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あなたに溺れるほどの愛を

 人間には、二度寝という概念があるようです。

 ホムンクルスとして聖女をしていた時は一度目が覚めたらパッチリ起きてしまっていたものですけど、人間になって規則正しい生活をするようになってから二度寝の魅力に気付きました。


 これはやばいです。


 なんというかこう、人をダメにするあれですよね。

 特に仕事があると分かっている時に二度寝をすると信じられないくらい気持ちいい。夜に寝るより気持ちいいって何なんでしょう? 窓から入ってくる日差しがこれまた眠気を誘うのです。もしも私にまだ大聖女の肩書があったなら、二度寝という文化を推奨してしましたよ。この素晴らしい文化を知れた喜びを分かち合うため、二度寝記念日を作ります。職権乱用万歳。


 まぁ、今のわたしはギル様の妻という肩書がありますからね。

 大聖女として権利を行使するより、推しの寝顔を見られる権利のほうが大事です。はぁ。今日もギル様のご尊顔はため息が出るほど輝いてますね……。


「ギル様……」


 そっと手を伸ばして推しの黒髪を撫でていきます。

 夜を秘めた少し癖のある髪は艶々です。昨日のお風呂で丁寧に洗っていましたから、意外と清潔好きなのだと初めて知りました。鼻筋の通ったお顔は安らかです。第五次魔族戦争……あのガルガンティアの戦いから魔族は少し大人しくなっていて、ギル様のご負担も減っています。悪戯したくなる唇を指で撫でると、昨夜のことをまざまざと思い出して顔に熱が集まってきました。ふふ。わたし、本当にこの人の妻になったんですね。なんだか感慨深いです。


「えい」


 寝ているギル様のおでこに口づけます。

 ファンだったら許されない贅沢! これぞ妻の特権ってなもんですよ!

 むふふ、と喜んでいると、空色の瞳と目が合って固まります。


「……ぎ、ギル様。いつから起きて」

「君が俺の頭を撫でていたところから」

「最初からじゃないですかっ?」

「うん」


 ギル様は私の手を取ると、手の甲に口づけました。


「朝起きて、君が隣にいる。その幸福を噛みしめていたんだ」

「そ、そうですか……」


 ごほん、と咳払いします。

 推しがまさか起きていたとは。

 せっかく寝顔を鑑賞していたのに。ちょっぴり残念ですね。でも好き。


「それはそうと……ギル様? そろそろ離してくれてもいいかと存じますが」

「無理だ」

「なぜですか」

「なぜって」


 ギル様はくるりと身体の向きを変え、私に馬乗りになりました。

 白いガウンから見える胸元がたくましいです。色気やばくないですかこの人。

 ひゃぅ! いきなり額に口づけされました!?


「君が俺を挑発したからな。責任取ってもらわないと」

「挑発って何のことか分からないんですが!」


 ちゅ、ちゅ、と額や首筋に口づけされます。

 流れるように手を掴まれて抑え込まれてしまいました。

 耳たぶを甘噛みされると、反抗する力がすっと抜けてしまいます。


「ギル様……ダメですよ」

「疲れてるのか?」

「いえ……ただ」


 私は口元に手を当てて目を逸らしました。

 なんというか、推しの顔を直視できません。


「幸せすぎて、死んじゃいそうです……」

「そうか」


 ギル様は「ふ」と笑ってわたしと額を合わせました。


「じゃあ、お楽しみはまた夜に、だな」

「……はい」


 こくりと頷きます。

 ギル様は何もせずただ寄り添ってくれて……

 私はただ、それだけで満たされていたのです。





 ◆◇◆◇





 わたしとギル様のおうちは復興途中の王都にあります。

 なにせガルガンティアが壊滅したので。主にわたしのせいですけど。

 じゃあどこに住むのかという話になり、相当紛糾したものです。


 わたしはギル様と二人きりの愛の巣を望んでいたのですが……

 それだとギル様が出かけた時に無力なわたしだけになり困るということで。

 安心できる護衛かつ気の置ける友人ということで、リネット様やサーシャと一緒に住んでいます。


 新居に友人と住むなんてびっくりです。

 結局ガルガンティアの時と同じというわけですね。

 まぁ今の王都は復興途中で家すらままならないですから、リネット様もおうちがない状態なのです。


 あくまでほとぼりが冷めるまでの一時的な措置というやつですね。

 わたしは魔王になって死んだことになっていますから、万が一にも誰かに目撃されて騒ぎが起きないようにという配慮でしょう。今は必ず誰かがわたしの傍に居て守ってくれています。


 家での役回りはまぁ、主に使用人みたいなものかと。

 こう言うと、リネット様もサーシャもギル様もすごく怒るのですけど。

 使用人じゃない、家事はほどほどに、なんて言われました。


 そろそろわたしも家事以外のお仕事を見つけたいですねぇ……

 皆さん軍の仕事で頑張ってるなかで一人だけ家に居るのは気まずいです。

 元大聖女だけに、軍の仕事がいかに大変かは身に染みて分かっていますので。


「というわけでギル様、子供は何人欲しいですか?」

「「「ぶふっ!」」」


 朝食の席で口火を切ると、なぜかみんなが一斉に噴き出しました。

 リネット様は口をパクパクさせています。

 サーシャがぷるぷる震えて、だーん!と机を叩きました。


「ローズ! 淑女がそういうことを気軽に口にするものではありませんわ!」

「え? なぜですか?」

「そういう話は殿方と二人きりの時にするべきです!」

「別に恥ずかしい話でもないですし、よくないですか? ただの生殖活動ですよ」

「せ……っ」


 サーシャの顔が真っ赤になってしまいました。

 生殖活動の何が琴線に触れたのでしょうか。人間って不思議です。


「ろ、ローズさん。もうちょっと、ほら、貴族的な言い回しで……」

Si(シー)。それでは夜の営みと」

「逆に直接的になった!?」

「ごほん。あー、ローズ。何がどうしてそういう話になったんだ」


 ギル様が気まずそうに話題を逸らします。

 わたしは頷きました。


「はい。そろそろ別のお仕事が欲しいかと」

「仕事?」

「妻の役目と言えば育児だと学びました。わたし、ギル様の子供が欲しいです」

「あー、うん。そうだな。うん……まぁ俺も欲しくないわけではないが」

「が?」

「今はまだ、な。色々落ち着かないし……結婚式もまだだろう」

「結婚式」


 はて、聞いたことがあるような、ないような単語ですね。

 わたしは人生の師であるリネット様に目を向けました。


「リネット様、結婚式とは?」

「えっと……愛し合う二人が結婚したことを祝って、親しい人たちが集まってお祝いするの。みんなの前で誓いのキスをしたり、花束を投げたり……とにかくおめでたい席、かな」

「ふむ」


 なるほど?


「意味は分かりましたが、必要なくないですか? わたし、死んだことになってるのに呼べる人なんて限られてますよ」

「それでも俺はやりたい」


 珍しくギル様が引かない姿勢を見せました。


「その……ウェディングドレス姿の君が見たいんだ」

「そう、なのですか」


 まぁ推しの願いというなら聞くのはやぶさかではありません。

 元よりわたしはギル様のファン。ギル様が望むなら何でもしてあげたいのです。

 ウエディングドレス、というものにも興味があります。


「分かりました。子作りはその後ということですね」

「だからあけすけに言うなと……本当に仕方ないですわね、あなた」

「あはは……でも、結婚式をするとなると場所も考えないとですね。ギルティア様の認識阻害は完璧ですけど、穴がないわけじゃないですから」

「そうだな。今は特に王都が大変な時だ。時期も見計らう必要があるだろう」

「はい! はいはい!」


 ここぞとばかりに手をあげるわたしです。


「それなら結婚式までにやりたいことやりたいです。お祭りも行きたいですし、飛竜の巣デートもしたいです」

「構わない。今度休みを作るから一緒に行こう」

「やったー!」


 推しと久しぶりのデート! 

 家に居てばかりで息が詰まっていたのでこれは嬉しいです。ひゃっほう!


「今度リネット様やサーシャとも一緒にどこか行きましょうね」

「そうですわね。あなたがそんなに誘うなら付き合ってあげてもよくてよ」

「あ、じゃあ結構です」

「ばっ、行ってあげてもいいと言ってますでしょ!?」

「ふふ。サーシャ様はツンデレ、だから。めんどくさいね、ローズさん」

「ほんとですね」

「まったくだ」

「三人とも、わたくしの扱いがぞんざいすぎませんか!?」


 そんなことはないと思いますけど。


「少なくとも、わたしは一緒に居て楽しいですよ。お友達ですから」

「……」


 サーシャが口をパクパクを開けて、縦ロールをいじりながら目を逸らします。


「……そう。まぁ、悪くはないですわね」


 まぁわたしの一番はギル様なんですけどね。

 自明の理、というやつです。


「あ、サーシャ様。そろそろ行かないと会議の時間が……」

「え、あ、もうこんな時間ですの!? いけない、早く行かなきゃ……!」

「私も研究室に呼ばれてるから……行ってくるね、ローズさん」

Si(シー)。いってらっしゃいませ、リネット様、サーシャ」


 二人を見送ったら途端に二人になってしまいます。

 とはいえ、ギル様もお仕事なのですぐに見送らないといけないのが寂しいところですね。わたしはおうちに一人ぼっち。子供が居たらそんなことも無くなるのでしょうか。


「ギル様もそろそろ行かれますか?」

「あぁ」


 支度を終えたギル様はソファに腰を下ろします。

 隣にいるわたしをそっと持ち上げ、膝の上に乗せました。


「……

「ギル様? どうかされましたか」

「……うん」


 ギル様はわたしの首元に顔を埋めて言いました。


「正直、行きたくない」

「ふふ。ギル様は甘えん坊ですね。お可愛いこと」


 でも確かに、これは溺れたくなります。

 ギル様と密着しているだけで幸せな気持ちが溢れてしまいますよ。

 ふと目が合い、唇を合わせました。

 軽いキス。二度目に死んだあの時と違ってレモンの味がします。


「すぐに帰ってくる」

Si(シー)


 わたしは心から微笑みました。


「いってらっしゃい。お帰りをお待ちしておりますね」


 今日はギル様の好きなものを作ってあげましょう。

 いつもの感謝に。ありったけの愛情のお返しに。


 ふふ。生まれ変わってから一ヶ月。

 なんやかんやと忙しいわたしの幸せな毎日を送ってます。


 ところで。

 推しを見送り出来るとか、新婚生活って最高ですね?




お久しぶりです、山夜みいです。

ローズたちの物語から8か月あまり。晴れて番外編を投稿してみました。

久しぶりでしたが、お楽しみいただけましたでしょうか。

ちなみに作者はこの子たちは本当にいつも活き活きしてるなぁと思いました。

ローズもギルティアも幸せそうで何よりですね。


閑話休題。


皆さまお気づきでしょうか。

本作のイラストが下部に張っていることを。


そう、なんと! ついに! 

本作の書籍が発売されます!!

ぱちぱちぱちー! いえーい! ついにこの時が来ましたー!


イラストレーターのwoonak先生に美麗に仕上げていただきました。

ローズもギルティアも最高過ぎません?

キャラデザが上がって来た時よすぎて舞い上がってました。


お話も8割書き下ろしていますす。

なんと新キャラも出るんですよ! また違う読み味で楽しんで頂けるかと。

8月2日発売なので、よろしければお買い求めくださいませ!

イラストクリックしたらHPに飛べるようになっています。


また、新作も投稿しているので、よろしければそちらもぜひ!

口から砂糖が出るほど甘いお話ですが、面白いですよ。


それではこのあたりで。

またどこかお会いしましょう。

とても暑いので、皆さま身体には気を付けてくださいね。

                               2023/07/26 山夜みい

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― 新着の感想 ―
[良い点] サーシャ可愛いよサーシャ [一言] 最初はよくある聖女ものだと思って読んでたのに最後は涙が止まらなかった。 今後50年ローズには幸せな人生を送ってほしい。 この作品に出会えてよかった。 ロ…
[良い点] おもしろかったー!!、!!!泣きすぎて目が痛い
[一言] 番外編今気付きました。すみません!!そして書籍化おめでとうございます!大好きな作品が書籍化なんて…\(^o^)/ やはりこの2人はいいですね。大好き❤ギル様もすっかり甘甘で( ̄ー ̄)ニヤリ番…
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