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最終話 永遠の愛をあなたに

 

 崩壊した王都の街並みを、わたしは歩いていました。

 騎士団による避難誘導が済んでいるのか、今は人っ子一人居ません。


 たぶん、セシルの計らいでしょうね。

 ギル様にだけ第八魔王をぶつけて様子を見ようとしたんでしょう。


 ……まぁ。今は好都合です。


 本当に最期の、推しとの時間を楽しみましょうか。


「あ、ギル様ギル様。見てください、あの店、前に一緒にご飯食べたお店では?」

「あぁ。そうだな」

「焼けてしまいましたね。いいお店だったのに申し訳ないことをしました」

「嘘をつくな。あまり気にしてないだろう」

「ふふ。だって建て直せばいいじゃないですか」

「開き直るな、馬鹿者。金だってかかるんだぞ」

「人間って不思議ですよね。お金なんてただの金属なのに」


 二人で一緒に歩いていると、ギル様が手を繋いできました。

 こっそりお顔を窺えば、耳が真っ赤になったギル様がいます。

 ふふ。こういう初心なところ、本当に……大好き。


 ──左手の指が半分になりました。


 わたしたちは歩き続けます。


「そういえばギル様、わたし、ちゃんと人間の振り出来てました?」

「……まぁ、ところどころおかしかったな」

「えぇ~? どこがですか? わたし、ちゃんと女の子でしたよ」

「普通の女は推しの悪口を言われたからと言って魔導機巧人形(ゴーレム)をぶつけようとしないものだ」

「いやいや、それはするでしょう」

「しないだろう」

Non(ノン)。普通にしますよ。リネット様に聞いてみてくださいよ」

「しない……よな?」


 わたしの左手が全部消えました。

 ギル様はわたしを繋ぎ止めようとするかのように、右手を強く握ります。


「ギル様。あそこで食べたお菓子美味しかったですよね」

「そうだな。あの時、好きなだけ頼んでいいと言ったら君は棚のやつ全部頼んで……」

「ドレスや宝石なんかを貰うより、食べ物のほうが好きです。お腹が膨れます」

「なら、俺があげた物は余計だったか?」

Non(ノン)。ギル様がくれたものはすべて宝物です」

「ドレスや宝石には興味ないのでは?」

「好きな人にプレゼントされたら喜ぶでしょう。わたしだって女の子なんですよ」

「それは知ってる」

「ふふ。それはよか──あ」


 右足の指が全部消えて、つんのめってしまいます。

 どうしましょう。これじゃあ歩けません。

 幸いギル様が支えてくれたので倒れはしませんでしたけど。


 ん? なんか背中が濡れてますね。


「ギル様、どうしました?」

「………………いや、なんでもない。俺がおぶろう」

「そうですか?」


 それはすごく嬉しいですね。

 ちょっぴり恥ずかしいですが、むしろ見せ付けてあげましょうか。

 まぁ、見せ付ける相手が周りにいないんですけど。


「ギル様、わたし重くないですか?」

「重いな」

「重いですか」

「俺のために王都を滅ぼそうとするからな。重くないはずがない」

「愛の重さの話じゃありませんよ?」


 そりゃあ推しの為の愛なら誰にも負けませんけど。

 こうして背中で喋っていると、ギル様に密着出来て良い感じです。


「でも出来れば、最後まで手は繋いでいたかったですね……」

「なら繋げばいい。ほら」


 心の声が出ちゃってましたか。

 ギル様の左手がわたしの手に置かれたので、わたしは喜んで手を繋ぎます。


 おんぶもいいですけど、やっぱり手を繋ぐのは良いですね。

 なんだか気持ちが伝わってくるような感じがします。


 一歩、また一歩と、ギル様と歩いていきます。


「ねぇギル様、どこに行きましょうか」

「どこへでも行けるさ。これから、いつでも」

「そうですねぇ。なら、次は飛竜の生息地に行ってみたいですね」

「なんであんなところに……あいつらはただの火を噴く蜥蜴だぞ」

「水面に空が映ってキラキラしてるらしいじゃないですか。観光ですよ」

「君は風景が好きなのか?」

「好きですね。戦争や自分のことを忘れられるので」


 両足の太ももから先が落ちて光の粒になりました。

 ギル様は前かがみになってお尻を持ち上げてくれます。


「そうか。なら、弁当を作ってくれるか」

Si(シー)。一緒にランチデートですね。楽しみです」

「飛竜の巣で食べるランチか……騒がしそうだ」

「リネット様やサーシャも連れて行きましょうよ。賑やかで楽しいですよ」

「それもいいが、また今度な」

「なんでですか?」


 ギル様は一瞬だけためらい、


「初めては君と二人がいい」

「……もう、そんなに嬉しいこと言わないでくださいよ」


 お顔が真っ赤になってますよ?

 そんなこと言われたら、また生きたくなっちゃうじゃないですか。


「お菓子ももっと食べたいですね。そこからそこまでって頼みたいです」

「また君は……病気になるぞ」

「病気になっても生きてるからいいじゃないですか」

「俺が困る」

「ふふ。好きな人が困ってくれると、もっと困らせたくなりますね」

「迷惑な価値観だな……」

「お嫌いですか?」

「いいや」


 ギル様は立ち止まってしまいました。


「君が生きてくれるなら、いくらでも迷惑かけられてやる」

「……そうですか。ふふ。迷惑、かけたかったですねぇ」

「今からでも間に合うさ」

「そうでしょうか?」


 もう、手の感覚がなくなってきました。

 ずるりとギル様の身体を滑り落ちて、慌てたギル様がわたしを抱っこします。


 これはお姫様だっこというやつですね。

 前にもやってもらいましたが、なかなかに破廉恥です。


 ……でも、嬉しい。


「ギル様?」

「……なんだ」

「泣いてるんですか?」

「泣いてない」

「そうですか?」


 目から零れてるのは汗でしょうか?

 意地っ張りなギル様は顔をくしゃくしゃにして首を振ります。


「断じて……泣いてなど……」

「……」

「……」


 ぎゅっと、強く抱きしめられました。


「あぁ、クソ。無理だ、なんで君ばかり、こんな目に……!」

「ふふ。そう悪い人生でもなかったですよ?」


 まぁ、わたしを人と定義するならの話ですけどね。

 一度目の時は確かに悲惨でしたが、ギル様に出逢えました。

 二度目の時はたくさん楽しいことをしてギル様に抱きしめてもらえました。


「ギル様の腕に抱かれて死ねるなら……悔いはありませんとも」

「いやだ……」

「ギル様?」

「死ぬな。死んでくれるな、ローズ……!」

「それは、無理な相談ですよ」


 あぁ、右腕も全部消えてしまいました。

 もうこの手であなたの涙を拭ってあげる事も出来ないんですね。


 あら?


 なんだか、目の前が見えません……。

 ギル様のお顔が薄ぼんやりとした靄に包まれています。


「ギル様、そこにいますか?」

「あぁ。いる。ここにいるぞ」


 もう、何も分からなくなってきました。

 ぽた、ぽたと、何かが頬に落ちているような気がします。


「やめろ……逝くな。頼むから、ローズ……!」


 ギル様の声が聞こえます。

 この声だけは、最後まで聞いていたいですねぇ。


「俺を、一人にしないでくれ……」


 弱々しい声が聞こえて、わたしは薄く微笑みました。

 あぁそうです、二度目は間違えませんでしたから。


「大、丈夫……」


 わたしはちゃんと笑えているでしょうか。

 ギル様を、ちゃんと安心させてあげられるでしょうか。


 でも。どうか、これだけは。

 わたしが居なくなった後も、ギル様は生きて行かないといけないから。


 ちょっとだけ、悔しいですけど。

 本当は、わたしがずっとそばに居たかったですけど。


「ギル様は……もう……一人じゃ……ありません……」

「…………っ」

「リネット、様や……サーシャも……アミュレリアも……セシルも……」


 みんな、ギル様を心配してくれる気のいい人たちです。

 セシルに関しては欠点もあるでしょうが、クールなようで怒りやすいギル様にはちょうどいい友人でしょう。



「ギル様……わたしが。死んだあとも……生きてくれますか?」

「俺は……」


 ギル様がわたしを抱きしめてくれたような気がします。

 もう感覚もありませんけど、ほんわかとした温もりに包まれてる気がするのです。


「…………それが、君の望みなら」

「ふふ……よかったぁ……」


 あぁ、ようやくやり遂げましたよ。

 一度目からやり直したわたしは遂に、ギル様を救えたのです。


 きっと、もう大丈夫……。

 ギル様ならわたしの死を上手く使って、太陽教会を滅ぼしてくれるはず。

 そしてリネット様やサーシャと一緒に、この戦争を終わらせるのです。


「ギル様……?」

「なんだ」

「愛しています」


 白い靄の向こうで、ギル様はくしゃりと顔を歪めました。

 真っ赤に耳を赤くして、俯いて、そして口を開きます。


「あぁ、俺もだ」

「……いま、照れましたか……?」

「あぁ。照れた。照れずにいられるか」

「ギル様、可愛い……」


 わたしは胸の中がいっぱいになりました。


「これで、安心して、逝けます……」

「……っ」

「ギル様……」


 この胸の気持ちをあなたに分けてあげたいです。

 すごく心地よくて……ずっと、浸っていたくなるような気持ちを。


 あぁ、もう何も見えません。

 自分と世界の感覚が曖昧になって、溶けていきます。


「やめろ……逝くな、逝くなぁ……!」


 そんな顔、しないで。

 最期は笑って見送って欲しいのに。


「ギル様……」


 わたしは失った手を伸ばすように呼びかけます。

 ギル様の腕に抱かれ、ギル様に見つめられて、わたしは最期に言いました。


「ギル様……わたしを愛してくれて、ありがとう」


「わたしは、ギル様が……大好き、です」


 白い光の中に、溶けていきます。


 わたしの意識が全部消えて、ぐちゃぐちゃになって。



 そして、


 わたし、は……。





 ◆




 廃墟と化した王都の家々から住民たちが這い出して来る。

 恐ろしい怪物が消えたことを察知したのか、その顔はどこか不安げだ。


 俺は消えたローズの温もりを噛みしめた。

 ことりと転がったホムンクルスの核は無機質で、何も言わない。


 ……本当に、死んだのだ。


 俺は、立ち上がった。

 悠長にしていればローズ一人が悪役にされてしまう。


 太陽教会を滅ぼす、その最後の遺志を、果たさねば。

 数百、あるいは数千人の人間たちが俺に注目している。


 俺は右手を高く掲げて叫んだ。


「魔王ローズ・スノウは、このギルティア・ハークレイが討ち取った!」

「「「……!」」」


 住民たちは顔を見合わせ、やがて生きる喜びを胸に。


「「「ォ、ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」


 隣の者達と抱き合い、あるいは涙し、あるいは慟哭する。

 あいつを救えなかった俺は歓声が収まってから、再び言った。


「そして、聞いてくれ。我らの真の敵が誰であるかを──」


 そこからはあっという間だった。

 武装蜂起した平民たちが神殿を取り囲み枢機卿の断罪を求める。


 太陽教会の権威は地に落ち、服を剥かれた枢機卿は断頭台で処刑された。

 俺によって散々苦痛を味わい、一度目のローズと同じように死んだのだ。

 

 ……これで、太陽教会は終わる。


 やり遂げた気持ちは微塵もなかった。

 ただローズを失った虚しさに耐えかね、何かしていないと狂ってしまいそうだった。


 ……これで、いいんだよな、ローズ。


Si(シー)。さすがはギル様です』


 そんな声が聞こえた気がして、俺は天を仰ぐ。

 溢れてくる涙は止まることを知らず、ただ目元を抑えるしか出来なかった。


「──ギルティア様! 力を貸してください!」

「……リネット?」


 彼女たちが目の前に、現れるまでは。




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