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黄金のバラより愛をこめて~傾国の女皇帝と彼女を愛した私の、巻き戻りキセキ~  作者: 星見だいふく
第一章02 予定調和の皇帝円舞曲
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日の出は暗雲と共に (3)


顔を真っ赤にして怒り狂うルティに後退りながらも、クルトが反論する。


「はあ?何の話だよ――デタラメ記事って……俺、記事なんか書かせてもらったことねーぞ!」

「これから書くのよ!」


いまのクルトは、ルティよりちょっと年上に見える。七、八歳ぐらいだろうか。いくらなんでも、まだ記者として記事を書いたりはできないはず。


「これから……起きてもないことで、おまえに怒られる筋合いないぞ!全部、おまえの勝手な想像じゃないか!」

「あなただって、起きてもないことを自分で勝手に想像して、捻じ曲げて記事にしたじゃない!」


自分のいまの怒りが、理不尽なものであるのは分かっている。

でも、ユーリも理不尽に悪評を書き立てられて、謂れのない悪名を着せられた。


ユーリに悪虐帝なんて呼び名が付いたのも、半分ぐらいは、赤烏新聞が出した記事のせい。クルトという記者が中心となって、ユリウス三世を悪虐帝と呼び、針小棒大にユーリの冷徹さを書き連ねた。

どれほど自分が悪く言われようと、ユーリは記者を罰したりしなかったのに。


「おやおや。ルティがあんなに怒るなんて。久しぶりに見たな」


ユーリが言い、怒り狂うルティをなだめる。


「落ち着きたまえ、ルティ。彼とは初対面だろう?キミの剣幕に、すっかり怯えているぞ」


ユーリに抱きしめられても、頭から湯気が出そうな勢いの怒りは収まらず、ぷうっと頬を膨らませてユーリに抱きつき返す。

口を開くと、彼を罵倒する言葉しか出ないような気がして。ユーリの胸に顔を埋め、なんとか落ち着こうとした。


「クルト。君も情けないですよ。言葉のプロを目指そうという者が、年下相手に言い負かされるだなんて」


イザークも、クルトをたしなめる。


「そんな――あんな難癖、議論にもなってないじゃないですか!」


なぜか自分まで責められ、クルトは心外そうだ。腹立たしげにルティを睨んできて、ルティはユーリに抱きついたまま、べーっと舌を出して悪態を吐いた。


「……ユリウス様」


いつの間にやら取り出していた懐中時計を手に、マティアスが口を挟む。


「そろそろお時間です」

「時間?」

「はい――脱走は、一日一時間までですよ」


幼児の約束か。

傍で聞いていたグライスナー参謀は、苦笑いする。


「む。一時間ならば、まだあと十分ぐらいは残っているはずだ」

「帰り着くまでが脱走です。シャンフたちに任せるにしても、さすがにもう、時間切れかと」


二人のやり取りを聞き、グライスナー参謀も二人がここにいる理由を察した。


要するに、ユーリが言い出して、城から脱走して来たらしい――長年、後見役を務めてきただけあって、マティアスはユーリをコントロールするコツをよく理解している。


「むむ……仕方がない。次は明日のお楽しみに残すとしよう。マティアス、ルティ、帰るぞ」

「御意に」


セレスが、ルティを抱きかかえる。シャンフは、グライスナー参謀が縛り上げたさっきのスリの男を抱えている。


「この男は、オレが役人に突き出しとくよ」

「よろしく頼む」


参謀が言い、参謀の肩にとまる文鳥が「ちゅん!」と鳴いた。


「イザークだったか。いつか、キミの新聞社も見学させてくれ」


ユーリが言うと、イザークは愛想よく笑う。


「是非。そちらのお嬢さんもご一緒に」


クルトが嫌そうな顔をし、ルティもツンと彼に対してそっぽを向いた。

彼らとだけは、仲良くなんて御免だ!




執務室では、宰相ノイエンドルフが一人で書類を片付けていた。

正直なところ……自分一人のほうがさっさと片付くし、余計なことに気を取られる必要もないので気楽でいい。

別に彼女が帰ってこなくても、何も問題ないのだが……。


「ずいぶんと、楽しんで来られたようですな」

「うむ。実に有意義な休憩であった」


戻ってきたユーリをじろりと睨んで皮肉を言うが、彼女は満足げな笑顔で答える。供をしていたマティアスも、相変わらずポーカーフェイスで。


「土産を買って来たぞ、ノイエンドルフ。いま、下町で流行っている紅茶だそうだ」


そう言って、ユーリはカラフルな茶葉缶を宰相のテーブルに置く。宰相は眉間に皺を寄せ、露骨に嫌そうな顔をした。


「……私は、決まったメーカーのものしか口にしないことにしておりますゆえ」


いかにも庶民向けらしい、安っぽい品だ。自分の口には合うまい。

飲まずとも、宰相にはそれが分かった。


「そうなのか。ではぜひ、キミが普段飲んでいるものと比べて、感想を教えてくれ。キミの評価が良ければボクも飲もう」


味見させるつもりだったのか、この小娘。

帝国でも有数の大貴族であり、ユーリとは比較にもならないほどのキャリアを持つ自分に。本来ならば、皇帝であったとしても、ユーリのほうが自分に下手に出るべき立場だというのに……。


「グランツローゼは良い町だ。この町の主となったことを、ボクはとても誇らしく思う」


自分のデスクに着席し、ユーリは少し開いたままになっている窓を見た。

――そっちから帰ってくるかもしれないから、わざと開けっ放しになっていたのだ。


「ライス王国との戦争が終わったら、ゆっくり見て回る時間を作ろう。ノイエンドルフ、今度はキミも一緒に行くか。その茶葉に合いそうな菓子を探そう」


相変わらずの軽口ではあるが、ユーリの言葉に宰相も嫌味を返すことはなく、彼女をじっと見つめた。

ユーリも、宰相に視線を向けて、不敵に笑う。


「……しばらくは、ボクのフリータイムも大目に見てくれ。大きな戦争が控えている――戦いに赴く前の、ちょっとした息抜きだ」


ローゼンハイム帝国の北西に位置する小国ライス。

女のユーリが皇帝となったことに異論を唱え、戦争の準備を進めている。すでに国境では、前触れともいえる小競り合いが頻発しており、間もなくユーリ率いる帝国軍も正式に出陣する予定だ。


「ノイエンドルフ。ナーシャの異動は、すでに手続きを終えているな?」

「陛下のご命令通り――明日には、レナート氏は近衛騎士隊に配属となる手筈です」

「うむ。実に結構。ナーシャにはしっかり手柄を立ててもらって、ボクの近衛騎士となる口実を作ってもらわないとな」


積み重ねられた山から一枚書類を取り、仕事を再開しながら、ユーリが言った。

宰相も書類を片付ける手は止めないまま、ユーリを睨んでいる。睨む宰相と向き合うことになっても、ユーリは美しく微笑んで見せた。


「これについての異議は聞かないぞ。ボクは、ナーシャを自分の近衛騎士にしたいんだ。どうせ地道に手柄を立てさせたところで、周囲が彼のことをあれこれ噂するのは止められまい。だったら、贔屓上等でさっさと彼を出世させる機会を与えるまで」


宰相はすぐに返事をせず、じっと考え込む。

他の場であれば大いに異論を唱え、ナーシャへの贔屓を非難しただろうが……外国との戦争が関わるとなると、さすがに話が別だ。嫌味な男であっても、帝国への愛国心ぐらいはある。


「……エルメンライヒ候。レナートという男、実力のほうはいかほどなのだ。貴公らと同じ、化神持ちの紋章使いだそうだが」


ユーリの補佐をするマティアスは、宰相に話を振られ、自分なりの結論を述べた。


「恐らく……総合的に判断すると、彼の化神は私や陛下の化神よりも強いでしょう」

「ほう。貴公らの……よりもか」


人形サイズになって、ひっきりなしにユーリのデスクを綺麗に掃除しているシャンフを、宰相は見た。


「化神は、向き不向き得手不得手によってその力量に多少の差はありますが、彼らの強さを何よりも左右するのは、それを使役する宿主の能力です」

「……ふむ。つまり……化神そのものの差というより、貴公ら人間側の差ということか?」


宰相は紋章の適性がなく、化神のことも詳細には知らない。だから、マティアスの説明を茶化すことなく真面目に聞いていた。


「セレスもシャンフも、能力面ではヒスイとなんら遜色はない。だが宿主の身体能力に、大きく差がある」


ペンをくるくる回し、書類から目を離すことなくユーリが言った。


ユーリは女だし、マティアスは体躯の良い男と言っても戦場へ出るために鍛えている男には敵わない。宿主の身体能力がそのまま紋章の力に比例するわけではないが、やはり加算はされる。

ライス王国の強みは、まさにそこにあるわけだし。


「では、レナート氏であればフリンツァー将軍を討てると、期待してもよいということですかな」

「正直なところ、ボクとナーシャがいて、それでも彼を倒せないとなると、打つ手なしだな」


ライス王国の将軍フリンツァー。彼もまた、有名な化神持ちの武人である。


化神は、一騎当千の力を持つ。文字通り、一人で千人の兵を倒せるほど強い。

おまけにその宿主が、これまた一騎当千並みの実力を持つ武人となったら、戦場で、これほど恐ろしい敵はいない。


ライス王国のような小国が、大帝国ローゼンハイムと隣接していても生き残ってきたのはそれが理由。

ライス王に忠誠を誓う化神持ちの戦士が、外敵をすべて討ち払って来たから。


実を言えば、ユーリが皇帝となれたのも、化神持ちであることも大きな理由のひとつだったりする。

化神持ちの紋章使いは、国家にとって重要な兵力――各国が奪い合い、喉から手が出るほど欲する人材だ。


だから、外国人に地位を与え、宮廷でのさばらせるのは忌々しいことではあるが、レナートが化神持ちの紋章使いで、ユーリのためにその力を使うと言うのであれば、是非にと乞うて宮廷に招き入れるしかない。


「とは言え、バックハウス隊長をないがしろにはできないな。人望厚い有能な男だし、彼を差し置いてナーシャを贔屓すると、誰にとっても良くない結果を招く。気の良い男のようだから、彼がナーシャを妬んだりするとは思えないが」


それは宰相も同意だ。

バックハウス隊長に、そういった後ろ暗い感情が存在するのかすら疑わしい。




「ルティはもう帰ったほうが良さそうだ――セレス、ルティを連れて、先に屋敷へ戻っていてくれ」


朝から張り切ってドレスに着替え、はしゃいでいたルティは、すっかりお疲れモード。もうちょっとパーティー出るの、と反論するものの、自分を抱きかかえるセレスの腕の中で、ぐったりとしている。


「ボクはマティアスと一緒に戻る」


マティアスは控え室に下がったきり、まだ戻ってこない。いくらなんでも長すぎる――異変に、ユーリも気付いていた。


彼も、もう城を出たほうがいいだろう。自分と一緒に屋敷に戻らせよう。

セレスと分かれ、ユーリはマティアスのいる控え室に向かった。


「マティアス、ボクだ。そろそろ屋敷に……マティアス?シャンフ?」


部屋の扉をノックするが、中から反応がない。マティアスはともかく、シャンフがすぐに対応しに出てこないなんて珍しい。

ユーリは扉を開け、部屋に入った。

誰もいない。奥のほうから物音はするから、マティアスはそっちに……。


ユーリが奥の部屋に入ろうとしたとき、恐ろしい悲鳴が聞こえてきた。

悶え苦しむ、男の声――奥の部屋へ飛び込むと、中では紅蓮の炎にまとわりつかれた叔父ルドルフ。マティアスをかばうように立ちはだかるシャンフに、左腕を負傷したマティアス。


普段、感情を表に出さないマティアスが、激しく動揺している。真っ黒に燃え尽きていくルドルフ帝を、驚愕の目で見ていた。


ユーリも息を呑み、突然の展開に呆気にとられることしかできなかった。

――ドンドン、と。部屋の扉が荒々しく叩かれる音が聞こえてきた。


「いまの悲鳴はなんだ!?陛下、こちらにいらっしゃるのですか!」


中の返事も待たないまま、部屋に、人が入ってくるのを感じた。

ユーリは寝室に置かれた小さな椅子を取り、窓を叩き割る……。


「陛下!?いったい、なにが――ユリウス殿下?それに、エルメンライヒ候、その怪我は……これは、何が起きたのだ――!?」


グライスナー参謀と共に部屋に入ってきたバックハウス隊長は、部屋の有様に混乱していた。


まだ炎が残る焼死体に、ユリウス皇子、なぜか負傷しているエルメンライヒ侯爵。とても、一目で状況を把握できるようなものではない。

ユーリが叫んだ。


「バックハウス隊長、賊だ!何者かが侵入し、叔父上を……!ボクたちも襲われた――すぐに現場を封鎖し、賊の追跡調査を――」


ユリウス皇子の命令に、何がなんだか、という顔をしながらもバックハウス隊長は従った。

その後、宰相とディートリヒが呼ばれて、死体が皇帝ルドルフのものであるという確認が行われ、紋章絡みの事件ということでナーシャも帝都に呼び戻された……。




「概ねの結末は、最初と同じ……」


全身を甲冑に包んだ男が、ぽつりと呟く。


毒は、マティアスが飲むはずだった。

不調に陥ったマティアスが控え室に下がり……皇帝ルドルフは、長年自身を悩ませてきた男を始末してしまおうと、暴挙に出た。

まずは紋章を防ぐために左腕を斬り落とそうとして、抵抗したマティアスが、思わず皇帝を害してしまう。


その現場に最初にやって来たユーリが、すぐに事態を察して隠ぺいした。

――あの時、バックハウス隊長とグライスナー参謀は、皇帝の姿が見えなくなったことに不審を抱いた宰相に命じられ、ルドルフ帝を探しているところであった。


だが毒を飲んだのはユーリとなり、隊長と参謀も、途中でルティと出会ったことで足止めを食らった。

部屋に踏み込むタイミングはわずかにずれ、彼らが見たものも、いささか変化している。


結果だけみれば、ほぼ最初の世界と変わっていないが……これが後々、どのような影響を与えるか。

誰に語るでもなく、男は一人、次へと向かった。


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