44.里帰り(5)
その後、庭にやって来たエイミがヘイブンを見つけてヘイブンを昼食とお茶にと誘った。
「シャイナが子供の頃、ヘイブンさんの奥さんのララさんにはお世話になったのよ。エスカリオットさんの知り合いだったなんて、世間は狭いわね」
エイミがふふふ、と笑う。
エイミとヘイブンは顔見知りだった。
そしてヘイブンの妻ララは、満月の晩ごとに薬を飲んで人の姿のまま過ごす事になったシャイナと一緒に夜を過ごしてくれていたらしい。
ウェアウルフの一族ではないララは、そもそも獣化はしない。シャイナが薬を飲みだしたのは八才の時だ。一人で過ごすのを寂しがったシャイナの為にララが隣町から通ってきてくれていたようだ。
「シャイナが小さい頃は本当に助かったわ」
「いや、お世話になったのはこちらです。ララもこっちに来た所でちょっと怖がってましたから。シャイナが居てくれたお陰で心細くなかったんです」
ヘイブンはそう言って俺の焼いたキャロットケーキを食べる。
「シャイナがラシーンを出るって時は、ララさんは見送りにも来てくれたのよね」
「今日も来たいって言ってたんですけど、チビ2人連れてくるのは大変だし、隊長も居るなら行くのは俺だろうと留守番してもらいました」
「残念ねえ、ケーキ持って帰ってあげてね。そういえば、お子さん達って何才になってるの?」
「6才と3才です、目が離せなくて−−」
エイミの質問に、子供の事を話し出して、ヘイブンの頬が緩む。
そうしてヘイブンの口からは、子供がこんな悪戯をした、とか、こんな喧嘩して、とか主に苦労話がどんどん出てくる。
もう、ほとほと大変で、と話してはいるが、顔は緩みっぱなしで幸せそうだ。
エイミもにこにこしながら相づちを打ち、時々「そうそう、ダナンとシャイナも小さい頃は−−」とこちらも、つらつらと語りだす。
ぼんやりと2人の会話を聞きながら、エスカリオットは戦争が終わったのだなと実感した。
エスカリオットはタイダルでヘイブンに最後に会いに行った時の事を思い出した。
騎士団から一方的に除隊され、むくれたヘイブンは隊に挨拶もせずに当時恋人だったララの家に転がり込んでいて、エスカリオットは騎士団の寮にあったヘイブンの荷物を持ってそこを訪れたのだ。
戦争が長引き、物資が滞り、おまけに敗戦の予感が隠しようもなくなっていた暗い町の、陰鬱な路地裏のアパートだった。
「お会いしたくないようです」
明らかに泣きはらした後の顔のララがそう言いながらエスカリオットを出迎えた。
「そうか、何が何でもラシーンに帰るように伝えてくれ。除隊したといってもタイダルの元騎士であれば、今後はどうなるか分からない」
そう言いながらエスカリオットは荷物を渡した。
ララは必ず伝えると言ってそれを受け取り、結局ヘイブンはエスカリオットに会ってはくれなかった。
この時のエスカリオットは、とにかくヘイブンに生き残って欲しかった。
ヘイブンは傭兵団の給料が良かったから、という理由だけでタイダルにやって来て、武功を上げ、騎士にまでなってしまった変な奴だった。
戦争が激化しても「狼は一度仲間と決めると、離れられないんですよ」と言って除隊を拒み続けたので、当時のコーエン王子が王子の権限で無理矢理除隊させた。
これにヘイブンは、あの温厚な男がこんなに怒るのか、というくらい怒って悲しんだ。
しかし、ヘイブンはタイダルしかない、エスカリオット達とは違う。
おまけにタイダルの王家は、他国のヘイブンが命を懸けるような価値はないものだった。
ヘイブンの躯を戦場で拾うなど、エスカリオットも隊の仲間も想像すらしたくなかったのだ。
その後、人づてにヘイブンが故郷へ帰ったと聞き、エスカリオットは隊員達と共にほっと胸を撫で下ろした。
暗い報せばかり続いていたので、あれは久しぶりの良い報せだった。
そのヘイブンが今、エスカリオットの目の前で朗らかにエイミと子供自慢を繰り広げている。
エスカリオットはヘイブンが帰った報せを聞いて、一緒に安堵した仲間の事を思い出した。半分は鬼籍に入っている。
トマスは死んだ、ジェイコブも死んだ。ヨダは生きて終戦を迎えたはずだ。マーカスは生きているが、右足を失った。
ハインドは死んで……
そんな風に、隊の奴らを順番に思い浮かべていく。思い浮かぶ顔は大体笑顔だ。ハインドはほとんど笑わない奴だったから彼だけは仏頂面のままだ。
こんな風に昔の仲間を思い出すのはとても久しぶりで、エスカリオットは軽い目眩のようなものを覚えた。
「隊長?」
気がつくと、エイミとヘイブンがぎょっとしていた。
そこでエスカリオットは自分が泣いている事に気付く。
「どうしました、大丈夫ですか?」
ヘイブンがおろおろして、エイミがびっくりしながらもハンカチを渡そうとしてくる。
エスカリオットは、大丈夫だと言って袖で涙を拭った。エイミのハンカチは断る。
「いろいろ思い出しただけだ」
「隊長……」
「しんみりしなくていい」
涙はすぐに止まった。
「隊長、俺、ほんとうにすみませ、」
「違う。ヘイブン、お前が生きていて嬉しいんだ」
「でも、」
今度はヘイブンがぼろぼろと泣き出す。
エイミが今度こそハンカチをヘイブンへと渡した。
ヘイブンはしばらく泣き続け、エイミは何でもなかったようにエスカリオットにお代わりのお茶を淹れてくれた。
***
ヘイブンが泣き止み、落ち着いてしばらくした後でシャイナとマイルズが帰宅する。
「エスカリオットさーん、帰りましたよ。あれ?ヘイブンさん、来てたんですね」
エスカリオットに微笑み、ヘイブンの来訪に嬉しそうにするシャイナ。
昔を思い出したせいか、エスカリオットはひどくシャイナが懐かしく恋しく感じた。
「おかえり、シャイナ」
「……ん?えっ、エスカリオットさん?」
エスカリオットは帰宅したシャイナの側に行き、白銀の髪の毛を撫でて柔らかく抱き締める。
「えっ、あの、どうしました?寂しかったんですか?」
シャイナが慌てる。抱擁は簡単に振りほどけるゆるいものだが、エスカリオットのいつもと違う様子に突き放すのは迷っているようだ。
「寂しかったようだ。シャイナ、今日は一緒に寝てくれないか?前のように」
慌てるシャイナの髪を撫でながら提案してみる。
「はっっ?な、なに、なにを言ってるんですか!?」
あっという間に真っ赤になるシャイナ。
ヘイブンは、あっ、という顔をして、エイミは、まあ、と頬を染めた。マイルズが無になる。
「ちょっとヘイブンさん!違いますっ、違いますよ!お母さんも!違うから!添い寝しただけだし、ちゃんとずっと狼でだから!」
「満月の翌朝、人でも少ししているだろう?」
エスカリオットは笑みを含んだ声で、他に聞こえないように耳元で囁いてやった。
「あれは不可抗力のやつです!!」
シャイナは更に真っ赤になって怒り、添い寝は拒否されてしまった。




