第二十話 悪役聖女は友達が欲しい
わたしがリネット・クウェンサ様と出逢ったのは戦場でした。
魔族との戦争が泥沼化し、ガルガンディアが半壊状態になった時です。
戦力不足は重大な問題で、後方勤務だった方々も前線に駆り出されていました。
本当に大変でした……。
当時聖女を引退していたわたしも駆り出され、忙しく動き回っていましたよ。
あれは忘れもしません。傷病者を集めた治療所でのことです。
初めて出会ったリネット様は血まみれでした。
具体的には腕を切断されて死にそうな顔をしていました。
「いだい、いだいだいだいだいだいだいッ、やだああ、いだいよぉおおおお!」
「大丈夫ですか」
「う、腕ッ、私の、腕が、やだ、やだやだやだ、もうやだよぅ……!」
痛み止めの魔薬が注射されてるはずでしたが、効いていなかったようです。
まぁ生産コストがかかりますからね、アレ。粗悪品だったのかも。
リネット様は子供のように泣きわめいていました。
うるさいので口を塞ぐか真剣に考えました。
しかし、『聖女』は慈悲を振りまくのも仕事の一つです。
わたしは優しく微笑みかけました。
「大丈夫です。しっかりと切断されているのでくっつきますよ」
「ほ、ほんとですか……?」
「聖女は嘘をつきません。めちゃめちゃ痛いので我慢してくださいね」
「い、痛いの……? 痛いのやだよ、やだ、やだ! いっそ殺してよぉ……!」
その言葉が聞きたかったのです。
「Si。あなたに光あれ」
「え?」
思いっきりナイフを振り上げると、リネット様は瀕死のまま身体をひねりました。ミスリル製のナイフは床を貫通して刺さってましたね。わたしは避けるのが不思議でなりませんでしたが、リネットさんは蒼褪めた顔でした。
「な、ななな、なに、するんですか……?」
「殺してくれと言われましたので」
「あ、ああああれは比喩というかなんというか、本当に殺す人がいますか!?」
「皆様のお役に立つのが聖女の役目です」
殺してくれと望むなら殺しましょうとも。
魔族との戦争も長引いていましたし、いっそ楽になりたい方も多かったですし。
わたしがそう言うとリネット様は顔をくしゃりと歪めて激しく首を振りました。
「い、いや! 私はまだ死ねないんです。まだ、死ねないんです!!」
「そうですか?」
「だってまだ、推しと話してないもん。推しと話すまで死ねないもん!」
「なら、治療を受ければいいかと。それだけ動ければ腕がなくても大丈夫かと思いますが」
「う、腕は要ります! 治してくださいお願いしますぅ!」
「Si。ではそこにお座りください」
宥めるのに随分手間がかかって面倒でしたね。
ただ、そこからの治療はかなりスムーズで、リネット様は声をあげることも我慢していらっしゃいました。わたしが教官なら花丸をあげたい気分でしたよ。包帯を巻きなおしている時、わたしは先ほどの疑問を投げつけました。
「リネット様。推しとはなんでしょうか」
「推しっていうのは……応援したい人っていうか、この人のためなら尽くせる! って思う人……ですかね」
「そうなんですか」
「推しがいたら人生華やぎますよ。心が豊かになるんです」
「……心。推しがいれば、心が分かりますか」
「きっと分かります。聖女様には、推せる人いないんですか?」
「推しという概念を初めて知りました。興味深いです」
「あはは。そうですか……なら」
ごろんと転がって、リネット様は笑いました。
「聖女様にも、いつか推せる人が現れたらいいですねぇ」
──その二か月後、わたしは運命の推しに出会ったのです。
「改めて。ローズ・スノウと申します。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「はぁ。り、リネット・クウェンサです……」
カフェテラスに移動したわたしたちは机を挟んで向かい合っていました。
もちろんロープは既にほどいています。
少々乱暴な方法だったと今では反省してますよ。
推しに怒られちゃいましたしね。
ただ、捨てて来いという言葉を真に受けるわけにはいきませんが。
「先ほどは申し訳ありませんでした。リネット様に会えた喜びのあまり興奮しておりまして」
深く頭を下げると、リネット様は悲鳴を上げました。
「ひゃう!? あ、頭を上げてください!」
「ですが」
「あなたみたいな綺麗な人に頭を下げられたら居た堪れません!」
「そうですか? リネット様も十分に可愛らしいと思いますが」
「お、お世辞は結構ですから」
「事実を言ったまでですが」
「~~~~~っ」
リネット様は顔が真っ赤になりました。
「ふふ。『一度目』と同じでお可愛らしいです」
しまった。思わず声に出てしまいました。
リネット様は怪訝そうに眉をひそめています。
「一度目……あのぉ。私、ローズさんとどこかで会いましたか?」
「未来で会いましたよ」
「え?」
なんて、言っても信じませんよね。
「Non。冗談です」
「じゃあどこで……? ま、まさかあの人たちに」
「あなたとは同じ推しを応援するなかで出会ったのですよ」
「推し……推しぃ!?」
「Si。ギルティア・ハークレイ様です。リネット様も推しでしょう?」
だいぶ昔に助けてもらって以来、憧れたのだと聞いています。
ずっと遠くから見て応援しているのだとか。
ベッドの上にはギル様の肖像画やギル様が使っている杖の模造品を並べていると聞きます。
「実はわたしもギル様推しなのです。だからあなたには、ギル様の部隊に──」
「……お、同じじゃないです」
「え」
リネット様は笑みを浮かべて言いました。
「あなたみたいな綺麗な人と私が、同じなわけないじゃないですか」
「……!」
「私、今日はちょっと疲れてて……ごめんなさい、先に失礼しますね」
そう言ってリネット様は去ってしまいました。
カフェテラスに一人残されたわたしは衝撃のあまり動けません。
「こ、これが同担拒否ですか……!?」
ぐぬぬ。手強いですね、リネット様。
でもわたし、諦めませんから。
どこに在籍しているか分かったなら、やりようはいくらでもありますよね。