第四十五話 妃より推し活です!
「おい」
セシル元帥の言葉にわたしよりも早くギル様が反応しました。
「それは、どういう意味だ」
「言葉通りの意味だよ。僕と結婚しないか、ってこと」
セシル元帥はあくまで平常運転です。
むしろ面白がるように頬杖を突きながら言いました。
「元大聖女である君が連合軍元帥である僕の側妃になってくれたら、僕の発言権が増す。なにせ天下の大聖女様だからねえ。そうしたら、色々と便利になるんじゃないかなぁと思って」
「お前は……自分のためにローズを利用しようというのか?」
「僕のため? 冗談じゃない、世界のためだよ」
ギル様の唸るような声にも、セシル元帥はまったく動じません。
「君たちもさっき言ったよね、戦争を終わらせるために魔導機巧人形の大量生産を認めないのはおかしいって。それと同じだよ。僕とローズが結婚すれば戦争を終わらせやすくなる。戦争を終わらせるためなら、ローズ・スノウの人生一つくらい捧げてもいいんじゃない?」
──……ばきんっ!!
なんかすごい音がしてギョッとしました。
うわ、ギル様、めちゃくちゃ高そうな机壊してるじゃないですか……。
「言いたいことは、それだけか」
「机はあとで弁償してね。と言っておこうかな」
「俺は貴様のそういうところが死ぬほど嫌いだ」
「そう? 僕は君のそういうところ大好きだけどな」
セシル元帥はにこにこと笑います。
「で、どうだい。ローズ・スノウ。ちょっとは考えてもらえたかな?」
「お断りします」
まぁ、迷う余地もありませんよね。
わたしが即答するとなぜかギル様は満足げです。
きっとさっきのセシル元帥がよほどムカついたんでしょう。
やはりこの推し、優しすぎでは? 好き。
「……へぇ。戦争を終わらせるためだと言っても?」
「わたしが側妃になったところでそう変わりませんよ。分かってるでしょう」
「上層部はそうかもしれないけど、世間は変わるよ?」
「世間が変わることで戦争が終わるとは思えませんね」
どれだけ世間が訴えたところで連合軍の武力には敵いませんしね。
「あとこの際だから言っておきますが、わたしはギル様以外の男が嫌いです」
「「「!?」」」
なぜかその場にいる人たちがギョッとしたように視線を向けてきます。
「ろ、ローズい、いいい、いまの……!」
「何ですかサーシャ」
「はははははは、ハレンチですわよ! こ、こういうのはもっと時と場所と雰囲気を大事に……!」
「いやいや、推しがカッコいいことを布教するのに時と場合なんて選べませんよ」
それこそ可能なら王国中に吹聴して回りますよ、わたしは。
そろそろ『死神』の異名も無くしてやりたいと思ってたところなんですよね。
「ギル様に比べたら他の男はミジンコ同然です。セシル元帥、あなたも」
わたしはセシル元帥にはっきりと突きつけます。
「タイプじゃないんです。ごめんなさい」
「……」
ぽかん、と口を開けるセシル元帥に。
「くッ」
ギル様は口の端を緩めて笑みを漏らしました。
あぁ、推しの笑顔が尊い……
「そういうわけだ。セシル」
ギル様はわたしの肩に手を回して言いました。
「こいつは俺の聖女なのでな。残念ながら他を当たってくれ」
「わたしより妹のユースティアをあげますよ。いい傀儡になるんじゃないですか?」
「……はぁ、まったく」
セシル元帥は苦笑しました。
「こっぴどく振られたものだね、あの『死神』がここまで篭絡されるとは」
「……というか、この二人の間に割って入るのは無理でしょう」
サーシャが言います。
うんうん、とリネット様が何度も頷きました。
「私たちの砂糖製造機だからね。いつもごちそうさまです」
「お、リネット様が珍しくごちそうをせがんでます。ギル様、今日は外に食べに行きませんか」
「そういう話ではないと思うが……まぁいいだろう」
「やったー!」
御馳走! 推しと一緒にごはん!
お友達に囲まれて外食なんて一度目では味わえなかった奇跡ですよ!
生きててよかった~~~~~!
「それでは失礼します。セシル元帥。ごきげんよう」
「あぁ、またね」
わたしたちはその場を後にします。
るんるん気分だったわたしの耳に、ふと声が聞こえました。
──ねぇローズ、君はあとどれくらい保つのかな? と。
わたしは振り返り、執務室を睨みつけました。
「……やかましいですよ。自分のことは自分が一番分かってます」
「……? ローズ、どうした」
「なんでもありません、ギル様」
わたしはにっこりと笑いました。
「お腹空いて来ました! 早く行きましょう!」