第十七話 『守りたい』の意味
「ふんふんふふーん」
ギル様が出かけている間、わたしは家の中を掃除していました。
なにぶん、わたしの推しは隊舎のことに無頓着ですからね。
おそらく寝に帰るだけの家だと認識しているのでしょう。
「かなり綺麗になりました。イイ感じです」
わたしは家の中を見回しながら満足感にひたります。
蜘蛛さんには全員出て行ってもらいましたし、埃はすべて拭き取りました。
汚れがこびりついていた洗面台に神聖術を使ったことは内緒です。
「さてさて、あとは会議室ですが……」
ギル様らしいというか、なんというか。
他の部屋は埃が被っていたのに、会議室だけは清潔でした。
おそらく戦争関連の情報を整理するために使っていたのでしょう。
「今が太陽暦五六八年、火の月の第三金曜日ですから……なるほど、こういう状況ですか」
『一度目』の記憶と照らし合わせながら今後の方策を立てます。
何を置いてもわたしの最優先目標は推しを救うことです。
そのためにはいくつか必要なことがありました。
「紙にまとめておきましょう」
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①推しの仲間になる→完了。
②推しの怪我を防ぐ。
③推しの仲間を増やす。
④裏切り者たちをどうにかする。
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ふむ。こうしてみると既に①は達成したように思えますが……。
実はまだ推しに仲間として認めてもらえてないんですよね。
小隊員にはなったものの「君は任務に出なくていい」と言われましたし。
ここら辺はおいおい何とかしなければいけません。
②の推しの怪我を防ぐためにも……。
二年後のギル様が足を引きずっておられましたからね。
それが原因で死んでしまったようなものですし。
「あとは③と④ですか……これは並行して進めないと」
あんまり時間はありません。
二年後に第八魔王が攻めて来るまでに体制を整えないと。
「そのためには、あの方を迎えに行く必要が……」
「何をしている」
「ひゃう!?」
いきなり声をかけられて、わたしは飛び上がりました。
振り返れば、仏頂面のギル様が目の前に立っています。
「ギル様、隊舎の中に直接転移するのは禁止です!」
「なぜだ? 非効率的だろう」
「なんでもです! わたしの健康のためです!」
心臓に悪いったらありゃしませんよ、もう。
「ほら、やり直しです。玄関から入ってください」
「なぜ俺が……」
「いいから、ほら!」
ギル様を玄関から追い出して扉を閉めます。
すぐに扉が開き、ギル様が「これでいいのか」みたいな顔をされました。
わたしは満足しながら微笑みます。
「おかえりなさい、ギル様」
「…………あぁ」
むふ。これ、一度はやりたかったんですよね~~~。
「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも、」
「……ご飯? 君、料理が出来るのか」
「もちのろんです。といっても、糧食しかありませんでしたから簡単なものですけどね」
戦争が小休状態になっている今でも、いちおうは戦時下です。
食糧は配給や炊き出しで賄われていますし、贅沢は出来ません。
「そうか。では、頼もうか」
「Si。お任せください」
「それと……」
ギル様は周りを見渡して、ほう、と頷きました。
「ずいぶん綺麗になったな」
「頑張りました」
「そうか」
ギル様はためらいがちに言いました。
「…………ご苦労だったな。感謝する」
「……むふっ。気にしなくてもいいのですよ」
推しの感謝、いただきました~~~~!
「今日の夕食は兵糧団子と野菜スープです。パンはスープに浸してください」
「ふむ」
二人で椅子に座って食前の挨拶。
わたしは推しの反応が見たくてじっと眺めていました。
長い睫毛、凛々しい顔立ち……はぁ、一生見ていられます。
ギル様は一口食べたあと、ぽつりとつぶやきました。
「……驚いた。美味いな」
「そうですか?」
「あぁ。いつもとほとんど変わらない内容なのに。不思議だ」
「まぁわたし、教会にいるときは料理係もしてましたからね」
「それだけで料理が上手くなるものなのか?」
「Si。毎日腐りかけのパンと冷たいスープだったので。美味しく食べられるように改良しました」
「………………は?」
ギル様の手が止まってしまいました。
「腐りかけのパン……? 仮にも君は、元大聖女だろう?」
「Si。ただ、周りに嫌われていましたからね」
正確には妹に、ですが。
愚妹は周囲を抱き込んだんですよね。
「…………なぜそんな平気な顔をしていられる」
むす、とした顔で推しは言います。
よく見れば魔力のオーラが渦巻いていて、不機嫌さのほどが表れてました。
あぁもう、わたしの推し、正義感が強すぎる……!
「仕返しは完了しているので。あとは破滅を待つだけです」
「……………………そう、だったな」
ふぅー……とギル様は落ち着くように息を吐きだしました。
よかった、魔力も落ち着きましたね。
「わたしは悪女ですから、気にしなくても構いませんよ」
「…………悪女か。なるほど、君はそうやって自分を……」
「はい?」
「なんでもない」
「そうですか?」
それなら別にいいですけど。
「ところでギル様、明日はわたしも任務について行っていいですか?」
「ダメだ」
ギル様はきっぱりと言いました。
あまりの断言っぷりにわたしは思わず反論します。
「お言葉ですが、わたしは役に立ちます。ギル様にだって勝ちましたし」
「勝負の如何はともかく……役に立つことは分かっている」
「じゃあなんで」
「……俺が嫌だからだ」
ギル様は目を逸らして言いました。
「君はもう十分、戦ってきただろう。魔族と、教会と、妹と……これ以上、辛くて痛い思いをする必要はない。ここでゆっくりしていればいい」
「でも、わたしは聖女で──」
「聖女である前に、君はローズ・スノウだ」
推しは反論を許しません。
改めてこちらを見た推しは、口を開いては閉じて、開いては閉じて。
やがてゆっくりと言葉を紡ぎました。
「……君を守りたい。分かれ」
「………………………………へ?」
推しの言葉が五臓六腑に染み渡ります。
脳がその意味を受け取り、理解するのに数秒。
「それって」
ぶわ、と身体中の熱が顔に集まってきました。
何がきっかけかなんて皆目見当もつきません。
でも、わたしを見る推しの目はどこか熱を帯びているような気がします。
「あの、ギル様それってどういう」
「──ごちそうさま。悪いが片付けは頼む」
がたりと立ち上がってギル様は逃げるように二階へ上がっていきます。
え。
え。
え。
「えぇええええええええええええええええええええええええ!?」
結局どういう意味なんですか!?