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第二十二話 リネット・クウェンサ(後編)

 ローズさんを部屋に残した私は朝食の用意を終わらせた。

 小隊のみんなの食事は私が作ることになっているから。

 お茶を淹れて席に座ると、今日の会議が始まる。


「リネットさん、昨日のアレは持ってきてくれたかしら?」

「……はい、サーシャ様」


 鞄の中から三組のレポートを取り出し、手渡す。

 金髪縦ロールの小隊長──サーシャ・グレンデル様は頷いた。


「ご苦労様。じゃあこれ、次の分ね」

「……はい」

「なに不満そうな顔してんの? リネットのくせに」

「そうそう。サーシャ様が小隊に置いて下さってる恩を忘れてるんじゃない?」

「そそそ、そんなこと、ない、です……はい。やらせていただきます」

「ふふ。ありがとう。お願いね」


 サーシャ様は優雅にお茶を飲む。

 私は内心でため息をつきたい気分だった。


 ……はぁ、みんなの分の報告書、次も徹夜、かなぁ。


 軍では教育の一環として任務の報告書を隊員各自に書かせている。

 小隊長だけの報告では見方に偏りがあるかもしれないから。


 けれど私は、小隊員全員の報告書を書かされている。

 元々、役立たずな私が少しでも役に立とうとして申し出た結果だけど……。

 今では押し付けられるのが当たり前になってしまった。


 こういうのは良くないと、頭では分かっているんだけど。


「それじゃ、今日の会議を始めましょうか。少佐から伺ったのだけど、任務地を選んでいいそうよ」


 他の前線基地じゃ軍の司令部が任務地を通達するのが当たり前だけど、ここには『死神』ギルティア・ハークレイ様がいる。厄介な魔族・魔獣は全部あの方が処理してくれるから、他の隊員たちは後始末に回るだけでいい。戦争が小休状態にあることもそうだけど、みんなが『死神』様に寄りかかっているから軍の規律も緩んでいる気がする。もちろん明らかに実力差のある場所とかは希望が通らないけど、軍の司令部は人件費削除とかの名目でほとんど任務地通達をやめ、各小隊に選んでもらっている状態で、サーシャ様は遠足に行くみたいにうきうきしていた。


 あぁ、嫌な予感しかしない。


「もちろん、わたくしたちが選ぶのはA級任務ですわ!」


 ほらやっぱりぃい!!

 サーシャ様が選んだのは任務地の中で最も危険度が高いもの。

 意識が高くて向上心のあるこの人は、死神様に負けじと張り合ってる。


「場所は……ドルハルト高山地帯ですわ。魔獣駆除の簡単なお仕事でしてよ」


 選りに選って最悪な場所だよぉ……。

 ドルハルト高山地帯は高山特有の酸素の薄い環境に加え、霧が出やすく視界が悪い。それに、龍脈からエネルギーを取り出しにくいから、魔術が安定しない場所でもあった。


「ここで魔獣を狩ればわたくしたちの小隊は晴れてS級になれる。このチャンスは逃しませんわよ!」

「サーシャ様が居るなら安心だしね」

「うんうん。なんたってサーシャ様はS級魔術師だし、あたしらもA級だしね」


 連合軍は小隊をランクごとに格付けして競争意識を煽っている。

 死神様を除いて、サーシャ小隊は年間魔獣討伐数はガルガンディアで一番だ。

 大抵の魔獣が来ても難なく対処できる自信がサーシャ様にはあるんだと思う。


「あ、あの」


 私は絶対に無理!


「なにかしら。リネットさん」


 ぎろり、と睨むように言って、サーシャは腕を組む。


「まさかとは思いますが、非凡なる平凡(ミズ・スクラップ)のあなたがわたくしに意見があると?」

「いや、その」

「そーよそーよ! あんた任務だけじゃなくてここでも足引っ張るの!?」

「いい加減にしてよね。まじうざいんですけど。サーシャ様の決定に従いなさい」

「……」


 私は俯きながら視線を彷徨わせた。

 小隊長に意見を言うのは他の小隊では普通のことだけど、私の場合は……。


(この小隊の足を引っ張ってるのは、ほんとだし)


 軍の評価基準のあらゆる成績でほぼ平均点を取るのが私という存在である。

 その類まれなる平凡ぶりから『非凡なる平凡(ミズ・スクラップ)』というあだ名までつけられた。自分がサーシャ様の足を引っ張ってるのは承知しているけど。


(さすがにドルハルト高山地帯は……)


 サーシャ小隊は高山で戦うような訓練はしていない。

 ましてや魔術が安定しない場所で戦うなど以ての外。

 自信満々な若手たちが無茶をして取り返しのつかない結果になる例は山ほどあるというのに。


「別にリネットさんが戦うわけじゃありませんわ。あなたはいつも通り、わたくしの後ろをついてくればいいのよ」

「そうそうサーシャ様の言う通り」

「落ちこぼれのあんたは黙って見てなさい」

『う、うん、そうだね……』


 いつもの私なら、きっとこう言っていた。

 自分の実力は弁えているし、自分なんかの意見でサーシャの機嫌を損ねるのも御免だった。他の者達のようにサーシャを褒めたたえ、思ってもないことを並び立てればいい。そうすれば波風立たずに済む。今まで通り、小間使いのようにしていれば──


(死神様なら……こういう時……はっきり言うよね)


 推し仲間に会ったから、かな。

 あの人みたいになりたいって思った憧れが、私の口を動かしていた。


「わ、私は、そこはやめたほうがいいと思い、ます」

「は?」


(言った! 言っちゃった……うぅ、サーシャ様が怖いよう……!)


「ド、ドルハルト高山地帯は危険な魔獣がたくさん居ます。特に、あの、サーシャ様が苦手とする飛行型魔獣グリフォンや、魔術を行使するマンティコアとかは……今の私たちでは相手にするのが精一杯です。そこを突かれて周りを囲まれたら死ぬ可能性すらありえます。そ、それに、ここは魔族領域にも近いし……だから、やめるべきです」

「……そう」


 サーシャ様は思案気に黙り込んだ。

 他の二人も不快そうに眉根を顰めるけど、彼女らにも心当たりはあると思う。

 そっとサーシャの顔色を窺うように静かにしていた。


(お、お願い。サーシャ様。今度ばかりは考え直して──)

「分かりましたわ」

「ぁ」


 分かってくれた、分かってくれた!

 初めて自分の意見を採用されて飛び上がりたい気分だった。

 私の鼻先にサーシャ様が指を突きつけるまでは。


「ならリネットさん。あなたウチの小隊おやめになる?」

「え…………?」


 頭が真っ白になった。

 二の句を告げない私にサーシャは容赦なく除隊を迫る。


「だってあなた、雑用以外に役に立たないじゃない。そんなにわたくしたちの意見が嫌なら除隊したらどう?」

「そ、それは、その」


 ニヤァ、とサーシャは顎を反らして嗤う。


「ま、あなたを拾ってくれる小隊があればだけどね?」

「……っ」


 私が軍に入っているのは実家の方針だ。

 そして落ちこぼれの私は実家に居場所がなく、軍を抜けたら住む場所もない。

 自己都合で退役した軍人に優しくないのだ。どの国も。


『非国民』とか言われて排斥された人を何人も見て来た。

 スラム街で暮らす彼らは筆舌にしがたい生活を送っていると聞く。

 私が同じ生活を出来るかと言われれば……絶対に無理。


「あなた、誰のおかげでここにいるのか忘れたわけじゃないわよね?」

「……っ」


 落ちこぼれの私が生き残っているのは、サーシャ様が拾ってくれたから。

 サーシャ様が居なかったら、私なんてとっくに死んでいる。

 そう、だからこそ私はサーシャ様の言いなりになるしかなかったはずで。


「わ、私は」

「『ごめんなさい私が間違ってました』、そう言ってごらんなさい? じゃなきゃあなたは除隊ですわ! おほほほほほほほ!」


 軍を退役して行きつく先は都市の最下層(スラム)だ。

 人間の闇が煮詰まった地獄に堕とされて生き延びる自信はない。


 ──やっぱり間違っていたのかな。あの人に憧れたことが。


 ──愚かだったよね。自分なんかが変わろうとしたことも。


 周りに迎合して他人の意見を聞き力ある者を仰ぎ見る。

 それが、私に相応しい立ち位置なんだ……。


Non(ノン)。間違ってません」

「え?」


 凛とした声が響いた。

 ハッと振り返れば、階段から降りて来たローズさんがいた。

 へ、部屋に居てくれって言ったのに……!?


「あ、あなた誰ですの!? なんでここに!」

「サーシャ様、あれ、噂のあいつです。死神様の部隊に入ったっていう……!」

「……まさか、元・大聖女ローズ・スノウ!?」


 ローズさんはサーシャ様を無視して私のところに来た。


「あなたは間違っていません。リネット様」

「ローズ、さん?」

「除隊なら好都合。わたしがあなたを貰ってもよろしいでしょうか?」

「!?」

「ま、待ちなさい! あなた何を勝手に──」

「サー何とかさんには聞いていません。わたしはリネット様と話しています」


 薄桃色の瞳が、私の心をまっすぐ射抜いた。


「もちろん、あなたが『お友達』と別れていいなら、ですが」

「……友達」


 私はサーシャ様や取り巻きを見て、ゆっくりと首を横に振った。


「……友達じゃ、ないよ」

「リネットさん!?」

「友達なんて……私にはいないもん」


 友達は報告書を押し付けたりしないし、雑用をやらせたりしない。

 友達は人の意見を平気で笑って貶めるようなことはしない。

 彼女らを友達と思いたかったのは一人が怖い私の弱さだ。


「なるほど」


 ローズさんは頷き、ゆっくりと手を差し出した。


「でしたら、わたしが友達一号に名乗り出てもよろしいでしょうか?」

「──え?」


 一瞬、何を言われているのか分からなかった。


「……いいの?」

Si(シー)。もちろんです。私にはリネット様の力が必要なのです」

「私なんかが、ローズさんの役に立てるかな……?」

「あの紙」

「え?」

「初めてお会いした時に見たリネット様の報告書です。任務成功の原因と結果だけじゃなく、魔獣の生態まで事細かに書かれていました。次回の任務にあたっての注意点も。しかも個別に書かれていましたよね」

「……ぁ」


 ローズはふわりと口元を緩めた。


「あのように細やかな気遣いが出来るあなただから、わたしはお友達になりたいのです」

「……っ」


 そんなこと初めて言われた。

 ローズさんがなんで私に執着するのかは分からない。

 でも、自分の仕事をちゃんと見て、評価してもらえるのは嬉しかった。


「……わたしとお友達になってくれますか? リネット様」


 葛藤はある。迷いもある。

 あの死神様の部隊に私なんかがという気持ちは強くて。

 でも、ここの小隊に居ても雑用しか出来ないなら、私を必要としてくれるところに。


「……よろしくお願いします!」


 私はサーシャ小隊に別れを告げて、ローズさんの手を取った。



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