24話 呪われた公爵令嬢(2)
案内されたイザベラ・グラリオーサ嬢の部屋は、カーテンが締め切られ、昼間だというのに薄暗かったけれど、きちんと整理整頓されていた。
気がふれていると聞いて、床に割れた花瓶が散乱しているとか、カーテンがズタズタに引き裂かれているとかを想像していたシャイナはほっとする。
しかし、部屋へと足を踏み入れてすぐにシャイナはびくっと立ちすくんだ。
音が聞こえたのだ。
かさかさかさ
ぱりっ、こりこり
かさかさ
ぱりぱり
薄暗い中、お菓子を食べている音が聞こえる。
「……」
音のする方を向いて、シャイナはひっと息を飲む。
部屋の奥、ベッドの脇で1人のドレス姿のレディがこちらに背を向けて床にしゃがんでいた。
かさかさ
ぱりっ
音はそこから聞こえるのだ。
えぇ……地べたで、手掴みで、お菓子、食べてるの?
かさっ
こりこり
うそぉ……
少し怖くなって、つつつとエスカリオットに近付く。エスカリオットが無言でそっと肩に手を置いてくれた。
「イザベラ様、お客様ですよ」
固まるシャイナにお構い無しに、部屋へ案内してくれた侍女はそう言いながら、さっさと部屋のカーテンを開けようとする。
わっ、待って、まだ、直床でお菓子食べる令嬢を見る心の準備出来てないんだけど!
シャイナは焦るが、ざあっとカーテンが開けられ、日の光が部屋に差す。
明るい光の中で、ベッド脇の光景がくっきりと浮かび上がる。しゃがみ込んでいたドレスのご令嬢、イザベラが振り返って立ち上がった。
ひゃあっっ
びくびくしながらも、シャイナはイザベラを見る。
華奢なレディだ、こっくりとしたミルクティー色の髪の毛はたっぷりとしていて、本来は艶かに柔らかくふんわり広がるのだろうが、今は艶がなくぱさぱさとしていて、しかも所々ざんばらに切られている。
肌は青白く、頬はこけ、目は虚ろに落ち窪んでいた。
ただ、ドレスはきちんと着付けられていて、不健康そうだが、不潔ではない。
口元に菓子の食べかすが付いている訳でもないし、手がよごれている訳でもない。
あれ?
お菓子を、食べてた訳じゃないのかな?
不思議に思っていると、また、かさかさ、と聞こえる。
シャイナはイザベラの足元に視線を移した。
かさかさ、こりこり、という音はイザベラの足元からしていたのだ。
「……砂ネズミ?」
イザベラの足元には、鳥用の籠が置いてあり、その中で小さく茶色いもふもふが、ごそごそと細かく動いている。大きな潤んだ黒い瞳が愛らしい。
砂ネズミはせっせっとヒマワリの種を食べていて、音の発生源はここのようだ。
良かった、ご令嬢が床でお菓子食べてたんじゃなかった。
「私のペットよ」
イザベラが口を開いた。硬くてとがった声だ。
「イザベラお嬢様、こちらは」
「知ってるわ、窓から見てたもの。お父様が呪いを解くために連れてきた魔法使いでしょう」
イザベラはシャイナとエスカリオットを見た。エスカリオットを見て、たじろぐ。
「申し遅れました。ギルドの紹介で参りました、シャイナと言います。こちらは私の護衛のエスカリオットです、怪しい者ではございません」
「そ、そう、父には女性の魔法使いを頼むように言ってたから、少し驚いただけよ」
「不快でしたら、部屋から出しておきますが」
「だ、大丈夫よ。さあ、じゃあ、早く呪いを解いてちょうだい」
「それにはまず、どのような呪いか調べなくてはなりません、お話を伺ってもよろしいですか」
「構わないわよ。時々、呪いのせいで奇声を発したり、笑ったりするけど気にしないで」
「……承知しました」
窓の側の簡易な応接セットに侍女がお茶と菓子を用意してくれて、シャイナはイザベラと2人でそこに腰掛ける。
エスカリオットは先ほどのイザベラがそうしていたように、砂ネズミの籠の前にしゃがんで、小さな茶色いもふもふを鑑賞しだした。
イザベラは、呪いにかかったのは1ヶ月ほど前で、夜眠れなかったり、髪の毛を衝動的に切ってしまったり、日の光が苦痛になったりすると話した。
食欲はなく、化粧する気持ちも起こらない。
人と会話していて、突然変な事を言ったり、笑ったりもしてしまうらしい。
シャイナと話している間も2回ほど、変なタイミングで笑いだした。
「ふうむ」
「何か分かって?」
「そうですね。聞いたお話を持ち帰っていろいろ検証する必要がありますね」
「そう?上手くいくといいわね。ところで、お連れの護衛の方は変わってるわね、砂ネズミ、お好きなのかしら」
イザベラは砂ネズミの籠の前にじっとしゃがんでいるエスカリオットを怪訝そうに見る。
「ああ、気にしないでください、エスカリオットさんは小動物が好きなんですよ」
「へえ……怖そうなのに、見かけとは違うのね。それに男性にも、ああいう可愛いものが好きな方がいらっしゃるのね」
「そうですね、まあまあいらっしゃるかと」
「そうなの?」
シャイナの何気ない一言にイザベラが目を丸くして食いついてくる。
「え?はい、たぶん……」
たぶんいるとは思う。
だって狼の時に、さんざん男性からもキラキラした目で見られてたし……
「あら、ごめんなさい、私、殿方って父と兄くらいしか知らなくて、その」
「そうなんですね、まあ、私の感覚は庶民のものなので、貴族の方ともなれば、馬とかがお好きでしょうね、あの砂ネズミは何匹いるんです?」
「あの籠には2匹よ。別の籠にもう1匹いるわ、雄と雌とで分けているの」
「お世話はひょっとしてイザベラ様がしてるんですか?」
「ええ、そうよ。動物のお世話って好きなの。いっつも、スーに止めてくださいって怒られるのよ」
イザベラはふんわりと笑うと、ね、スー、とシャイナ達を部屋に案内してくれて傍らで控えていた侍女を振り返る。
その様子は可憐で可愛らしい。
今は窶れて、目も血走り、髪の毛もぱさぱさでざんばらだけど、頬がふっくらとして、髪に艶が戻ればきっと素敵なご令嬢なのだろうな、と思う。
何とかして力になってあげたい。
彼女の本音を聞いて、解決策を考えなければいけない。シャイナはそう決意して、イザベラとの面会を終えた。
公爵には一旦持ち帰る事を告げて、また2日後に伺うと約束をして、公爵家を後にした。
帰りの馬車内では、エスカリオットが不必要にシャイナの頭をナデナデしてきた。
「エスカリオットさん?何ですかこの手は?砂ネズミへの欲求を私で晴らさないでください」
「そんな事より、どうするんだ」
ナデナデ。
「イザベラ嬢ですよね……困りましたねえ、あれ、呪いじゃないですよね」
「そうだろうな、気は確かだ」
ナデナデ。
「自作自演なんでしょうね」
「ああ、本当に気が触れていたら、奇声を発するけど気にするな、なんて言わないし、ネズミの世話もしないだろう。ネズミの籠の藁は清潔で、ネズミの毛づやは良かった」
ナデナデ。
「でも眠れなくて、食が細くなるほどには何かに悩んでいるんですね」
「結婚が嫌なんだろう、好いた奴でも居るんじゃないか、男は苦手のようだったが」
ナデナデ。
「あ、男性が苦手だから結婚が嫌とか?」
「どうだろうな、とにかく時期的に結婚が嫌であんな事をしてるのは確実だな」
ナデナデ。
「うーん、でも……それなら父親に相談するべきでは?」
「シャイナ、貴族の親は、親にもよるが、娘よりも家を大切にする場合がある。しかも大公への輿入れなぞ、娘が嫌がるから、で破談には出来ない」
ナデナデ。
「ひょっとして、大公様は好色なスケベ爺いとかですか?」
「いや、違う」
ナデナデ。
「まあ、でもその辺りの情報も集めて、2日後に決着させたいですね」
「そうだな」
ナデナデ。
「ところで、シャイナ。ステファンとパーティーを組んでたのか?」
ナデナデが止まる。
エスカリオットは、シャイナが金のアルクヨロイについて話していた時の事を言っているようだ。
「はい、何度か組んでますよ。パーティーを組んじゃうとステファンさんはあんな風に鬱陶しくないんです。割りと優しいし、世話焼きなので助かります。野営ではちゃんと私をテントに入れてくれて、自分は火の番とかします。流石のAランク魔法使いで剣士なので、魔物とやり合う時も安心して背中を預けられますよ」
「そうか」
ナデナデが復活する。ナデナデ。
「シャイナ」
「はい」
「これからはパーティーは俺と組め」
「そうですね、そうなりますね。エスカリオットさんがいれば、他は要らないでしょうしね」
うむうむ、とシャイナは同意する。
「ああ、他は要らない」
ナデナデ。




