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黄金のバラより愛をこめて~傾国の女皇帝と彼女を愛した私の、巻き戻りキセキ~  作者: 星見だいふく
第一章01 プレリュードは突然に
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旅立ち (3)


「ヒスイ。君がここにいるということは、ナーシャも一緒か」


蝶は一つ残らず姿を消したが、剣を収めることなくセレスが少年に向かって言った。


「うん。もうすぐ来ると思うよ。馬より僕のほうが早いから」


少年が肩を竦める。


突如現れた少年に、盗賊たちが困惑し、動揺している。

一人が老婆に馬を寄せ、崩れ落ちそうになっている彼女を自分の馬に乗せた。


「退くぞ!早く――!」


短く合図すると、盗賊たちは一斉に走り去る。少年がそれを追うそぶりを見せたが、別の男の声がそれを制止した。


「ヒスイ、追わなくていい!」


声のするほうから、男を乗せた馬が走ってくる。ユーリたちを見つけて彼は馬を降り、急いで駆け寄ってきた。


「ユーリ!ルティ!」

「久しぶりだな、ナーシャ。キミがヒスイを送ってくれて、実に助かった」


自分たちを心配する男に向かって、ユーリは笑って言った。


彼も、ユーリの相変わらずな様子に苦笑し、自分が羽織っていたマントをユーリに着せた――寝起きで逃げ出したから、ユーリもルティも寝衣のままだ。

旅用の寝衣だけど、外をウロウロするにはちょっと寒い。


「ルティ、怪我はないかい?」


ルティにも優しく声をかけ、彼は自分の上着を着せようとする。ルティは思わず、ユーリの後ろに隠れてしまった。


男はぱちくりと目を瞬かせ、また苦笑いする。


「前に会った時は飛びついてくれたのに。久しぶりだから、忘れられてしまったのかな」

「ルティ。ナーシャだ。先月もボクたちに会いに来てくれただろう?」


ユーリに説明され、ルティは小さく頷く。


ナーシャのことは、もちろん覚えている。

辺境地で、国から忘れられた存在としてひっそりと暮らしていた自分たちを気にかけてくれる、数少ない相手。


仕事の合間に、自分たちによく会いに来てくれて。優しくて、親切な人。ルティも、彼のことが大好きだった。

自分たちの良き友人……絶対の味方……そう思っていたのに。


「……しかし。どうして君たちはここに駆け付けたんだ?ドルトラウム城からは、まだ距離があるはずだろう」


ユーリの紋章の光と共に剣も消えてしまったセレスが、少し首を傾げながら尋ねる。

ああ、とナーシャが相槌を打ち、自分の上着をルティに着せた。


「ユーリから手紙を受け取って――帝都へ向かうなら、いつものルートを通って、この先で馬車を止めて休んでるはずだと思ってね。それで、一足先に迎えに来たんだ。予定の場所に来てみたら君たちはいないし、ヒスイが君の力を感じ取って走り出して行ってしまうし……」

「異変を察して追いかけてきてくれたというわけか。化神同士は、互いの気配を察知できるはずだな?」


ユーリが確認するように自分の化神に尋ねれば、セレスが頷く。


「ドルトラウム城……」


ぽつりとルティが呟くと、ナーシャが視線を戻した。


「覚えているかな。僕が配属されてるお城のことだけど」

「う、うん。えっと、東側の国境を守る城塞……だよね?」


巻き戻り前の記憶も辿って思い出すが、その程度のことしかルティも知らない。

帝国がどんな防衛政策を取っていたのか……自分は、そんなことも知らない……知ろうとしなかった。


「そう。君たちが暮らしていたお城からも近いし、ユリウス皇子を守る役割も担っているから、それを口実にちょくちょく会いに行っていたというわけだ。もちろん、仕事だからじゃなく、僕個人としても君たちのことは大好きだよ」


優しい笑顔で、ナーシャが言った。ルティはナーシャをじっと見つめ、うつむく。


優しさも、親切も、きっと本物だ。ナーシャは、間違いなく自分たちの友人だったのだ――少なくとも、この時は。

彼自身、あんな未来が起きるとは予想もしていなかったはず。いつか、ユーリと決別して、本気で殺し合うことになるなんてこと……。


「ねえ。いつまでこんなところでお喋りするの?僕、さっさと帰りたいんだけど」

「おっと。たしかに、ヒスイの言う通りだ」


うんざりした様子の自分の化神に言われ、ナーシャはそれどころではないことを思い出したらしい。

自分の馬を寄せ、乗って、とユーリとルティに声をかけた。


「日が昇ったら、城へ向かおう。でも、さすがにここでは休めない。もう少し移動してから、夜が明けるのを待とう。ほら、二人とも僕の馬に乗って」


ナーシャに勧められ、ルティは大人しく馬に乗ることにした。

ナーシャの馬は鞍が付いているから、ルティでもなんとか自力で乗ることができた――結局、セレスにお尻を押してもらったけれど。




馬車で野宿から小さな宿に泊まることになり、結局本物の野宿になってしまった。

ユーリと一緒にナーシャから借りたマントにくるまって夜を明かす。たくさん眠ったから、もう眠くならないだろうと思っていたが……はっと気が付いた時には、ユーリの膝を枕にしていた。


「おはよう。お腹が空いただろうが、ドルトラウム城に着くまで辛抱してくれ」


もぞもぞと起き上がるルティに、ユーリがそう言って笑う。

……たしかに、すごくお腹は減った。


昨夜は夕食を食べそこなってしまったし……起きたのも、いつもよりちょっと遅い時間。お腹が減ったから目が覚めてしまったところはある。

四歳の自分だったら、泣いて不満を訴えただろう。今回はわがままを言わず、素直に頷いた。


きょろきょろとあたりを見回すと、自分とユーリの他に、馬とセレスがいた。馬は、ナーシャが乗ってきたものだ。

ナーシャはいない……。


「もう戻ってくる」


ルティの疑問を察したように、セレスが言った。

セレスの言う通り、馬に乗ったナーシャと、人形サイズになってナーシャの頭に乗っているヒスイが戻ってきた。


「おはよう――もう目が覚めていたんだね。遅くなって申し訳ない。君たちが目を覚ます前に荷物と馬を持って戻ってくるつもりだったんだが、少し手間取ってしまった」


言いながら、ナーシャが鞄を渡してくる。

ユーリたちのものだ。盗賊たちの宿から逃げ出す時に、置いてきてしまったもの。馬は、見覚えのないもののような気がする。


「馬車にするか悩んだけど、馬のほうが移動が速いからこっちにしたよ。一応、君たちは彼らから逃げ回っているわけだし」

「異論はない。キミの気遣いに感謝する」


荷物を確認しながらユーリが言った。ルティも、じっと自分の荷物を見つめる。


宿に置いてきたものを、持ってきた。それはつまり、あの盗賊たちの村にナーシャは乗り込んで行って取ってきたわけで……ナーシャも化神持ちの紋章使いだし、ナーシャ自身も鍛えていて、女のユーリよりはずっと強いだろうけど……。


「ユーリは僕の馬に乗るといい。賢い子だから、君の言うこともよく聞くはずだ。ルティは……僕と一緒でもいいかな?」


荷物を見つめていたルティは、自分に話しかけられていることに気付いてぱっと顔を上げた。

ナーシャは、ルティの反応をうかがっているようだ。昨夜あんな態度を取ったから、ナーシャも気にしているらしい。


「う、うん。私はナーシャと一緒でも大丈夫よ」


馬に慣れているユーリは一人で乗り、幼い自分はナーシャに乗せてもらうほうが安全だ。

何か起きた時、ルティが一緒ではユーリも手間取ってしまうかもしれないし、ナーシャのほうが迅速に対応できる。全員の安全のためにも、ルティはナーシャの提案に従うことにした。


ユーリが馬に乗ると、人形サイズになったセレスは彼女の肩に乗る。

ナーシャに手伝ってもらってルティが馬に乗り、後ろにナーシャが乗ると、人形サイズのヒスイがルティの頭に飛び乗ってきた。

ずしっとした重みはあったが、幼い自分でもこれぐらいなら大丈夫そう。頭の上でくつろいで、ルティの髪をクッション代わりにごろごろしている感覚は気になるが。


二頭の馬は、軽快に駆け出す。思ったよりも揺れるので、ルティはナーシャが持つ手綱をしっかり握り締めた。


「――ナーシャも、お姉様も、紋章使いなのよね?あの盗賊のおばあさんも、紋章使いだった」


手綱を持つナーシャの左手に視線を落とし、ルティは話しかける。

ナーシャの左手の甲にも、紋様が描かれている。まるで痣のように肌に馴染んでいて、ルティが触っても紋様が消えたりはしない。


紋章――魔法のような、不思議な力。誰でも使えるわけではなく、どうやって誕生したかも分からない、謎だらけの力。

帝国でも紋章の仕組みについて研究し続けているが、いまだに解明されていない謎のほうが圧倒的に多いとか。


巻き戻り前の自分は興味がなくて、紋章のことを知ろうとしなかった。

……紋章の使い道は、その大半が戦争だし。


「紋章使いになるには、適性がいるのよね?誰でも紋章使いになれるわけじゃないのよね?」

「そうだよ。と言っても、紋章そのものにも種類があって、小紋章なら適性がなくても使える。僕やユーリのような化神が出る大紋章は、適性がないとまったく使えない」


ナーシャの説明に、ふんふんとルティが頷く。

紋章にも種類があり、強さの格があることはなんとなく知っている。紋章は数多く存在するが、ユーリやナーシャが持つ紋章が、かなり特別なものであることは理解していた。


何がどう違うのかは正確には分からないけれど――ちらりと、ユーリを見る。ユーリの肩に乗る、セレスを。


巻き戻り前の記憶――お城にも、紋章使いは複数いたそうだ。でも城の人間とほとんど交流しなかったルティは、彼らのことを何も知らず、覚えていることもないような有り様。

セレスやヒスイは特殊だと、そんな話も聞いた。物心ついた時から、ユーリのそばには当たり前のようにセレスがいたから、ルティにはなかなか実感できなかったけれど。


「紋章って、属性もあるのよね。あの盗賊のおばあさんは、炎だったわ」

「うん。炎の力は需要が高くて欲しがる人が多いから、手に入れる機会が一番多いと言えばそうかな。火を操れると、色々と便利だからね」

「うーん……たしかにそうかも」


ルティが同意する。

人間が生活していく上で、火を操れるというのは非常に便利だし、分かりやすく使い勝手も良いから、どれでも好きな属性を選べるなら、やっぱり炎の紋章が一番良いかもしれない。


「紋章って、一人ひとつしか使えない?」

「そんなことはない……らしい。僕も、実際に複数持ったことがないからはっきりとは言えないんだ。化神持ちになっちゃうと、化神が他の紋章を嫌がるんだよ。仕事で二つ目の紋章を宿すか考えたことがあったんだけど、ヒスイが紋章球を叩き割っちゃって」

「僕がいるのに、他の紋章なんていらないでしょ」


ちょっと不貞腐れたような声が、ルティの頭上から聞こえてくる。

ナーシャの紋章の化神――ヒスイだ。ヒスイの言葉に、ルティの背でナーシャが苦笑していた。


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