25話 呪われた公爵令嬢(3)
約束の2日後、シャイナとエスカリオットは再びイザベラの部屋を訪れていた。
この2日で分かった事は、タイダル公国のコーエン大公は20代の冷たい美形で、金髪に赤色の瞳だという事と、イザベラ嬢との婚約の話はかなり前から計画されていた物だという事、そしてグラリオーサ公爵が、効き目が穏やかな物ではあるが、睡眠薬と媚薬を入手している事だった。
睡眠薬と媚薬の事を知った時は、かなり暗い気持ちになった。この事はイザベラには話さずに事を納めたいなと、シャイナは思う。
イザベラの部屋に着いてすぐにシャイナはイザベラに人払いをお願いして侍女を下げて貰うと、魔法の言葉を紡ぐ。
「風よ、震えを止めろ、お前達はこの部屋の出来事を漏らしてはならない」
シャイナが唱え終わると、部屋の中は重たい静寂が満ちた。
慣れない静寂に耳がザワザワする。
イザベラは不安げに耳を押さえた。
「防音の魔法を施しました。少し気持ち悪いかと思いますが、我慢してください」
イザベラにそう伝えるシャイナの声は、聞き取りは出来るが全く響かずにあっという間に宙に吸いとられるように消える。
「防音?」
「ええ、あなたの試みが侍女達までバレているのかは不明なので念のために」
シャイナの言葉にイザベラはぐっと黙る。
「イザベラ様、呪いにかかった、というのは嘘ですよね?あなたは気がふれてなんかないです」
「そんな事ないわっ」
「いいえ、気は確かです。呪いの魔力は一切感じられませんし、そもそも気がふれた、にしては演技がお粗末です。きっとお父上もその辺りはご存知でしょう」
「えっ、何を」
「タイダル公国への輿入れが嫌なんですよね?」
「…………」
観念したようにイザベラが俯く。
「好きあった方でもいらっしゃるのですか?」
「……そんな方、いないわ」
「大公様がお嫌い?」
「っ……」
大公様、という単語にイザベラがさっと青ざめる。
「イザベラ様?」
「……私は、マルガ王女みたいにはなりなくないのよ」
青ざめ怯えた顔でイザベラは言った。
「マルガ王女」
シャイナはその名前を繰り返す。
マルガ王女、シャイナでも知っている、ハン国とタイダル国の13年に及ぶ戦争の引き金になった王女だ。
「わ、私は虐められ抜いて死ぬのは嫌よ」
イザベラの目に涙が溢れ出す。
マルガ王女はハン国王の一番下の妹だった王女だ。昔から仲が悪かったハン国とタイダル国の友好のために、当事のタイダルの第一王子に嫁いだ。
物静かで控えめな王女で、国王はこの末の妹をとても可愛がっていたのだが、タイダルの第一王子のたっての望みで、両国の友好の為にもと泣く泣く手放す。
しかし、王女を待っていたのは、夫と周囲からの執拗な虐めと、塔での監禁生活だった。
第一王子は嗜虐趣味のある最悪な男だったらしい。王女は虐められ抜いて非業の死を遂げる。
この事実を後から知ったハン国王は激怒する。元々、タイダルの肥沃な農地を欲していた事もあり、ハン国は開戦に踏み切った。13年戦争の始まりである。
悲劇の王女の話は、当事は子供だったシャイナでも知ってる有名な話だ。確か王女の遺体は森に打ち捨てられて、獣に喰われた。
「今のコーエン大公は、以前の第四王子でしょう?王子達はよってたかってマルガ王女を虐げたと聞いています」
ぐすっ、ぐすっ、とイザベラ嬢が泣き出す。
シャイナはぐっと顔をしかめた。大公となってからの元第四王子の噂はあまりなかったが、残虐な一面があるだろうか?
タイダルの王子達は苛烈な性格だった父王の性格を色濃く反映していたとは聞いた。
「こちらの、お、王宮の舞踏会で、大公をお見かけした事もあります、つ、冷たい笑顔の方でっ、」
ひっく、ひっくとイザベラはしゃくり上げだした。
「ご、ご挨拶した時の、目は、な、何の感情もない、怖い目っ、でした。き、きっとあの方も、王女をっ」
「マルガ王女が輿入れされた時、コーエン第四王子はまだ5才だ」
イザベラを静かに遮ったのはエスカリオットだった。
「そして、王女と同じく塔に監禁されていた。母の立場が弱かったからだ、8人居た妃の中で一番低い身分だった」
「え?」
「コーエン王子は、タイダル国王にその利発さに目をつけられるまでは塔に居た。
マルガ王女はコーエン王子だけが心を開ける相手で、コーエン王子もそうだった。
あの王室はとことん腐っていたが、コーエン王子は唯一まともだ。王女が亡くなったのはコーエン王子が7才の時で、森に捨てられた遺体を回収して墓を作ったのもコーエン王子だ」
「あの……あなたは?」
イザベラがとても不思議そうにエスカリオットを見る。エスカリオットの素性を知らないようだ。
「俺は元々タイダル国の騎士だった。そしてコーエン王子に忠誠を誓っていた」
゛コーエン王子に忠誠を誓っていた゛の部分では、シャイナもイザベラと一緒に目を丸くする。
「ハン国王は、コーエン王子の事情を知っていたから、コーエン王子だけを残して、大公として据えたんだ。
生い立ちの関係上、大公は用心深く、腹黒さもある。ましてや元敵国に招待された舞踏会ではもちろん分厚い仮面を被ったままだろう。あなたが見た冷たい大公は外向きの彼だ。本来のあの方は穏やかで優しい。」
「それを、信じろと?」
「タイダルの元王族で、生かされているのがコーエン大公だけという事からも信じられる話だと思うが……」
エスカリオットはそこで言葉を切り、少し考える。
そうして、イザベラの前に進み出ると跪いて剣を抜き、それを床に突き立てた。両手を剣の柄に添えてイザベラを見上げる。
「俺はもう騎士ではないから、この誓いにどんな意味があるか分からないが……
騎士エスカリオットは、この剣に誓う。私がかつて忠誠を誓った方は決して理由もなく、あなたを傷付けはしないだろう」
シャイナは目を瞬く。
こんなにしゃべるエスカリオットは初めてだったし、騎士として振る舞うエスカリオットも初めてだった。
騎士エスカリオット、知らない人みたいだ。
イザベラも目をぱちぱちさせながら固まっている。
「……」
「……」
「……もういいか?」
「へっ?」
イザベラが変な声を出す。
「通常、騎士の誓いを受ければ、何らかの言葉をかける。その言葉をもらってからこの体勢を解くのだが」
「えっ、ご、ご免なさい。こういう体験は初めてで、あの、分かりました」
イザベラが何とかそう言うと、エスカリオットは立ち上がって剣を鞘に戻した。
シャイナの方へ戻って来て、少し困った顔をする。
「そんな顔をするな、今の俺はお前の所有だ」
くしゃり、とシャイナは頭を撫でられた。




