41.里帰り(2)
引き続き、エスカリオット視点です。
検問所を抜けて、まばらになってきた木立の中を馬で進む。
「実家は、国境に一番近い町なので、もうすぐです」
シャイナが言う通りに、半時ほどですぐに町の影が見えてきた。町の森側には簡単な塀が巡らされいて、出入口には見張りの兵士が配置されている。
シャイナはここでも、大体検問所と同じようなやり取りをして、顔パスで通った。やはり兵士には広く顔が知られているようだ。
「あらまあ!シャイナちゃん!」
町に入り、町外れの石造りの家の庭で少年と一緒に洗濯物を干していた女がシャイナを見て驚く。
少年も「ほんとだ、シャイナだ!」と目を丸くしている。
「まあああ!久しぶりじゃない?元気にしてた?ちゃんと薬飲んでるの?騒ぎになってないでしょうね、えっ、コントロール出来てるの!?まあ!まああ!
そんな事、エイミは一言も、え?まだ家族には言えてないの?ああ、その報告で帰ってきたのね、あらあ、喜ぶわよぉ」
検問所の兵士もだったが、この女も、二言目には、「薬、飲んでるの?」だ。
狂暴な狐のシャイナは、町を巻き込んでの騒ぎだったようだ。
そしてもちろん、女はシャイナの獣化のくだりの後は、エスカリオットをじっと見てくる。
で、こちらは?
とその目が言っている。
「こほん、リンダさん、こちらはエスカリオットさんです。私の護衛をしていただいてます」
女の視線に気付いたシャイナがいつも通り誇らしげにエスカリオットを紹介した。
「あらあらあらあら…………まあまあまあ」
女はリンダというようだ。リンダは心得顔でエスカリオットとシャイナを見た。
ここで、リンダと同じようにエスカリオットとシャイナを見ていた少年が、口を挟む。
「母ちゃん、俺は分かるよ。このおじさんはシャイナの恋人だぜ。シャイナからはこの人の匂いしかしないもん」
「スコットくん、おじさんではありません。エスカリオットさんですよ!そして、恋人ではないですよ。護衛です」
検問所と町の入り口で、その手のやり取りを散々やったからだろう、“恋人”という言葉をシャイナは冷静に否定した。
「エスカリオット?大層な名前だな、貴族のおじさんなのか?異種族の男なんてダナンが泣くぜ、シャイナ」
「こら!スコット、おじさんは止めなさい。ごめんなさいね、エスカリオットさん」
リンダが申し訳なさそうなので、エスカリオットは一言構わないと伝える。
「ふぁーい、でも、母ちゃん、恋人は合ってるだろ?」
「どうだろうねえ」
「違いますよ、スコットくん。護衛の方ですよ!」
「シャイナ、馬鹿にすんなよ。そんだけその男の匂いさせてて何言ってるんだよ。てか、こんなのをいきなりダナンが見たら卒倒するぜ?あ!俺が事前に知らせといてやるよ!」
スコットは、「任せろ!」と言うと、母親の制止も聞かずに、ぱあっと大型犬ほどの大きさの狼、つまり本来の大きさの狼になり、素早く走り去った。
「ちょっ、ええっ、スコットくん!?」
シャイナが慌てるが、スコットの狼はもはや小さな点だ。
俊敏だな、とエスカリオットは思う。
「ああー……行ってしまった。困りましたね、ダナンに変な誤解を与えてしまうと面倒なのに」
「シャイナ、ダナンとは誰だ?」
「兄です、私の事がかなり好きな鬱陶しい兄でして、エスカリオットさんの事が変な風に伝わるときっとややこしいです。着いてすぐに誤解を解かねば。まず、護衛だとちゃんと言って、恋人の誤解は解きましょう。エスカリオットさんは心配しないで下さいね!」
決意して気合いを入れるシャイナをリンダが何とも言えない目で見ている。
そしてリンダは、少し心配そうにエスカリオットをちらりと見てきた。
「自覚は全くないようだ」
「あらあ……ふふ、エスカリオットさんが大人で良かったわ」
「む、エスカリオットさん?リンダさんに絡みませんよ」
エスカリオットとリンダのやり取りにシャイナはかなり面白くなさそうだ。やはり自分はかなり束縛されているとエスカリオットは思う。
そこからシャイナの家へと向かう道すがらも、町の住人から口々にシャイナは声を掛けられていた。
やがて、前方に小さな庭の付いた、薬草店の看板を掲げた赤い屋根の家が見えてくると、シャイナが嬉しそうに言った。
「エスカリオットさん、あの赤い屋根が私の実家です。小さいけど薬草店をしてるんです」
家の玄関の前には、シャイナと同じ白銀の髪の女が立っていて、シャイナを認めると大きく手を振る。
「母です!」
シャイナは、馬を少し駆けさせて母の元へ急ぐと、「母さん!ただいま!」と、ぱっと飛び降りて再会の抱擁を交わした。
「お帰りシャイナ!2年振りね。最近は手紙も寄越さないし心配してたのよ。お薬はちゃんと飲めてる?」
「母さん、私もう獣化のコントロールが出来るのよ」
「えええっっ、本当に?」
「うん!一人前なの」
「……本当に?一度見せて。いえ、危険ね。マイルズが帰ってから相談しましょう。ちゃんと国境の兵士達にも来てもらってからがいいわ」
「ええー、大丈夫なのに……」
「シャイナ、たとえ大丈夫でもマイルズとダナンにも見てもらった方がいいでしょう。それに、さっきスコットくんがお客様と一緒だと言っていたけど……」
シャイナの母親がエスカリオットを見る。
エスカリオットは馬から降りると、シャイナに並んだ。
「こちら、エスカリオットさん。ハン国でお店の護衛をしてくれてるの。スコットくんは何か間違ってるみたいだったけど、本当に護衛してくれてるだけの人だからね」
「まあ……」
「エスカリオットさんはね、とても強いんだあ。今回はハン国の国境で、ギルドの依頼を引き受けたついでの帰省だから付いてきてもらっちゃった。うちに泊めてもいい?無口だけど、料理も出来るし、いい人なんだよ」
シャイナは母親の前で、何やらもじもじと嬉しそうにエスカリオットを紹介した。
母の前だからなのだろう。いつもの小生意気な様子や、斜に構えた様子が一切ない。
護衛、と言いつつ、その表情と口振りは完全に恋人を紹介している娘のものだ。
「………………」
エスカリオットは、初めてシャイナをうら若き17才の乙女として見た。
可愛らしいなと思う。
抱き寄せて「もう恋人でよくないか?」と言いたくなって、少し焦る。
「そう、護衛の方だったの……。わざわざ付き添って来てくれたんだし、もちろん我が家に泊まってもらいましょう。初めましてエスカリオットさん。シャイナの母のエイミです」
シャイナの母、エイミは、先程のリンダと同じく何とも言えない目でシャイナを見てから、エスカリオットに挨拶した。顔立ちはシャイナに似ているが、目付きや雰囲気はぐっと柔らかい。
「エスカリオットだ。シャイナ殿には世話になっている」
「こちらこそお世話になっております。シャイナがご迷惑をかけてませんか?」
エイミはエスカリオットの首のミスリルのチェーンや、おそらくシャイナの魔力の気配がしているのであろう左手の義手をちらちらと心配そうに見てきた。何かを察しているらしい。
「…………大きな問題はない」
「そうですか、スコットくんから聞いて、一体どんなお客様なのかとドキドキしてたんですけど、頼れそうな方で安心しました」
エイミは、お客様、の部分を強調する。
恋人の誤解は一切解けていないようだ。
そうだろう、そもそも、シャイナが自覚してないだけで誤解ではない。
寝所こそ共にしていないが、一緒に暮らし、食事を作り合い、互いの事を大切に思っている妙齢の男女、それを一般的には恋人同士と言うだろう。
「ねえ、父さんとダナンは?」
すっかり誤解を解いた気になっている呑気なシャイナは尋ねる。
「今日は隣町に薬草を卸しに行ってるの、もう帰って来る頃よ」
「そっかあ、あれ?そう言えばスコットくんは?もう帰ったの?」
「マイルズとダナンがもうすぐ帰る筈と伝えたら、探して伝えて来るって行っちゃったわ」
エイミがそう答えた所で、エスカリオットは背後の気配と唸り声に気付いた。
振り返ると門の所には、灰色の大きな狼が居た。
お読みいただきありがとうございます!
エスカリオット視点が続き、淡々とお送りしてます。もう少し、淡々、が続きます。




