13話 飼い出した責任
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朝、シャイナはぱちりと目を覚ました。
目を覚ましてまず、自分が一糸纏わぬ姿でシーツにくるまれている事に気付く。
……ん?
シーツが剥がされて、わざわざシャイナに巻き付けてあり、その上からちゃんと布団もかけられている。
うん?
状況を不思議に思いながら目線を自分の体から横へと向けてシャイナは息を飲んだ。
同じ布団の中で、上半身裸のエスカリオットが眠っていた。
「んなっ、ななななななっ」
真っ青になってシーツにくるまれたまま、みの虫のようにずりずりとシャイナは後ずさった。
ええっ!?
後ずさりながらもう一度自分の様子を確認する。
何も着てない。
下着も履いてない。
えええっ!?
ぱちり、とエスカリオットが目を開けた。
「……起きたか」
寝起きの掠れた声だ。
「エスカリオットさんっっ、何でっ??」
シャイナは一層慌てて後ずさる。
「おい、落ちるぞ」
エスカリオットが掠れた声のまま、ぐいっとシャイナの肩を掴んで引き寄せた。
「ひあっ」
シャイナは今度は真っ赤になった。エスカリオットの裸の上半身が近い。
みの虫の状態でシャイナはばたばたした。
「シャイナ、落ち着け。何もしてないし、何もしない」
「えっ?でも、えっ?」
「昨日は満月で狐のお前とそのまま寝た」
「狼ですっ」
「……狼のようなお前とそのまま寝た。明け方に人間に戻ったからシーツを巻いておいた」
はくはくと口だけを動かしながらシャイナは思い出す。
そうだった、昨夜は結局狼のまま背中を気持ちよく撫でられて寝落ちしてしまったんだった。
えっ?でも今、明け方に人に戻ったって言った?
言ったよね?
「なっ、なんで、そのまま寝てるんですか?裸の女の子の横で」
真っ赤になりながら抗議する。
「女の裸なら見慣れている」
「見慣れてる訳あるかあっ、5年も剣闘士奴隷でしょう」
「騎士だった時はモテた」
「だからって、だからって」
シャイナはわなわなと震えた。
「薄暗かったしぼんやりしか見てない」
「ぼんやり見てるじゃないですかっ、そして何でエスカリオットさんまで上半身裸なんですか?」
シャイナの言葉にエスカリオットは自身を見た。
「ああ、これは服にお前の毛がたくさん付いていたから脱いだ。お前のせいだ」
「エスカリオットさんが、抱き締めて眠るからでしょお」
言いながら、゛抱き締めて眠る゛の言葉にますます恥ずかしくなってシャイナは全身真っ赤になる。
「狐のシャイナが可愛いのが悪い」
「狼ですっ」
「……狼のようなシャイナ。そんな事よりも」
エスカリオットが片ひじを付いて頭を起こす。
すごく色っぽい。
「獣化をコントロール出来るようになってるんじゃないのか?」
「えっ?」
「昨晩、お前は結局ずっとあのままだった。抱き締めたまま寝ていたから間違いない」
エスカリオットの゛抱き締めたまま寝ていた゛にもシャイナは反応してしまって顔から湯気が出そうだ。
ぷしゅーっと自分から音がするような気がする。
「だっ、だっ……」
「シャイナ、大丈夫だ。少女に欲情はしない。もちろん狐にも」
「おおかみですっ」
「……狼のようなものにも」
ぐぬぬ、さっきからいちいち狼に゛のような゛を付けやがる。
「それよりも凶暴化しなかったし、眠っていたが理性はあったんじゃないか?」
エスカリオットの言葉にシャイナの湯気が少し納まる。
「そうで、しょうか?」
「ああ、この何年かの間に知らずにコントロール出来ていたんだろう」
「本当に?」
そうだろうか。
でも、だとしたら嬉しい。やっと一人前になれたのだ。
「試しに獣化してみろ。出来るだろう?」
「はい」
シャイナは目を閉じて集中する。
ぱあっと体が光り、目を開けるとちゃんと理性のあるまま狼になっていた。
シーツから這い出して、ぶるるっと体を振るわす。
相変わらず思っている狼とはかけ離れた白いもふもふだが、獣化は獣化だ。
「出来た!エスカリオットさん、出来ます!」
嬉しくなってエスカリオットを見ると、エスカリオットは優しい笑顔だった。
「!」
その笑顔にきゅんとなってぼんやりしてると、エスカリオットが大きな手を伸ばしてきてシャイナを抱き寄せる。
「エ、エスカリオットさん?」
シャイナはあっという間にエスカリオットの腕の中だった。
「狐のシャイナは可愛いな」
「エスカリオットさんっ、だから17才の乙女ですよっ、そして狼です!ふわわわ、撫でるなあ」
シャイナがじたばたすると、エスカリオットは少し腕の力を緩めた。
「離してください、人型に戻りますよ」
「今戻ったら、俺の腕の中で裸だぞ」
エスカリオットがニヤリと笑う。
「ぐっ」
シャイナは固まった。
エスカリオットの笑顔が深まる。
「狼のようなお前は可愛い」
エスカリオットはしばらくシャイナをもふもふしてからやっと解放してくれた。
***
「エスカリオットさんは動物が好きなんですか?」
やっとこさエスカリオットの抱擁から解放されて人型に戻り、パンとチーズにエスカリオットの淹れたコーヒーの簡単な朝食にしながらシャイナは聞いた。
「前も言ったが好みは小動物だ」
「そうでしたか?どっちかと言うとドラゴンとかグリフォンとかの方が好きそうだし、似合いますよ」
シャイナはエイダの店でエスカリオットが言っていた事は酔っぱらっていて記憶がない。
「……小鹿までの小動物だな」
「小鹿……わりと大きいのまで小動物の括りなんですね。あ、そしてエスカリオットさん。無事に満月も終わりましたし、エスカリオットさんは晴れて自由の身ですよ。獣化のコントロールも出来るみたいだから制約も必要ないし、すぐに首輪からの解放をですね」
シャイナはいそいそと言葉を紡ごうとした。
この5日間のエスカリオットとの生活はけっこう楽しかった。
美しい黒豹は見ていて飽きないし、黒炎の蛇での特訓はシャイナも楽しかった。
エスカリオットの淹れてくれるコーヒーは美味しかったし、外でお酒を飲むのも素敵な体験だった。
ずるずる一緒に居ればきっと離れがたくなってしまう、そんな予感がした。
ここであっさりすっぱり解放しなくては。
狼の時に優しく撫でられた感触が蘇ってきて、寂しさが込み上げてきそうになる。
昨晩のエスカリオットの無邪気な笑顔がちらつく。
ダメだ、ダメだ。
シャイナはぶんぶんと頭を振った。
「首輪よ聞け、」
「断る」
シャイナの言葉をエスカリオットは遮った。
「え?」
「解放は断る」
「断るって何ですか、断るって」
「ここを放り出されても行く宛はない。金もない。路頭に迷う」
「え、でもタイダルは公国でまだ少し残ってますよ?貴族で騎士だったんですよね」
「家族も家も、もうない」
「そうなんですか?」
「そうだ。だから責任を取ってくれ、シャイナ」
エスカリオットは立ち上がるとシャイナの座る側まで来て跪き、シャイナの手を取って頬擦りした。目線は甘くシャイナを見つめる。
「動物は飼い出したら最後まで責任を持って育てるべきだ。俺はお前の美しい黒豹なのだろう?」
「なっ、はっ」
シャイナは真っ赤になった。
「武具店で言ってただろう、美しい黒豹だと」
「き、聞いて」
「聞こえた。俺が独り立ち出来るまで面倒をみてくれ」
エスカリオットの甘い色香が凄い。
シャイナは心臓がどくどくして、息が止まりそうだ。エスカリオットの頬に当てられている手が熱くなる。
はくはくしていると、エスカリオットがニヤリと笑う。
「どうしてもと言うなら、好みではないが縛るプレイも、」
「しません!」
「そうか」
エスカリオットはくっくっと笑いながら自分の席に戻って朝食の続きを食べ始める。
すごく楽しそうだ。
「……揶揄いましたね?」
「面倒は見てくれ」
「しょうがないですね。独り立ちするまでですよ」
ふん、と横を向きながら不承不承を装う。
内心はまだしばらく一緒に居れる事が嬉しい。
シャイナもパンとチーズの朝食に戻る。
エスカリオットの淹れたコーヒーは今日も絶妙な甘みに酸味、苦味、余韻を残していて美味しい。
お読みいただきありがとうございました!




