰りです。さらさらーっと説明メインにするはずが、大分遊んでしまい、しかもエスカリオットが思ったより喋ったので長くなりました。
この後も、だらだら続けますので、良ければお付き合いください。




