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第二十一話 リネット・クウェンサ(前編)

 

 私──リネット・クェンサは魔術師の家系だ。

 有名な家系でこそないが、生まれてくる子はみんな魔術師の適性があった。その中でも私は歴代最弱と呼ばれるほどの落ちこぼれだ。


 家名を汚すと親や兄弟から煙たがられ、顔色を窺って過ごす日々だった。

 そもそも私は、戦いというものが好きじゃない。

 血を見ると吐き気がするし、戦争なんて以ての外だ。本当は魔術師だってなりたくはなかった。


 けど、家の方針に逆らえなくて仕方なく軍に入った。

 後方勤務を希望したのに、選りにも選って前線の小隊に配属されるなんて思わなかった。


「リネット様、おはようございます!」

「ひい!」


 間違っても、絶世の美女が起こしてくれるような人間ではない。


「な、ななな。かぎ、なんで。かぎ!?」

「窓の鍵が開いてましたよ。リネット様、少々不用心では?」

「そ、そう? え、ちゃんと閉めたはずなのに……すみません」

Non(ノン)。どういたしまして」

「…………って違う! どうしてここにいるの!?」


 百歩譲って窓が開いていたとしても、他人の部屋に入ってくるのはいかがなものか。軍の施設とはいえ、普通に考えれば不法侵入の罪に問われてもおかしくない。思わず抗議の視線を送ると、ローズさんはけろっと言った。


「正面から行ってもリネット様は会ってくれないでしょう」

「そりゃあ」


 そうかもしれないけど。


「今日はよい朝ですね、リネット様。推し活がはかどりますっ!」

「ち、近い近い、近いですってば……!」


 ローズさんは隙あらばくっつこうとしてくる。

 こんな私のどこが気に入ったのだろうと思いながら、ついついその容姿に見惚れてしまう。


 わぁ、睫毛なが……。

 あんなに鼻筋通って……肌、しろっ! 天使みたい……。


 こんな天使みたいな人と自分が同じ部屋にいるなんて夢みたい。


 ──大聖女ローズ・スノウ。

 昨日出会ってから気になって調べたけど、この人の経歴は本当にすごい。

 十年前まで現役の大聖女として活躍し、魔王の侵攻を未然に防ぎ、飢饉を凌いじゃったし、魔族との戦争では千人以上に治癒を施して戦線に勝利をもたらした。後進育成にも長けていて、彼女の妹である大聖女が大聖女たりえているのはすべてローズ・スノウのおかげだと聞く。


 しかし、引退後から徐々に様子がおかしくなり、侍女や神官に暴力・暴言が目立つようになる。妹に悪事を働くように強要し、市民の血税を裏で湯水のように浪費していたのだとか。その暴虐無人な振る舞いから『悪女』と罵られるようになった──。


 ……どう見ても、悪女には見えないんだけどな。


「わぁ、これ推しの紋章と同じ刺繍じゃないですか!? うわ、こっちもギル様と同じ瞳の色のハンカチが! きゃっ、これもしかして自作の杖ですか!? ギル様のとそっくり! すごい、すごいですね、リネット様。こういうの、ふぁんぐっず、と呼ぶのでしたか? 実物を見るのは初めてです!」

「なななななななな、なに見ちゃってるんですか!? ダメです見るのだめです立ち入り禁止です!」

「えぇー」


 まさかいきなりベッドに入ってくるなんて!

 この人、あらゆる意味で頭がおかしいんじゃ……。


「でもよかった。やっぱりリネット様もわたしと同じギル様推しなんですね」

「……そりゃあ、かっこいいし」


 死神様は私の憧れだ。

 誰に文句を言われようと言いたいことをハッキリ言うところも素敵だし、口だけじゃなくて世界一強いところも尊い。あんな風にかっこいい人間になりたいなと何度も思った。


「じゃあ我が小隊に入りましょう! ギル様も居ますよ!」

「や、やっぱりギルティア様の小隊だったんだ……」


 我がって言ってたからローズさんの小隊かと思ったけど。

 昨日、ギルティア様のところに連れていかれた時は息が止まりそうだった。

 ご尊顔をあんなに近くで見られるなんて……。


「でも無理だよ。私、同じ小隊になったら死んじゃうよ」

「なぜですか?」

「尊すぎて……」

「分かります。わたしも毎日拝んでいます」

「だよね! …………はッ、思わず意気投合しちゃうところだった!」

「チッ」

「いい、今舌打ちしました?」

「うふふ。まぁリネット様。気のせいでは?」


 やっぱりこの人は怖い人だ……

 あの悪女という噂もあながち間違いじゃないかも──


「リネットさん! いつまで寝ていますの!?」


 突然、声が響いて来た。

 一階から聞こえてきた声にわたしは顔面の血の気が失せた。


「あ、い、いいい、今、行きます!」

「早くなさって! あなた、雑用くらいしか出来ないのだから!」


 ベッドから飛び上がって軍服に袖を通す。

 化粧なんてしている暇はないから、軽く髪を整えて鞄を掴んだら準備完了。

 私はベッドの上に座っているローズさんに振り返った。


「あ、ああの、あなたは……」

「お気になさらず。わたしはここで待っていますから、いってらっしゃいませ」

「い、いや、普通に帰って欲しいんですけど……」

「リネット様が小隊に入ってくれるまで帰りません!」

「えぇー……」


 何から突っ込んだらいいんだろう。

 こんなこと初めてだから、ちょっと整理する時間が欲しいよ……。

 まぁでも、盗られて困るようなものもないし……人の物を盗むような人じゃなさそうだし。


「も、戻ってくるまで大人しく待ってて、くださいね?」

Si(シー)。万事了解です」


 ほんとかなぁ?


「じゃあ……」

「いってらっしゃいませ、リネット様」


 ……いってらっしゃい、か。

 なんだか、久しぶりに言われた気がする。ちょっと嬉しいな。



 よし、今日も頑張ろう!




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