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第三十二話 消えたローズの行方 ※ギルティア視点

 

「話とはなんだ。一秒以内に済ませろ」

「いきなり無茶言うなあ」


 ガルガンティアの幕舎に着いた俺は元帥の執務室を乱暴に開ける。

 執務机に座るセシルの飄々とした態度にイラッとした。


「帰るぞ」

「あー待って待って。せっかく君が望んでいた情報を貰ったのに」

「……彼女のことか」

「そうだよ」

「それを早く言え」


 ひらひらと揺らされた調査報告書をひったくる。

 そこにはローズ・スノウにまつわるすべてが記されていた。

 教会の手の者に改竄されたものではない。真実の記録が。


「…………」


 読み進めていくにつれて眉間に力が入っていく。


「この情報の信頼度は」

「僕直属の諜報部隊に調査させた。教会を憎んでいる者たちだ」

「……なるほど」


 ならば情報は確かだということだ。

 ここに書かれている胸糞悪いことが真実なんて、思いたくないが。


「ふぅ」


 がたんッ!と俺は報告書を執務机に叩きつけた。


「……あのクソ共が。ふざけやがって」

「物に当たらないでくれるかな。せっかく調べてあげたのにさ」


 報告書に書かれていた内容をちらりと見てセシルは肩を竦める。

 俺は親友であるこいつのそんな態度すら癪に触って、拳を握りしめた。


(ローズ、お前はこんなことを隠して……)


 彼女が大聖女になってからというもの、連合軍の加盟国は倍以上に膨れ上がり、軍備は拡大。対魔族戦線は大聖女の先視によって多大な恩恵を受け、死亡者数は激減した。さらに事務作業の効率化や無駄を省く彼女の施策は教会の神官たちを喜ばせたという。


 問題はそこから先だ。

 太陽教会は歴代の聖女の中でも群を抜いたローズの能力を惜しんだ。


(神聖力の酷使で身体にガタがきて引退……そこから、さらに酷使するとは)


 神官たちが受け持っていた仕事の半分はローズに押し付けられた。

 さらに現大聖女ユースティアの仕事もほとんどはローズが陰で肩代わりしていたようだ。当のユースティアは舞踏会で遊び呆け、外交なども怠っていたと聞く。


 就寝時間は日に二時間。

 朝食と夕食はカビの生えたパンと冷たいスープのみ。

 事務仕事だけじゃなく、神殿の掃除までさせていたというのだから手に負えない。


(その上あいつは、軍に放逐されて……俺のところで、まだ)


 もはやローズが元聖女であることなど、俺にとってはどうでもよかった。

 いまは初対面の時、ローズに冷たい態度を取ってしまったことを後悔している。

 あんなにも戦場のために貢献しようとしている彼女が、痛々しくて、見ていられなくて。


「……やはり実験は中止にするか。あいつは働きすぎだ」


 リネットと協力し魔導機巧人形(ゴーレム)を作るのは百歩譲って許可する。

 ただ、そのためにローズの人生を犠牲にするのはもう我慢ならない。


「邪魔したな」

「ちょーっと待ってよ。僕の用事はまだ終わってないんだけど」

「俺は終わった」

「ギル」


 真剣な声音で呼ばれて、俺は振り返った。

 いつも飄々としている第二王子は真面目な顔で俺を促す。


「頼む。ここからが本題なんだ」

「……何があった」

「中隊規模の魔族が国境を越えたという報告があった」

「……!」


 俺は目を見開いた。


「確かなのか」

「今さっき情報が入って来た。ギル……いや、ギルティア・ハークレイ」


 親友としての顔を消し、連合軍の元帥の顔でセシルは命じる。


「君に魔族の迎撃を命じる。一切合切、骨すら残さず殲滅せよ」

「謹んで承ります」


 胸に手を当てて敬礼すると、セシルは微笑んだ。


「いつも悪いね。頼んだ」

「お互いさまだ」


 残念だが、ローズの魔導機巧人形(ゴーレム)実験は中止せざるを得ないだろう。いくら魔導機巧人形(ゴーレム)が強力でもリネットとローズだけで街の外に出すのは憚られる。


「……あいつは怒るだろうな」


 まぁ、今度何か埋め合わせをすればいいだろう。

 軽い気持ちで考え、元帥の部屋を出た俺は転移術を発動。

 転移門のところへ赴くと、どこか緊張した様子の管理官がいた。


(魔族の侵入は一部の者だけに伝わっているか)


 あくまで中隊規模の魔族が国境を越えただけで、本格的な侵攻が始まったわけではない。いたずらに混乱が起こるのを防ぐため、情報を統制しているのだろう。それはいいのだが……。


「……? ローズとリネットはどこに行った」


 彼女たちだけではない。ゴーレムの姿も消えている。

 しかも、ゴーレムの足跡は転移門のほうに向かっていた。


(間違いない……転移門を使ったな)


 舌打ちを隠せない。

 あれだけ待っていろと言ったのに、なんで先走るんだ、あいつは。


「おい、あいつらはどこに行った」

「はっ、ビリー平原に向かいました!」

「ビリー平原だと……?」


 あそこは平地で弱い魔獣が多い。確かに魔導機巧人形(ゴーレム)を実験するのは最適だ。

 俺自身、そこで実験をすると聞いていたし、疑う余地はない……。

 ただ、なぜか冷や汗を流してちらちらと俺を見る管理官のほうが気になった。


「貴様、何か隠しているのか」

「はい! いいえ! 隠しておりません!」

「ほう。俺の目を見て言えるか?」

「……っ、い、言えます」


 太陽を模したロザリオを握りながら応える管理官。

 太陽教会においてそれは、最大の誠意であることを示す。

 こいつも教会の敬虔な信徒というわけだ。


「……分かった。俺もビリー平原につなげ」


 魔族が侵入したという場所はドルハルト高山地帯だという。

 あそこは傾斜が多い上に守りにくく、攻めにくい。

 斥候の報告から見ても、後から行って全然間に合うはずだ。


「先走ったあの部下を懲らしめてくる。早くつなげ」




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