第三十四話 ローズの失態
「なんだテメェはぁあああ!」
さてさてどうしましょうかね。
目の前で魔族が一匹吼えています。
威勢はいいですが、明らかに魔導機巧人形を警戒していますね。
「ゴミは黙っててください。すぐに駆除しますので」
「は、ぁ……?」
──それより、問題はこっちです。
「サーシャ様、大丈夫!? 他のみん、な、は……」
サー・縦ロールさんに駆け寄ったリネット様ですけども。
首無し死体と後ろからひと突き刺された死体を見て呆然と呟きます。
わたしたちが着く前に、すでに二人死んでいたようです。
「テディさん……? フレンダさん……?」
リネット様には少々刺激が強すぎたようですね。
元仲間とはいえ、まだ戦場経験が浅い身で死体を見るのは辛いでしょう。
仕方ない。ここはお友達のよしみで一肌脱ぐとしましょうか。
「リネット様、サー・縦ロールさんと一緒に退避してください」
「そんな、まに、あわなくて」
「リネット様!」
びくりと肩を震わせたリネット様が顔を上げます。
「ローズさん……」
「お二人の死を無駄にしないためにも、お早く退避を」
「おいおいおいおい、させると思ってんのか、オイ!」
ゴミが飛んできました。
魔導機巧人形を飛び越えてサー・縦ロールさんを狙う魔族です。
別に彼女が死んだってかまわないんですけども。
リネット様が悲しみますし、何より、ギル様を推す者として相応しい行動ではありません。
「『聖壁』」
「!?」
光の壁がサー・縦ロールさんとリネット様を包み込みました。
神聖術で作った壁です。そう安々と貫かせはしません。
続けて畳み掛けます。ゴミの囀りはうるさいですからね。
「『聖葬』」
「!?」
地面から生えた無数の光槍が狼男の腕を消し飛ばしました。
悲鳴を上げる魔族に槍を投げつけますが、決死の顔で避けられてしまいます。
「う、腕が、腕がぁああああ! テメェ、よくもやりやがったな!?」
「うるせぇですよ。あとお前、仲間はどこにいるんですか」
仕留め損ねてしまいました。腕がなまってますね。
あれくらいの魔族なら小指で殺せるくらいの実力はあったはずなのですが。
「ローズさん、すごい……」
「わたくしが手も足も出なかった魔族を、あんなにあっさり……」
そりゃあ実戦経験が違いますから。
というか、これじゃ魔導機巧人形の稼働実験になりませんね。
つい攻撃してしまいました。うっかりです。
「『起動』」
魔導機巧人形の目に光が灯ります。
ずん、どん、とわたしの前に立った魔導機巧人形──
「対魔族戦闘モードへ移行。『出撃』!」
「なぁ!?」
巨体に見合わぬ速さで動いた魔導機巧人形が、魔族へ突貫します。
さすがはリネット様特製の魔導機巧人形です。
彼我の距離を一瞬で殺し、魔族へ腕を振り上げました。
「うぉぉぉおおおおおお!?」
腕を失ったばかりの狼男にしては俊敏な動きで避けられます。
ふむ。失った腕に筋肉を収斂させて無理やり血を止めているのですか。
狼男は蹴りで反撃しているようですが、魔導機巧人形の硬さには及びません。
しかし、ふぅむ。
魔導機巧人形の動きが単調すぎて避けられ始めましたね。
「単体相手は改良の余地あり、と……『聖葬』」
光の槍が地面から飛び出しました。
「~~~~~っ、テ、メェ……!」
はい、もう一本腕頂きました!
両手を失くした狼男は射殺すような目でわたしを睨みます。
「ハァ、ハァ、その神聖術の精度、異常な魔導機巧人形……! なんなんだテメェは!!」
「わたしですか? ギル様のファンです」
「……答えるつもりは、ゼぇ、ぜぇ、ねぇってことかよ」
「ちゃんと答えましたけど」
「もういい。俺は……舐めすぎた」
「む。魔導機巧人形!」
わたしは不穏な気配を察して魔導機巧人形を向かわせます。
時すでに遅しでした。
狼男が上体を反らすと、
アォォオオオオン──……!
負け狼の遠吠えが山びこのように響きわたります。
次の瞬間、山の斜面から次々と影が飛び出し、狼男の周囲に集まりました。
中隊規模の魔族……あぁ、ようやく姿を現しましたね。
「おいおいオルトロス! なにやられてんだよ! ぎゃははは!」
「だっせー! 一人でやらせろなんて息巻いてたくせに! 応援来たら一瞬でやられてやんの!」
「両腕斬り飛ばされるとか雑魚かよ。隊長代われ!」
「るっせぇぞテメェら! その小娘、神聖術を使いやがる。風貌はずいぶん違うが、あの女、聖女だ。あの人間兵器が出張ってやがんだよぉ!」
まぁ! ひどい言われようですね!
こんなに可愛い聖女を掴まえて誰が人間兵器ですか!
「全員が狼男……ざっと数えて百人ほどでしょうか」
全盛期のわたしなら人差し指で倒せます。
小指との違いはちょっと力を入れるか入れないかの違いです。
今のわたしでもまぁ、魔導機巧人形の補助があれば余裕でしょう。
「『戦闘換装』集団殲滅モードに移行」
魔導機巧人形を下がらせて換装します。
がん、ごん、じゃこん、と魔導機巧人形の身体から筒が飛び出しました。
「これで終わりですよ、ゴミ共」
わざと生かしておいた甲斐もあってわらわらと集まってくれました。
こいつらを殺せば推しは足を怪我せず、第八魔王との戦いも十全に臨めるはずです。ふふん。わたしの目的も一歩前進するってなもんですよ。
推しの邪魔をするゴミは絶対に焼き払わないと。
あくまで魔導機巧人形の稼働実験の一環としてね。
「テメェら、相手は一人だ。一斉に──」
「『聖壁』」
「「「なっ!?」」」
わざわざ固まってくれた狼男たちを光の壁で固めます。
逃げ道はただ一つ。正面に穴を空けておきました。
魔導機巧人形の砲門を向けています。
飛び出して来たら、まさしく飛んで火に入るなんとやらです。
さぁ行きましょう。この一言ですべて終わります。
「『焼き払──』」
視界が弾けました。
「…………っ!?」
あれ?
真っ赤です。何も見えません。
腹の底から鉄の味が口いっぱいに広がって。
「ゲホッ、ゲホ……ッ! うぇえ……」
吐血します。
ぺちゃぺちゃと、血だまりが出来ていきます。
…………まずいですね。神聖術を使いすぎました。
忘れていたわけではありませんが、わたしは聖女を引退した身です。
なぜ引退したかと言えば、神聖術の酷使で身体にガタが来ていたからです。
だからわたしはユースティアごときにこき使われる羽目になっていました。
「こんな、時に」
「ろ、ローズさん!? 大丈夫!?」
「りねっと、さま」
わたしはどうにか起き上がろうとします。
けれど、上手く身体がうまく動きません。
「りね、と。さま、わたしの、かわりに」
魔導機巧人形を動かして。
あぁ、でも。ダメです。
「チャンスだ!! 畳みかけろ────!」
「「「オォォオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」
光の壁が消えて狼男が散開し、百匹同時に襲い掛かってきます。
これでは魔導機巧人形に命令しても避けられるだけです。
あぁ……本当に失敗しましたね。
ギル様に合わせる顔がありません。
「ごめん、なさい……ぎる、さま」
「──まったくだ。世話の焼ける」
「え?」
次の瞬間、目の前がぐにゃりと歪み、
「「「ぐあぁああああああああああああああ!?」」」
狼男たちが一斉に吹き飛びました。
見れば、わたしの目の前には愛すべき推しの背中があります。
「ぎる、さま……?」
「命令違反の対価は高くつくぞ。ローズ」
ギル様は振り返って頬を緩めました。
「無事でよかった」