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エピローグ

 

 暗闇。


 暗闇の中を、わたしは漂っていました。

 世界にぽつんと意識が漂って、徐々にわたしがわたしじゃなくなる感覚。

 わたしを構成する分子が分解され、世界に溶けていきます。


 これが、死ですか。


 別に死ぬのが怖いとかじゃありませんけれど。

 でも、わたしはギル様への想いを失くすことだけは嫌でした。


 わたしの全てですからね。

 この想いがあるからこそわたしは人間足り得たのです。

 ただのホムンクルスが、恋をする乙女になれたのです。


 だから、渡しません。


 たとえ死であろうとこの想いだけは渡しません。

 推し活に殉じて死んだ女のど根性、舐めんじゃないってんですよ。


 ……。

 …………。

 ……………………。


 それからどれくらい経ったでしょうか。


 一年? あるいは十年? 百年ですか?

 何もない空間に意識を保たせるわたしも限界が近づいています。


 魂の摩耗とでもいうのでしょうか。

 わたしの意識はもう半分ほど暗闇に呑まれています。


 それでもわたしをわたしたらしめるのはギル様への想いだけでした。

 この想いだけは、絶対に……。



『……ズ』



 暗闇ばかりの世界の中で、一筋の光がわたしに降り注ぎます。

 懐かしい声です。愛おしさすら感じます。

 この、声は。


「ギル、様……?」


 声は続きます。


『ローズさん、戻ってきて!!』

『早く戻ってきなさい、いつまで寝てらっしゃいますの!?』


 この声は……。

 とても、大切な友人の声だったような気がします。

 ギル様に匹敵するくらい大恩ある方で、もう一人は、まぁ悪くない仲だったような……。



 名前は、なんでしたっけ?


『ローズ、起きろ』


 また、ギル様の声がします。

 もしかして、死ぬ前に見る幻というやつでしょうか?


 確かに死ぬほど聞きたかった声ではありますけれど……

 この想いを手放すくらいなら、このまま……。





『戻って来い、ローズ!!』





 次の瞬間、わたしにまとわりつく暗闇が世界の片隅に追いやられました。

 ギル様の声がわたしという存在そのものを絡めとり、救い上げます。


 わたしは抗おうとも思いませんでした。

 たとえ、『死』であってもいい。

 今はただ、この愛しい声に身を委ねたいと思ったのです。


 そして、わたしは──







 ぱちり、と目を開きました。


 目の前に推しのご尊顔が見えます。

 近すぎて唇が触れそうになるくらいなので、心臓に悪いです。


「ギル様の顔が近くに……ここは、天国ですか……?」

「ローズ!!」


 いきなりギル様に抱きしめられました。

 ぎゅううっと、背中に回された手に力が入って、わたしの心臓は爆走を始めます。


「ローズ、よかった……本当に、よかった……!」

「あの、ギル様……?」

「痛い所はないか? 大丈夫か? 俺のことが分かるか?」

「ギル様、痛いです……」

「す、すまん」


 ギル様が勢いよく離れると、他の人の顔も見えました。


「ローズさん……よかった、よかっだぁ……」

「本当に、起きたのですね……よかった……」


 ぽろぽろと涙を流して瞼を拭っているのはそばかす顔の女性です。

 続いてその隣にいるのは、同じように涙を流してる縦ロールの女性でした。

 二人の顔には見覚えがあります。ありますけど……


「あの、リネット様と……サーシャ、ですよね……?」

「うん!」

「えぇ、そうですわよ」

「なんだか、二人とも大人びてませんか……?」


 そう、わたしの知る二人よりずいぶん成長されていたのです。

 ギル様のほうはあんまり変わっていませんけど。


「あれから三年経ったから……」

「三年」


 道理で、大人びているはずです。

 わたしは自分の身体を見下ろしました。


「わたしは……確かに死んだはず……ですよね?」

「あぁ、死んだ。死んだ……はずだった」

「ローズさんの肉体を作り直したの」


 リネット様が言いました。


「私、ユースティアさんとローズさんのお話を聞いちゃって……」


 どうやらリネット様はサーシャと一緒に教会に潜入したようです。

 ちょうどわたしがセシルと一緒に社交界でやらかした時ですね。


 グレンデル家の権力を使って教会に食い込み、教会の最高機密であるホムンクルスの研究所に忍び込むことに成功。そこから機密文書を持ちだして、わたしの核を中心とした肉体の再構成を行った。あとはわたしという意識が目覚めれば成功ですが……本来、わたしの意識は消え去るはずでした。


「ギルティア様が、頑張ってくれたんだよ」

「俺のほぼすべての魔力を注いで作った魔術式だ。完成まで三年かかったが」


 ホムンクルスの核に定着していたわたしの意識、魂を呼び覚ます。

 まだ誰も成功したことがない領域の魔術を研究、成功させるなんて……

 ギル様は本当にギル様ですね。


「身体は大丈夫? 違和感とかない?」

「驚くほどしっくり来ています。リネット様、天才すぎません?」

「私はホムンクルス研究を土台にしただけだから……サーシャのほうが大変だったかも」

「まったくですわ。あなたが壊した王都の復興、太陽教会亡きあとの連合軍の編成、新型魔導機巧人形(ゴーレム)の配備、運用、最前線の再構築……グレンデル家をどれだけコキ使えば気が済むんですの」

「面倒なことは全部丸投げだ。それが仲間だろう?」

「違いますわよ!?」

「……実際、俺には出来ないことだからな。助かったぞ、サーシャ」


 真正面からお礼を言われてサーシャはまんざらでもなさそうです。

 お二人に漂う空気は甘いものではありません。

 ありませんけど……ちょっとだけ妬けますね。


「なんにせよ、目覚めてよかった……本当に」


 ギル様に両手を包まれて、わたしの嫉妬心は吹き飛びました。

 大好きな人から注がれる熱のこもった眼差しに心が蕩けそうになります。

 実はここが天国だと知っても驚かないくらい幸せです。


「あ、そういえばね。ユースティアさんのことなんだけど」


 リネット様が言います。


「あの人は逃げ出そうとしていたところを捕まって、太陽教会の残った信者の代表にされたみたい。今では批判の的になって死ぬほど忙しくしてるみたいだよ。まぁ、自業自得だよね」

「ローズにしたことの当然の報いだな」

「……あんなことがあっても太陽教会の信徒は残ってるのですね。まったく愚かしいったらないですわ」

「人としての倫理と正義は別物だ。人類のためなら聖女を犠牲に……という考え方もまだ残っている」

「あの」


 わたしは皆さまの会話に割って入りました。


「ユースティアって、誰ですか?」

「「「……」」」


 うーん、どれだけ考えても思い出せません。

 自分の名前と、ギル様やリネット様、サーシャ、セシル、アミュレリア……。

 他にも色々いたはずですが、よく思い出せません。


「……いや、取るに足らないことだ」


 ギル様がわたしの手を取り、手の甲にキスをしました。


「あんな奴らの記憶などなくてもいい。俺のことを覚えていてくれるなら、それで」

「そうですか?」


 まぁ、それならいいんですけどね。

 きっとギル様が言うからには、大したことじゃないのでしょうし。


 それより、それよりですよ!

 わたし、ギル様が! わたしの手に! キスを!!


 なにこれ~~~~~幸せ過ぎる~~~~~~!

 わたしの推しってこんなに積極的でしたっけ!?


「ぎ、ギル様、その……恥ずかしいのですが」

「知らん。勝手に照れてろ。俺は三年も待ったんだ」


 かぁああ、と顔が熱くなるわたしをギル様は笑います。

 その顔が見たかったのだと言いたげです。


 こんな意地悪なところも変わりませんね……好き。


「もう二度と離さない。俺と共に生きろ、ローズ」

「それは……どういう意味で?」

「もちろん、こういう意味だ」


 ギル様のご尊顔が近づいて、わたしは目を閉じました。

 直後に熱い唇が触れて、視界がチカチカするほどの幸せに襲われます。

 隣の二人が息を呑むなか、ギル様は言います。


「夫婦として、だ」

「ふうふ……わたしで、いいんでしょうか」

「君じゃないとダメなんだ」

「わたしは……ホムンクルスです。あと何年生きられるかも……」

「あ、そのことなら大丈夫」


 リネット様が笑いながら言いました。


「ローズさんはもう聖女じゃない……普通の人間がベースになってるから、あと五十年は生きられるよ」

「五十年も」

「だから安心して、幸せになってね」


 本当にもう、この人には頭が上がりませんね。


「ローズ、もう一度やり直そう。ゼロから。二人で」

「ギル様……」

「……まだ返事をもらってないんだが?」


 心なしか拗ねたようなギル様です。

 ここ三年で、本当に感情豊かになられたようです。

 というよりお顔に出るようになったといったほうが正しいでしょうか。


 ギル様は元から熱いお方ですからね。

 もちろん、わたしの返事は決まっています。


「はい」


 わたしはギル様を見つめました。


「わたしも、あなたと一緒に生きたいです」


 ギル様が望んでくれるなら、もう一度やり直しましょう。

 悪役を卒業して、聖女をやめて、一人の女の子として。


「だってわたし、ギル様が大好きですから」


 わたしはようやく、心から笑えることが出来たのです。


「言っておきますけど、わたしの愛は重いですよ?」

「ふ。それは知ってる」

「生き返ったからには容赦しませんよ?」


 ありったけの愛を込めて、ギル様に抱き着きました。


「わたし、もう我慢しませんから! いっぱい愛してくださいね」



ご愛読ありがとうございました!

少しシリアスなお話でしたが、楽しんでいただけたなら幸いです。

『面白かった!』『ローズが救われてよかった』『よく完結した!』と思っていただけましたら、ぜひ↓の評価欄から☆☆☆☆☆をお願いします!



そして、新作始めました!


【成金令嬢の幸せな結婚~金の亡者と罵られた令嬢は父親に売られて辺境の豚公爵と幸せになる~】

https://ncode.syosetu.com/n7639hx/


お金が大好きな令嬢がひたすら幸せになるお話です。

きついのは序盤だけで、悪役聖女みたいなシリアス展開はないので、まったりとお楽しみくださいませ。


それでは、また会えることを楽しみにしております。


2022.11.09 山夜みい


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― 新着の感想 ―
めっちゃ泣きました!もうタオルがびちゃびちゃですよ… あと50年ギル様と幸せに過ごしてねローズちゃん。 作者様とても素敵なお話をありがとうございました、コミカライズ化されているとのことでぜひ購入させて…
[良い点] も〜泣かされました。 能力抜群だけど不思議ちゃん聖女かと思ってたら…。 生きたい!彼女の本心というか、心の叫びには涙が止まりませんでした。 どうにかならないものかと胸が痛かった。 ハァ〜ハ…
[良い点] 泣いた! めっちゃ泣いた! ローズの想いが、もうなんか切なくて! [一言] ありがとうございました! 読めて良かったです!
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