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第五十一話 君の瞳に映るものは

 転移魔術で隊舎に帰った俺は乱暴に服を脱いでベッドの上に転がっていた。

 何をする気にもなれず、ただ無為に時を過ごすのはいつぶりだろうか。


「……はぁ」


 自分の馬鹿さ加減にため息が出てくる。

 胸の中にぽっかりと穴が空いて何をする気にもなれなかった。


 不意に、腹の虫が鳴る。

 こんな時でも腹は減るのだと俺は舌打ちして起き上がった。


「……何か腹に入れるか」


 食べられるならなんでもいい。

 ローズが居ない頃は兵糧食を食べて過ごしていたのだし。

 廊下に出ると、慌ただしく動き回るリネットに出くわした。


「わ、ギルティア様!? 帰ってらしたんです、か……」


 言葉が途切れ、彼女はおろおろと俺の顔を覗き込む。


「あ、あの。大丈夫ですか? すごく顔色悪いですけど」

「……大丈夫だ。なんでもない」


 今はリネットと話すような気分ではなかった。

 いや、この世に存在するすべての女を避けたい気分だった。

 しかし──


「も、もしかして……ローズさん、ですか?」


 リネットの横を通り過ぎるとき、ぴたりと心中を当てられ俺は振り向いた。

 リネットは「やっぱり……」と唇を噛んだ。


「……お前は何か知っているのか?」


 リネットは首を振った。


「…………いえ。私からは、何も」

「そうか」


 明らかに何か知っている。

 しきりに目を泳がせるリネットがわざとらしく俺に水を向けた。


「ぎ、ギル様は、何があったんですか?」

「……そうだな。話してみるのもいい、か」


 どうせこのまま抱えていても悶々とするだけだ。

 俺はリネットとリビングのテーブルに着き、今夜あったことを話した。


 ローズが舞踏会の約束をすっぽかしたこと。

 しかもセシルと腕を組み、側妃になると周囲に喧伝したこと。

 そしてバルコニーで二人の影が重なって見えたこと……。


 リネットの弱々しい雰囲気がそうさせるのだろうか。

 気付けば俺は胸の内をすべてリネットに語っていた。


 すべてを聞いたリネットはがたりと立ち上がって叫んだ。


「ローズさんはそんなことしませんっ!」

「信じられないのも無理はないかもしれないが、現に俺は……」

「絶対にしません! だって、だってローズさんは……!!」


 リネットは瞳に涙を溜めて何かを言おうとした。

 しかし何も言わずに、彼女は唇を引き結ぶ。


「何か理由があるはずです。あの人がギル様を裏切るなんて、あり得ません。と、特に口付けなんて絶対にないです。あの人は推し以外に唇を許すくらいなら死ぬタイプです。あの人の推し活は過激すぎるんです!」

「……リネット?」

「ギルティア様もギルティア様です!!」


 リネットの怒りの矛先が俺に向いた。


「どうしてあの人を信じてあげないんですか。確かに目の前で親友に女を取られてショックだったのは分かります。でも、あなたが今まで見て来たローズさんはそんなことをする女でしたか!? 思い出してください。あの人、ものすごくぶきっちょなんですよ! いつもいつも、自分のことは二の次じゃないですか!」

「……それは、確かにそうだが」


 俺だって奴の行動をすべて真に受けているわけではない。

 だからセシルとの仲を問い詰めようとバルコニーに足を向けたのだ。

 そこでローズとセシルが近づいているのを見て……逃げ出した。


「ギルティア様にとって、ローズさんは何なんですか?」

「俺は……」


 俺にとってのローズは破天荒でめちゃくちゃで。

 暗闇の中にいる俺を無理やり引っ張り出すような、底抜けに明るい女で。


 いつの間にか、あいつは俺の心の中に居座っていた。


「俺はあいつを……手放したくない、と思っている」

「なら、それを言葉にして言いましたか?」

「……」


 記憶を探るが、言っていないように思う。

 いつだって俺はあいつがくれる信頼に甘えて何も言わなかった。


『ギル様。女の子には言葉にしてほしい時もあるらしいですよ』


 あいつの言葉が脳裏をよぎる。

 あいつは俺が言葉にしなかったから、俺の元を離れたのだろうか?

 もしかしたらリネットの言うように、何か理由があるのだろうか……。


「……少し、考えさせてくれ」


 俺はリネットにそう断り、その場から転移した。

 転移先は先ほどまで居た王都の街が見渡せる時計塔の上だ。


 ──ローズから逃げ出し、リネットからも逃げ出した。


「カッコ悪いな。俺は……」


 思考がぐるぐると回ってすぐに答えが出そうにない。

 あいつの真意を考えれば考えるほどドツボにはまっていく感覚がある。

 こういう時は何か別のことに没頭しているに限る。


 一晩明ければ何かしら答えを出せるだろう。

 あるいは、とっくに俺の中で答えは出ているのかもしれないが……。

 どうせもう手遅れなんだ。少しくらい目を逸らす時間を貰ってもいいはず。


「……セシルの依頼があったな。王都での殺人事件が連続している、か」


 犯人の見当は付いているという話だったが、早めに捕まえるに越したことはないだろう。

 確か連合軍の幹部が標的にされているという話だったか。犯行現場と思しき場所を調べてみたが、魔力の痕跡は何も出なかった。


(……確かに妙だな)


 犯人はまだ捕まっていない。次に狙うとしたら誰だろうか。

 ……ひとまず知り合いのところに行ってみるか。

 他の奴はどうでもいいが、あいつの家族を狙われるのは困る。


 俺は先ほど話したばかりのアミュレリアの家に行った。

 親戚であるこの家には幼い頃ずいぶんと世話になったものだ。

 彼女の両親にはずいぶんと世話になった。


「……ん?」


 転移した瞬間、違和感を覚えた。


 玄関が開いているのだ。

 半開きになった扉から光が漏れていて、やけに静かだった。


「……まさか、早速当たりか?」


 俺が魔力を練り上げたその時だった。


 突如、甲高い悲鳴が聞こえた。


「!?」


 まぎれもない従姉──アミュレリアの声。

 俺は慌てて彼女の魔力を感知し、その座標近く──地下室に転移する。


 その部屋には、むせかえるような血臭が満ちていた。

 魔石灯の光が頼りなく揺れて、赤に染まった部屋を照らし出す。


 アミュレリアの両親が倒れていた。

 目の前には怯えたように尻もちをつくアミュレリアの姿が。


「おい、どうした!?」

「ぎ、ギル……あ、あれ。あれが」

「あ……?」


 俺はアミュレリアの指差した場所を追い、絶句する。


【あぁ、来たんですね。ギル様】


 誰かの声と二つに重なった音が、俺の耳朶を侵食する。

 白髪の頭には角が生えていた。腰からは尻尾が伸びている。


【バレてしまっては仕方ありません】


 どこか妖艶に微笑むその姿はまさしく──魔族(・・)のそれ。

 そしてその女は、ローズの顔がにっこりと笑うのだった。


【今ここで、すべてを終わらせましょう】


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