秘密の花園 (2)
バカみたいに広く、人気のない屋敷の中を、シャンフはあちこち移動していた。
化神は基本的に休息を必要とせず、二十四時間三百六十五日働き続けていても問題はない。
マティアスの化神となってからせかせか働く生活を続けてきたから、シャンフももう、働かないと落ち着かないレベルになっていた。
日中はマティアスに付いて城へ行き、帰ってきた後は屋敷の手入れ。
そんな生活をしている自分を見て、客として滞在していた時にユーリがマティアスに苦言を呈したこともある。
ユーリに叱られてしまったのはさすがに効いたのか、そこまでしなくていい、とマティアスもさりげなくシャンフを諫めた。
……だったらちゃんと人を雇え、というシャンフの反論はスルーしていたが。
次の掃除場所へと移動していたシャンフは、窓から見える暗い中庭に、人影を見つけて足を止める。
小さな池が作られた、広い中庭。ちょっとだけ花も植えられていて、それなりに景観も良い。
東屋へと向かう彼女を、シャンフもすぐに追いかけた。
「アンタ、相変わらずここが好きだな」
いつものように東屋に来て、ぼんやりと中庭を眺めていたユーリに、シャンフが声をかけてくる。
屋根からぴょこんと姿を現したシャンフに、ユーリも笑った――こういうやりとりも、いつものことである。
「キミも、相変わらずこの時間まで労働中か。勤勉は美徳だが、キミの労働環境はブラック過ぎる。働き方改革が必要だぞ」
「あー、うん。ちゃんと人雇えって、マティアスをもっとせっついてやって」
目を泳がせて答えるシャンフに、ユーリは笑った。
「広い屋敷なのに、キミ一人で大変だな」
マティアスのこの屋敷には、召使いがいない。
普通は何十人……この規模の屋敷であれば、百単位でも不思議ではない人数の使用人を雇い、日々手入れさせるものだ。
しかしマティアスは、他人を屋敷に入れるのが嫌なのか、月に数回業者を雇う程度で、日頃の世話はシャンフに任せきり。おかげさまで、シャンフの家政スキルは並のメイド、執事以上だとか。
「アンタたちが来るから、一応昨日はプロに依頼して大掃除させたんだぜ。でも毎日のメンテナンスを欠かすと、どうしても劣化がなぁ。あいつ、そういうのに無頓着だから。自分だけなら図書室か書斎ぐらいしか使わないからって、別にオレの掃除も頼んでないって言うんだぜ」
「うむ、実にもったいない。ここも、初めて来た時は非常に残念な有様だった」
ぐるりと、東屋を見渡す。
初めてユーリがこの東屋を見つけた時、花もない寂しい場所で、水面も掃除が行き届いていないから淀んでいた。東屋は蜘蛛の巣だらけの埃まみれ。思わず、セレスと一緒にせっせと掃除してしまったぐらいで。
それを反省したのか、はたまたシャンフが気を利かせてくれたのか、以降ユーリが屋敷を訪ねてきた時には、綺麗に手入れされるようになっていた。
花も、庭の広さに比べれば大したことはないが、ずいぶん咲いている……。
「アンタお気に入りの場所だから、あいつもだいぶ気に掛けるようになったよ。まだまだ普通の人間の感覚からはズレまくってるけど」
笑いながら話すシャンフを、ユーリはじっと見つめる。
どうした?とシャンフは首を傾げた。
「……うん。実はだな。ルティにボクとマティアスが両親であることが知られてしまって」
「おおう。いつか気付かれるだろうとは思ってたが、さすがに早過ぎじゃね?」
「気付かれてしまって経緯については今回は割愛するとして、ルティにボクとマティアスの関係をどう説明するか悩んでいるんだ」
「ああ……ラブラブカップルってのは、完全に違うな……」
ユーリの疑問について、シャンフも目を泳がせてしまう。
シャンフの目から見ると、結構単純なことなのに、二人が互いに勝手に拗らせてしまって、話をややこしくしてしまっているように思えてならないのだ。
……特に、マティアスのほう。
どう考えたって、マティアスのほうが年長者で、マティアスの感情にユーリが振り回された結果がいまなのだから、彼の責任が大きい。本当なら、彼がユーリを教え導く立場なのに……。
「でも、あいつにとってアンタとルティは特別だ。それは、ユーリもなんとなく分かるだろ?」
「ルティへの愛情については、ボクも疑っていない。だがボクへの感情については、彼自身分かってないんじゃないか?」
「はは……ズバリその通り過ぎて、オレも乾いた笑いしか出ねえ……」
ユーリのほうが物分かりが良いのだから、マティアスの化神としては情けない限りだ。
……ルティの物分かりの良さは、母親のほうに似たのかな。
思わずユーリから視線を逸らしたシャンフは、こちらへ向かってくる人影を見つけて笑った。
「……うん。自分の感情も理解できない唐変木だけど、アンタが大切ってことだけはちゃんと分かってる。ほら」
シャンフが指す方向を、ユーリも見た。
外套を持ったマティアスが、中庭をうろうろしている。暗いから、周囲がよく見通せないのだろう。少しきょろきょろしながら東屋へ向かってきて、ユーリの姿を確認すると真っ直ぐに寄ってくる。
「庭に出るなら、何か羽織るべきです。この季節には、いささか薄着過ぎます」
顔を見るなり説教を始めるマティアスに、ユーリもシャンフも笑った。
マティアスは笑われたことを気にする様子もなく、持っていた外套をユーリに羽織らせる。適当に羽織るユーリに対し、マティアスは丁寧に着こませようとしていた。
ユーリはため息をつき、立ち上がってマティアスにわずかに振り返る。
「部屋に戻る」
そう言って東屋を出て行くユーリに付き添い、マティアスも部屋へと戻っていく。
目が覚めてユーリの姿がなかったから、すぐに探しに来たのだろう。ユーリが行きそうな場所を、あちこちと。
マティアスがユーリを気にかけるのは、彼女の後見人だからではない。ユーリのそばにいたいと、無意識の内にそう思っているから。
……そんなすごく単純なことに、あの男はいつ気付くのやら。
二人を見送っていたシャンフは、強烈な視線を感じて顔を上げる。
ルティの部屋の窓から、こちらを見下ろすセレスの姿が見えた。遠いからその表情はよく見えないけれど、きっとマティアスを斬る理由がないか探っているに違いない。
シャンフがひらひらと手を振ると、セレスは奥へと引っ込んでしまった。
朝早くから屋敷には人がやって来て、ルティのドレス選びが始まった。
上品で小柄な、可愛らしい女性が、このドレス店の店長らしい。店長は幼いルティにも丁寧に接し、ユーリに向けてドレスのプレゼンを行う。
帝都グランツローゼの老舗らしく、可愛らしいドレスがたくさん。
並ぶドレスを見比べた後、ルティはちらりとマティアスに振り返った。
「マティアスは、どんなドレスが好き?」
おずおずと尋ねてみれば、マティアスはルティを見つめたまま、何も言わない。
返事を待ってみたけれど、黙り込んだままのマティアスに、ルティはだんだん視線が下へと落ちて行った。
……聞かなければ良かった。
「……いまの流行りは」
ようやく口を開いたマティアスが店主にそう尋ねると、すぐにユーリが口を挟んだ。
「それはいただけないな、マティアス。ルティは、キミの好みを尋ねたんだ。店主に流行を聞いても意味がないじゃないか」
ユーリの言葉に、マティアスはまた黙り込んでしまった。
しょぼんとするルティに、気にしなくていいぞ、とユーリがフォローする。
「たまには彼も、キミのために大いに悩むべきだ。ほらマティアス。ルティが答えを待っているぞ。彼女に似合うと思うものを選びたまえ」
ユーリにまで言われてしまっては、マティアスも逃げられないと悟ったらしい。
ドレスを前に、じっと立ち尽くしている。ルティにはドレスを無言で睨みつけているだけにしか見えないが、店主はニコニコと愛想の良い笑顔で接客を続けていた。
「こちらの青いドレスですか?お嬢様の美しい御髪が、よく映える色でございますよ」
店主は、マティアスのわずかな視線の動きを察したらしい。彼が興味を示したものを見抜いて薦めてくる。
青いドレスか、とユーリも興味を惹かれたようだ。
「青と言えば、キミのお祖母様の色だな。マティアスのお祖母様は青薔薇の姫君とも呼ばれ、その美しさは帝国でも有名だったんだ。マティアスは、そのお祖母様似らしい」
「マティアスのお祖母様……」
つまり、ルティにとっては曽祖母。
言われて青いドレスを見てみれば、裾から見えるレースには薔薇模様の刺繍が入っている。
「……うん。私、このドレスにする」
「お嬢様の美しさがいっそう引き立てられることでしょう。それでは、さっそくお着替えを」
高価なドレスが売れたので、店主は上機嫌だ。
ドレスだけでなく、ドレスに合わせた装飾品一式も購入することになっているから、なかなかの売り上げになることだろう。
ドレス選びが終わると、ユーリもマティアス、シャンフと共に別室へ移動して自分の着替えをすることになった。
ルティはドレス店の店主と、店主が連れてきたスタッフ、セレスに手伝ってもらってお着替えだ。
「よくお似合いでございますよ」
着替え終わると、店主は絶賛する。
姿見で確認するルティの隣で、セレスも笑顔で頷いていた。
「うん。とても美しい――いつの間にか、君もドレスが似合うレディになっていたのだな。この姿を見たら、ユーリもきっと感動することだろう」
大人っぽい、上品な深い青色のドレス。いまのルティには、ちょっと背伸びし過ぎているようにも見える。
……巻き戻り前の自分は、青色なんて選ばなかったな。
ピンクや黄色の、パステルカラーな可愛らしいドレスばかりだった。自分でも、この姿に物珍しさを感じてしまう。
ついこれを選んじゃったけど、マティアスはどう思うだろう――そんなことを考えると、落ち着かない気分になる。自分には、やっぱり似合わないかも……。
着替え終えたルティは、セレスと一緒にユーリたちのいる部屋へ向かった。
ユーリもすでに着替え終え、黄金の装飾が特徴的な白い礼服姿だ。豪華な刺しゅう入りのマントも付いていて。
ユーリは平均的な女性の身長をしているし、体型も華奢だ。でも、こういった豪奢な衣装に着られることなく、美しく着こなしている。
デザインのおかげもあるのかもしれない――細身のユーリのスタイルが映えるようあつらえられた衣装。
でもそれ以上に、凛としたたたずまいと、堂々とした立ち振る舞いが、彼女を実際の体格より大きく見せている。




