第二十七話 王都デート④
「王都に顔を出すなら言ってくれればいいのに。相変わらずいきなりすぎるのよ」
「従姉上に会いに来たわけではないからな」
「もうっ、相変わらず可愛くない子ね!」
アミュレリアさんはぷりぷり怒ったあと、わたしに向き直りました。
「お初にお目にかかります。大聖女様」
ギル様と話していた時とは違う、女性らしい洗練された仕草が目に留まります。
優雅に膝を突いたアミュレリアさんは祈るように手を組みました。
「偉大なるお方、尊きお方。御身にお目に掛かれることを光栄に思います」
「顔を上げてください。それと、わたしはもう大聖女ではありません」
「分かっております。でも、今の王国があるのはあなたのおかげです」
だからどうか少しだけ。そう言われてわたしはため息をつきました。
たまにいるのです。ユースティアを認めず、わたしに膝を突く奇特な方々が。
こういう扱いは慣れているので、別に構わないのですが。
敬虔な太陽教信徒というやつでしょうか。はぁ、まったく。
わたしは諦めてため息をつき、アミュレリアさんの頭に触れました。
「立ちなさい。太陽の恵みがあなたに降り注ぐでしょう」
「ありがとうございます」
アミュレリアさんは立ち上がると、わたしとギル様を見比べました。
「ところで、どうしてこちらに? 確か、あのアバズレ……失礼、操り人形……間違えました。ユースティア様が前線に飛ばしたとお話を聞いたのですが」
「えぇ。故あってギルティア様の部隊に在籍しています」
「まぁ! ギルの部隊に!?」
アミュレリアさんは心配そうに身を乗り出して、
「うちのギルが粗相をしていませんか? この子、不愛想で口が悪くてほんとどうしようもない男なのですけど、根だけは優しいので、失礼な態度は多々あるかと思いますが、どうぞ大目に見てやっていだけると助かるのですが……」
ギル様が不満そうに唇を曲げます。
「なぜ俺が迷惑をかける立場なんだ。押しかけて来たのはあっちだぞ」
「Si。魔術勝負で焼き聖女になるところでした」
「……ギル?」
目が笑っていないアミュレリアさんです。
これにはギル様もばつが悪いのか目を逸らしてしまいました。
「俺の聖女嫌いはお前も知っているだろう」
「だからといって元大聖女様と魔術勝負? あなたは本当に──」
「まぁまぁ。その辺で。ギル様は何も悪くありません」
「ですが……」
「わたしは推しと一つ屋根の下で暮らせているだけで満足です」
「隊舎だ馬鹿者。誤解を招くような言い方をするな」
すかさずツッコミを入れる推し、素敵です。
「……推し?」とアミュレリアさんは首をかしげていますが放置です。
「それで、ギル様。何か買うというお話でしたが」
「あぁ……そうだな。店主、先ほど言ったものをくれ」
「すぐにご用意いたします」
どうやらわたしとアミュレリアさんがくだらないやり取りをしている間に注文を済ませたようです。アミュレリアさんが興味深そうにギル様を見ます。
「あなた、何を注文したの?」
「お前には関係ない」
「どうせ隠してもすぐ分かるのに」
アミュレリアさんは唇を尖らせてから破顔しました。
「でも、ちょっと安心した」
「なに?」
「あなた、絶対に仲間は作らないと言っていたでしょう。あんなことがあったんだもの。気持ちは分かるけど、従姉として心配だった……でもこれで安心ね。まさか大聖女様を仲間にしているなんて」
「仲間ではない。部下だ」
「同じでしょ?」
「違う」
ギル様の中では共に戦う者のことを仲間というのでしょうね。
わたしはまだそこまでの仲ではなく……守る対象といったところでしょうか。
本当に強情なんですから、この推しは。
「まぁいいでしょう──元気そうな顔が見られてよかったわ」
「ふん」
第二王子と懇意であるギル様ですし、わざわざアミュレリアさんが経営しているお店を選んでいることからも、彼女への信頼が見て取れます。アミュレリアさんは弟を見守る姉のような顔でわたしに向き直りました。
「ローズ様。どうかこの馬鹿のことをよろしくお願いいたします」
「はい。お任せてください。完璧にお世話して見せます」
「俺は犬か」
「どちらかというと気まぐれな猫に近いですね」
「ならば飼い主は噛みつかれることも覚えないとな」
「いひゃいです」
また頬を引っ張られました。どこか満足げなギル様です。
そんなわたしたちを見ていたアミュレリアさんは嬉しそうに微笑みました。
「あら。本当に仲がよろしいのですね」
「どこがか」
「ローズ様。今後はぜひ、わたくしともお付き合いくださいませ」
「いいですね。お茶でもしましょうか」
「本当ですか!」
敬虔な信徒ですからね。元大聖女として応えないわけにはいきません。
『将を射んとする者はまず馬を射よ』と言いますし、ギル様の外堀を埋めて行きましょう。出来るだけ早く仲良くなって……彼女の家にも行かないといけません。
「よろしくお願いしますね、アミュレリアさん」
──この女が、ギル様を殺す前に。