第四十二話 二つの爆弾 ※ユースティア視点
──マルタン王国王都。
──太陽教会大聖堂。
コンコンコン、と私は枢機卿猊下の部屋をノックする。
「入れ」と返事が聞こえたので、丁寧に扉を開けて入った。
「失礼します。お呼びでしょうか?」
「あぁ、ユースティア。お前に話がある」
「お話ですか」
うふ。うふふ。
ついに枢機卿猊下も私の実力に気付いちゃったかしら?
この前のガルドナーの接待は大成功だったものね。
ウィリアム外交官なんて感動のあまり感謝の書面を送って来たくらいよ。
──お姉さまが居なくなっても私はちゃんと出来る。
──フランが居なくなっても関係ない。お姉さまに出来て私に出来ないことなんてない。
『さすがはユースティアだ』
『お前に任せて正解だった』
一緒にお姉さまを追い出した枢機卿猊下のことだ。
きっと私を天上の女神のごとく褒めたたえ、認めてくださるに違いない。
「何の話か分かっているな?」
だけど私の期待に反して、枢機卿の声は冷たかった。
わざわざ人を呼び出しておいて、その態度って何?
ちょっとあり得ないんだけど。私、大聖女よ?
「普通に言ってくれないと分かりませんわ。私だって万能じゃありませんもの」
困ったように首を傾げれば、枢機卿猊下は苦虫を噛み潰したような顔をした。
気色悪い顔だわ。
前々から思ってたけど、この人ってほんとブサイクよね。
「そうだな……貴様は万能ではない」
「そうですね。でも、当たり前の話ですよねー?」
心なしか態度も悪くなってしまう私に、
「あぁそうだ。ローズと同じように扱った私が馬鹿だった」
「は?」
なんでそこお姉さまが出てくるわけ?
意味わかんないんですけど!
「これを見ろ」
乱暴に押し付けられたのは何らかの書類だった。
私は枢機卿と手紙を見比べて、仕方なくため息をつく。
「何なんですか。これが一体何を……」
読み進めていくうちに、顔から血の気が引いていく。
がたがたと手足が震えて、呼吸が苦しくなった。
『ガルドナー王国は連合軍の脱退を申請する』
「すべて貴様のせいだ」
「え……そ、そんなはずありません!」
だってあの謁見はお姉さまの秘伝書を見て再現したんですもの!
完璧で万能で嫌味ったらしい、あの根暗女の真似をしたのよ!
ウィリアム様だって、この私の美貌に虜になってたし!
「わ、わたくしはちゃんと接待を」
「接待。あれが? 馬鹿にするのも大概にしろ、この出来損ないがぁッ!!」
「ひぃ!」
雷が落ちたような怒声に私は竦みあがった。
「な、なに、を」
「まず貴様の服装! 清貧を美徳と重んじる国の外交官を前に、肌を露出した服装をするなど言語道断!!」
「え……」
待って。
ちょっと待って。
「貴様が出した豪華な料理も同じだ! よりにもよって、ガルドナーで聖なる獣と言われている牛を料理して出すとは! 貴様がそれを出すということは、連合軍にとってガルドナーが操り人形に過ぎないと言っているのと同じなのだぞ。そんなことも勉強していなかったのか!?」
「待って……待ってください!!」
「何を待つんだ。すべて貴様がしでかしたことだろうが!」
おかしい。いくらなんでもおかしいわよ!
だって、それじゃあ真逆じゃない!
「確かに私は閣下が仰る対応をしました……でも! すべてお姉さまから教わったことですわ!」
だって秘伝のノートに書いていたんだもの!
ウィリアム様は牛肉が大好物で、派手なものを好まれるって!
だから私はその通りにして……なんでこうなってるわけ!?
「抗議ならすべてお姉さまに言ってください。私は悪くありません!」
「馬鹿か、貴様は」
枢機卿猊下は鼻を鳴らした。
「ローズ・スノウはガルドナーの接待で牛肉料理など出したことはない」
「え」
どういう、こと?
「自分が追い出した女にすべての罪を着せるつもりだな? そうはいかんぞ!」
「え、や、ちが」
「もう貴様にはうんざりだ」
私は冷や汗が止まらなかった。
…………なんで、こうなってるの?
だって私ちゃんとしたじゃない。
おっさんに手を触れられたけど、ちゃんと我慢したじゃない。
やり方は間違えちゃったかも知れないけど、一生懸命にやったじゃない。
お姉さまから奪った秘伝の書物を使ったんだし……。
…………。
……………………。
………………………………。
待って。
もしかして、そういうこと?
「貴様を大聖女から下ろしてやりたいが、そうもいかない」
私、お姉さまにハメられたんじゃないの?
だって、よくよく考えてみると変だ。
お姉さまは一度教わったことはなんでも覚えられる天才。
本当なら、あんな書類を作る必要はないんだ。
「貴様が本性を露呈し出したのはローズを追い出してからだ」
それこそ私が荷物を奪うことまで予測して。
私をハメるために書類を偽造して、私に渡るように細工してもおかしくはない。
本当ならありえないと思う。
思うけど……そうじゃなきゃ、こんな状況にならないでしょ。
「連れ戻せ」
あいつは自分が舞い戻るために、私をハメたんだ!!
「ローズを連れ戻せ。今一度お前のサポートにつけろ。それがお前が大聖女を続ける条件だ」
ここまで読んで、あいつは……!
「行け。ローズを連れ戻すまで顔を出すな!」
「待って、待ってください、私は戦場なんかに……いやぁあああああああああああああ!!」
私は騎士二人に抱えられ、神殿から放り捨てられた。
まるで私がお姉さまを追い出したあの時のように──。