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帝国の後継者 (3)


翌日から紋章についての授業も始まり、最初の先生はコンラート・フォン・グライスナー参謀だった。

紋章の勉強をするなら、先祖代々大紋章を受け継いでいる一族の当主が先生役にはふさわしいと、ユーリが頼んで引き受けてもらったらしい。


クライスナー伯は丁寧に、紋章についてルティに講義してくれていた。


「大紋章は利き手と反対の手に宿すことが推奨されています。その理由について、リーゼロッテ様はご存知ですか」

「大紋章の力が暴走した時に紋章を破壊して最悪の事態を防いだり、戦場で敵に狙われやすかったりと、紋章を宿す場所は色々とリスクに晒されるから、最も致命傷から遠い場所を選ぶべきです」

「大変よろしい」


ルティの解答に、グライスナー参謀は笑顔で頷く。


「右利きの陛下は左手、左利きの私は右手というように、リスク回避のため、たいていの場合は利き手と逆の手に宿します。もちろん、そうしなければならないという決まりではないので、例外は山のようにあります」

「うーん。私は無難に左手にしようかな」


自分の左手を見ながら、ルティが言った。


「リーゼロッテ様は陛下やセレス殿を見てきておられますから、化神についていまさら私が講義する必要もないとは思いますが――宿主になられるのでしたら、改めてその心得を」


はい、とルティは返事をする。

グライスナー参謀は簡潔に説明を始めた。


「化神が顕著した際、真っ先に伝えなければならないことがあります。力を使い過ぎるな――顕著したばかりの化神は生まれたばかりの赤子も同然。人間社会の常識をまったく知りません。顕著したばかりの化神は、加減知らずに力を使う恐れがあります。なので、一番最初に伝えておく必要があるのです」

「力の使い過ぎ――力を使い過ぎちゃうと、宿主の人間は死んじゃうんだよね」

「はい。化神は従順に承諾してくれるはずです。宿主を守ることが彼らの使命であると同時に、宿主が命を落とせば、自分も消滅してしまうのですから。自分のためにも、力を制御しようとします」

「消滅……」


宿主が死ねば、化神も消滅してしまう。それはルティも知っている話だ。

でも……だったら、どうしてユーリが亡くなった後、セレスは自分を守り続けてくれていたのだろう……。


「宿主が死んだのに、化神が消滅しないパターンってあるの?」

「そもそもがそういった能力を持っている化神ならば、あるいは。それと、宿主の死後、すぐに消滅しないパターンはあります。化神に力を蓄えさせておけば、宿主が命を落としてもしばらくはその力で姿を保つことができるんです――しばらく、の具体的な数字は個人差が大きいのでお答えできませんが、宿主の死後、数ヶ月存在した例もあるそうですよ」


ふむふむ、と頷き、巻き戻り前の世界でのセレスもそうだったのかな、と考えた。


あの時のユーリは、突然命を落としたわけではない。

親しい人たちを大勢失って、帝国はボロボロだった……自分の結末を、きっと彼女も悟っていた。


だから、自分が死ぬ前にセレスに力を与えた。ルティを生き延びさせるために。その力があれば、もしかしたら自分は助かったかもしれないのに。ローゼンハイムの皇帝として、逃げる道は考えなかった。


……ならいずれ、セレスも自分のもとから消え去ってしまっていた。一人、自分だけ残されて……そうなったら、きっと生きていられなかっただろう。

フェルゼンが巻き戻りのチャンスを与えてくれていなかったら、いったいどうなっていたことか。考えると、背筋が冷たくなる……。


「リーゼロッテ様ならば大丈夫ですよ。きっとよい相棒と巡り合えます」


黙り込むルティをフォローするように、グライスナー参謀が言った。

ルティも笑い、仲良くなれたらいいな、と呟く。


「リーゼロッテ様を嫌う化神など存在しないでしょう。関係の心配なら、セレス殿たちのほうが必要かもしれませんね」

「そっか。セレスたちと仲良くできないと困るよね」


セレス、シャンフ、ヒスイ……ルティだけでなく、ルティの親しい人たちの化神とも仲良くやっていけるだろうか。お城には他にも化神が……。


「あのね、コンラート様。コンラート様は、ドロテアおかあさまの化神って見たことある?」


ユーリの生母であり、皇太后ドロテア。彼女も化神持ちの紋章使いだと聞いた。

大紋章をもらうためにラヴェンデル尼僧院へ行くという話を聞いて、ちょっと気になっているのだ。何も知らない皇太后ドロテアのこと――いったい、どういう女性なのだろう。


「あの方が城にいらっしゃる頃、私はまだ城仕えもしていない子どもでした。皇太后陛下――当時は皇后陛下でいらっしゃったドロテア様とは、お会いしたこともありません。陛下も後宮に閉じこもって、めったに公に姿を現しませんでしたし」

「そっか……」


皇后ドロテアが、ローゼンハイムの城で周囲に固く心を閉ざしていた話はルティでも知っている。


ドロテアはもとはオルキス王国の内親王。王の妹で、ローゼンハイム皇帝ユリウスは祖国を滅ぼし、兄や王国民を殺した憎い仇だ。そんな男の后となって、彼女はどんな思いで、この城で過ごしていたのか……。

ナーシャだったら知ってるかな、という考えは浮かんだけれど、真正面から尋ねてみる勇気もなくて。


「噂によると、彼女の化神も人の姿をしていたそうです。ヒスイと似たような、特徴的な衣装を身に纏っていたとか」

「人の姿……。セレスもそうだけど、お洋服ってどういう仕組みになってるの?」


よく考えてみれば、動物の姿をした化神は服なんか着てない。当たり前と言えば当たり前だが。

でも、セレスやヒスイ、シャンフは服を着ている。いつも同じ衣装だけど……。


「人間が作ったものを着用することも可能ですが、あれも顕著の一部ですよ。私も、着せようと思えばムートに服を着せることはできます」


ルティの机にちょこんととまっていたムートを見れば、ムートは「ちゅんっ!」と鳴き、ふわりとした光に包まれたかと思うと、次の瞬間には可愛らしい羽根帽子をかぶっていた。


「化神自身は裸でも構わないのでしょうが、それでは人間社会で活動しにくいので、セレス殿たちは常に服を着用しているのだと思います。ムートは白い羽が自慢なようで、それを隠すような衣服を着せると怒るんです」

「真っ白でふわふわで、とっても綺麗だね」


参謀の説明を聞いたルティがニコニコ笑って褒めれば、ムートは誇らしげに胸を張って「ちゅんっ!」と鳴く。


「ヒスイと同じ衣装だったってことは、ドロテアおかあさまの紋章もヒスイと同じところから来たってことなのかしら」


ナーシャと皇太后ドロテアには、色々と噂がある。前に、クルトもちらっと喋ってたけど……改めて話を聞いてみたいかも。


セレスはミーナについて行ってしまってるから、ヒスイかシャンフにお願いしないと、ルティは町へ出れない。

政務室にいそうなシャンフにお願いしに行ったほうがいいかな、とルティが考え込んでいると、グライスナー参謀に声を掛けられた。


「初日ですから、座学はこれまでにして、課外授業に出かけましょうか。今日は良い天気ですし、部屋に閉じこもっているのももったいない」


一瞬、何を言われているのか分からなくて、ルティはぱちくりと目を瞬かせて参謀を見上げたが、彼の笑顔を見て察した。

はい、と元気よく返事をして、ルティは彼と一緒に町へ出かけることになった。




町へ出て赤烏新聞社を訪ねてみると、クルトは新聞売りに出かけたと教えられた。

クルトを探して、ルティは参謀と一緒に町の中をうろうろと。


「この時間ならこのあたりで売っているはずだと、イザークは言っていたが……」

「あ、あそこ!」


路地の片隅で新聞を売ってるクルトを見つけ、ルティは駆け寄った。

クルトもルティを見つけ、よ、と声をかけた。


「今日はグライスナーのにいちゃんと一緒か。ここにいるってことは、何か俺に用か?」

「用ってほどのことじゃないけど、ちょっとお喋りしたくて。いま時間ある?忙しい?」


新聞を売っているなら、クルトは立派な仕事中だ。休憩にするよ、とクルトが言った。


「どこか店に入るか。呼び止めたんだから、俺が奢ろう」


そう言って参謀は慣れた足取りでカフェへ向かい、ルティたちは腰を落ち着けることになった。

……のはいいのだが、クルトが落ち着かない様子だ。


「……なあ。俺、この店ですごく浮いてないか?明らかに場違いなんだけど」

「なら浮いた存在にならないよう、おまえのほうがこの店に相応しい態度を取っていろ。記者になるんだろう――場違いだとか合ってないとか、そんなことを理由に場所を選んでいては、ろくなスクープは取れないぞ」


手厳しい参謀の言葉にクルトも言葉に詰まり、それでも、居心地悪そうにしながらも店を出て行かなかった。


他の客たちから離れた個室に近い席に案内され、お茶とケーキが運ばれてくると、クルトはじっとそれを見つめている――そんなクルトに、また参謀が言った。


「マナーが分からないなら俺やリーゼロッテ様から盗んで覚えろ。そういうスキルも、これからのおまえには必要だろう」


参謀は優雅な仕草でお茶を飲み、ルティもちょっと戸惑いながらケーキを食べる。

クルトはちらちらとルティたちを見て、自分もマナーを真似ていた。


「ねえ、クルト。これはまだ記事にしないでほしいんだけど」


ルティが話しかけると、何気ない様子でお茶を飲みながらも、グライスナー参謀がかすかに反応するのを感じた。

ユーリからちゃんと許しをもらってるので、ルティは構わず話し続ける。


「お姉様がね、妊娠したんだ。赤ちゃんできたんだよ――無事に生まれたら、帝国に跡継ぎができるんだよ」


ぽかん、となったクルトは、手にしたティーカップを落としそうになっていた。ルティはくすくす笑う。


「無事に生まれるまでは公にしないことになってるから、秘密にしててね」

「……あー……うん、分かった。俺だって見習いとは言え記者だ。なんでもかんでも記事にすればいい訳じゃないってことは分かってる」


クルトは混乱し、頭をぽりぽりと掻く。


「陛下が妊娠中となれば、近隣諸国もいらないこと考えそうだからな。化神持ちの紋章使いが一人、確実に戦場に出てこれない――戦争が起きれば、一番苦しむのは国民だ。俺だって、記事にする責任については理解してるよ……愛国心ぐらいあるし、ちゃんと秘密は守る」


感心だな、とグライスナー参謀が笑った。


「子どもだと思っていたが、意外と記者の心得はできている」

「一流を目指してるんだ――公表が決まったら、真っ先に教えに来いよ。スクープ出すのはうちだからな!」


ルティを見てクルトが言い、うん、とルティも笑顔で頷く。


「お姉様にもちゃんと話してあるよ。公表が決まったら、赤烏新聞社が一番にスクープ出せるようにしてあげてほしいって」


クルトなら、ちゃんと秘密を守ってくれる。そう信じていたから、ユーリの妊娠のことも話したし、公表のタイミングを揃えられるようユーリにお願いした。


ルティが予想した通り、クルトは秘密にすると約束してくれて、とても嬉しい。


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