第三十九話 運命の改変
「ローズ……!?」
「はい、ローズです」
ふふ、驚いているギル様を見るのは新鮮です。
魔族たちに囲まれて後ろを取られているところを見たときはぞっとしましたが、間に合ってよかったですね。
「結界は……なっ、結界が無事なのになぜ!?」
魔族の方がなんか言っています。答えは聖女だからですね。
龍脈を利用しない神聖術は結界と相性がよかったようです。
こう、ちょちょいとひねれば簡単に開きましたよ。
「君は……」
推しの尊い唇が動きました。
わたし如きに推し量れないほどの思考がギル様をよぎっています。たぶん。
「なぜ来た」
ドスの効いた声でした。
わたしは答えます。
「ギル様を助けに来ました」
「俺に助けなど要らない。そもそも、君はもう限界だろう?」
「でも今、やられそうになってましたよね?」
「気のせいだ」
「そうですか。でも助けます」
ギル様の苛立ったような舌打ちが響きます。
「助けは要らんと言っている」
「でも助けます。仲間ですから」
「だから、貴様は仲間ではないと何度言えば──!」
「たとえギル様がどう思っていようとも!!」
わたしはギル様に向かって足を踏み出しました。
どすん、とたくましい胸を叩いて戸惑うギル様を見上げます。
「わたしが、助けたいんです」
「──」
「あなたばかりに辛いことを押し付けて戦いを見守るのは、もう嫌なんです」
ひゅ、とギル様が息を呑みました。
正しい言葉ではないかもしれません。
でもわたしは正直に思っていることを伝えることしか出来ません。
「……誰も、俺についてこられない」
「わたしが居ます。あなたを一人にさせません」
ギル様が引きはがそうとした手に手を重ねます。
血に濡れた冷たい手をぎゅっと握りしめて、温もりを伝えるように。
「……貴様は、俺の強さに並べると?」
「いいえ。あなたに並び立つ人なんて世界に一人だっていません」
「なら!」
「でも、あなたの弱点を補うことは出来ます」
ギルティア・ハークレイ様が千年に一人の逸材であることは確かです。
前世でも彼についていける人はついぞ現れませんでした。
わたしが推しの強さに並べるなんて、口が裂けても言えません。
それでも。
「あなたの側にいることは出来ます」
「……っ」
「天才じゃなくても、魔術なんてなくても」
意地っ張りで、負けず嫌いで、仏頂面で、
「帰ってきたギル様に、おかえりなさいができます」
実は心の中が温かくて、ちょっぴり寂しがり屋な、わたしの推し。
「わたしは絶対に、あなたを一人にしません!」
わたしを引きはがそうとしていた手が、緩みました。
力なく腕を下げたギル様は消え入りそうな声でつぶやきます。
「もしも俺の仲間になれば……死んでしまうかも」
「その時は、幽霊になってギル様に憑りついちゃいましょうか」
一度死んでいる身ですしね。
冗談めかして微笑むと、ギル様は口の端を上げた。
「……それも、いいかもしれないな」
え、今、
「ギル様、今笑いました?」
「笑ってなどいない」
「嘘です! 絶対に笑いました!」
推しの笑顔! 思わず胸がきゅんとしちゃいましたよ!
普段がクールなだけに破壊力が抜群です!
尊すぎる~~~! 写真におさめて枕元に飾りたい~~~~!
「はぁ」
ギル様は呆れたようにため息。
「それより、状況は分かっているな?」
「Si。もちろんです」
わたしの周囲に展開しているのは五十人規模の魔族です。
ギル様がめちゃめちゃに殺したのでだいぶ減っています。
……推しの改めてすごさを感じます。
生身で身体能力に勝る魔族を五十人も斬り伏せるなんて。
しかも、それを鼻にかけないクールさですよ!
はぁ~~~~~~~~~しゅき! 推せる! 一生ついていきます!
「君を警戒して動いていないようだが。身体はどんな調子だ」
「神聖術はもう使えません。これ以上使ったら死にます。魔導機巧人形でお手伝いを」
「……なら結界を壊すか。来い、ローズ」
「きゃっ!?」
えぇぇええええええ!? この推し、いきなりわたしを背中に担ぎ上げたんですけど!?
推しにそんなことをされたらファンの心臓がどうなるか理解してます!?
と、お小言を言いたいところだったのですが──
「背中は任せたぞ」
そんな可愛いことを言われたら、無限に頑張っちゃうじゃないですか!
「一人増えたくらいでなんだ! こっちぁまだまだいるんだよぉ!」
「魔導機巧人形に気を付けろ! アレは硬いぞ!」
「推しとの逢瀬を邪魔しないでくれますか」
不愉快です。せっかくギル様と密着して幸せなのに。
あんな奴らの声を聞いたら耳が腐ってしまいますよ。
「魔導機巧人形! ギル様の足場になりなさい!」
「奴らの狙いは結界装置だ! 行かせるな!」
ギル様は魔導機巧人形を足場にして魔族の上を飛び越しました。
魔族にも見破られていますが、狙いは結界装置です。
そして魔族たちが結界装置を守ろうと肉の壁を作るのは当然で──
「《焼き払え》」
「ぐあぁああああああああああああああああああああ!」
魔導機巧人形にとって、集団で固まった魔族は格好の的です。
そこに魔導機巧人形の火力をぶちこみ、わたしたちは逆側に踵を返します。
守りが手薄となった結界装置なんて壊してくださいって言ってるようなものですよ。
──……パリィン!!
立ちふさがった狼男ごと、ギル様の剣が装置を貫きます。
ガラスが割れるような音が響き、結界が溶けていきます。
「いえーい。ギル様ギル様、魔導機巧人形の運用どんな感じですか?」
「かなり良い。陽動、防御、攻撃、なんでも使える……これは戦争の歴史が変わるぞ」
「ふふーん。そうでしょう、そうでしょう」
なにせリネット様が作った魔導機巧人形ですからね!
彼女を引き入れたわたしの鼻も高々ってなもんですよ!
さて。結界を壊しちゃえばギル様に敵う相手はこの場にいません。
「「「…………」」」
ぎぎぎ、と。狼男たちがたてつけの悪い扉のような動きでギル様を見ます。
魔術を取り戻したギル様は手のひらで炎を弄びました。
「覚悟は出来ているな?」
不敵な笑顔。きゅんとしちゃいますね。
そこからはもう、圧倒的です。
ギル様がすべてを蹂躙するのに五秒もかかりませんでした。
「ギル様、お疲れさまでした」
「あぁ」
「さぁ帰りましょう。縦ロールさんも待ってますよ」
「誰だ縦ロールとは…………いや少し待て」
ギル様は地面に屈みこみ、何かを拾いました。
わたしが傾げていると、何やら近づいて来て頭に乗せます。
「これは……お花、ですか?」
「今回は」
ギル様は言いました。
「…………助かった。ありがとう」
「え」
思わず呆気に取られてしまいます。
ギル様はすたすたと隣を通り過ぎていきました。
……ちょ、ちょっと待ってください。
今、ギル様がお花を……わたしの、頭に。
「というかお礼、今、ギル様お礼言いました?」
「何のことだ?」
「いやいやいや、絶対に言いましたよ!」
「それより今回の戦闘だが、まずは君は無茶をしすぎだ。体調を考えた戦闘を考慮するように。大体君は命令違反が……」
「素直じゃないんだからもう! でも、そういうところも好きです!」
しまった。思わず心の声が迸ってしまいました。
でも、わたしの推しは冷血漢ですから、こんなこと言われても気にしないですよね。
そう思っていると、ギル様はゆっくり振り返りました。
「…………」
なぜだか目を見開いています。心なしかお顔が茹っているようにも。
「……君は、誰にでもそういうことを言うのか」
「いえ、ギル様だけですけど」
「それは、どういう意味だ」
わたしは胸に手を当てて笑います。
「もちろん推しへの愛です。わたしは常にギル様への愛で満ち溢れています」
「…………………………そうか」
あれ? ちょっとだけ不機嫌になった?
なぜだかむすっとしたギル様は風の魔術で宙を飛びました。
「俺は先に帰る。君はリネットとグレンデル嬢を拾って帰れ」
「えぇ!? 連れて行ってくれないんですか!?」
「知らん。二人で転移門まで行け」
「魔導機巧人形もあるんですけどぉ!?」
なんてこと!
ぴょんぴょん跳ねながら宙に向かって猛抗議です。
「薄情! 薄情すぎますよギル様! なんでこんなことするんですか!?」
「自分の胸に聞け」
はて。わたし、何かしちゃいました?
自分の胸に聞いてみましたけど、答えは返ってきませんでした。
まぁ怪我しなくてよかったですけどね!
生きててくれてありがとうございます!
「ギル様の薄情者ぉおお~~~~~!」
返事は山びこしか返ってきませんでした。残念。