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31/42

51~52:逃げる二人、追う二人



    51



 カントランドは元々、鉱物の名産地であり、町外れの山々にはいくつか発掘現場があった。


 その中には大昔に閉鎖された場所もいくつかあって、ユリエルたちが向かっている鉱山は、約一〇〇〇年前――つまり勇者伝説に出てくる廃鉱山である。


 今は観光名所として使われているため、天然の洞窟に、真新しい木組みの枠で補強してあった。

 当然だが、奉納祭の期間中は閉鎖されており、周辺にある建物共々、鉄格子の両扉によって入り口が(ふさ)がれている。


 その扉の鍵を()()()()()()あけたユリエルが、アリスを連れて廃鉱山の中へと入っていった。

 入ってすぐのところにある発光ランタンを持って、青白い光で周りを照らしながら奥へと進んでいく。


「これからどうするの?」

「ひとまず別の坑道に出て、要塞跡の向こう側へ行こうと思う。そこなら人目にも付かないし、ゆっくりと考え事ができるだろ?」


「要塞跡……」

「大丈夫だよ。そこに(とど)まるわけじゃないから」

「でも、王冠の呪いの発祥地みたいな場所だし……」

「今は王冠を持ってないだろ? 俺としては、潔白は無理でも王冠(それ)だけは必ず取り戻したいから、国境付近を拠点にして、夜に町へ戻る感じにしようかなって」


「あの……!」


 ユリエルが隣のアリスを見やった。


「こ、国外に逃げるとかは? ここからならエルエッサムに行けると思うし……」

「駄目だ」

「でも……」


「グレイさんとの決着(ケリ)がついてないし、逃げたところで必ず捕まるよ。

 ――それに、呪いで子供のままなんて嫌だろ? 病気と違って意図的に、一生、成長させないって言われてるようなものなんだし」


 アリスが黙った。


「大丈夫、大丈夫。なんとかなるって」

「お気楽なんだから……」


 二人は、夜の闇よりも暗い坑道の奥を、なおも進んでいった。

 地面は濡れていて、どこからともなく水滴が落ちる音が反響してくる。

 アリスは自然とユリエルの(そば)へ寄って、強く手を握った。


「昔、ここを探検したことがあったんだ」


 ユリエルが言った。


「どこに繋がっているのか、物(すご)く気になってさ」

「私は話にしか聞いたことがないから…… どうなってるのか分からない」


 素直に不安を打ち明けるアリスに、ユリエルが少し笑った。


「大丈夫、観光地として整理されてるから。――途中までだけど」

「その…… 途中までって、やっぱり要塞跡の手前までってこと?」

「まぁな。だけど、要塞跡の近くになってくると、石作りのトンネルって感じになってくるから、ここよりは不気味さは薄れてくると思う」


「冒険したって言ってたけど…… ひょっとして、要塞跡に入ったってこと?」

「ああ…… 普通に廃墟だったけど」

「本当に、昔のあなたって無茶苦茶なことするんだから……」

「――ちょっと、生き急いでたのかもな」

「えっ?」


「ほら、俺って両親の顔も知らないし、将来どうなるのか、どうしたいのかって、全然、想像できてなかったから」


「…………」

「自由なあいだに、悪魔の沼地って場所には、本当に悪魔がいるのか確認してみたかったっていうのがあったんだよ。

 ――大聖堂の霊廟(れいびょう)に、少女の亡霊がいるって(うわさ)は本当なのかって話とか」


 ユリエルが、少し後ろにいるアリスへ目配せした。

 彼女はユリエルの視線に気付いて、目を合わす。


「亡霊の噂は本当だったけど」

「そうね…… 最初は恥ずかしいところ見られて、(すご)く辛かったけど」


(ねえ)さん……

 いや、アリスは俺を正しい方向に導いてくれたし、だからこそ、なんとしてでも大人に戻ってほしい。他の人たちも導いてあげてほしい。バルバラントの英傑みたいに」


「…………」

「俺も手伝うからさ。司教じゃなくなった後も、この町に残ってほしいんだ」

「いいけど、条件がある」

「ん? 条件?」

「その……」と言って、息を整えるアリス。


 ユリエルはまた、少し後ろの彼女を見やった。


「わ、私――」


 不意に爆発音がして、坑道全体が揺れた。

 アリスが、ユリエルにしがみつく。


「な、なんだ……?!」


 しばらく揺れが続いて、土(ほこり)がパラパラと落ちてくる。奥の方から土っぽい風が吹いてきて、二人は目をつむって、その風に耐えた。


 そうして揺れが収まる。


「まさか……」

「ユリエル! 早く抜けましょう!」

「そ、そうだな……! 悪いけど、また抱えるぜ?」


 アリスがうなずき、両手を上に目一杯、伸ばす。

 ユリエルは彼女を胸元へ抱えあげ、なるべく早く坑道を出ようと、必死に走った。



    52



 ユリエルとアリスが森の中を歩いている頃。

 ライールが、警備隊長とその部下たち、それにベリンガールやアル・ファームの首都リボンから呼び寄せていた、各々の専門分野を担当する捜査員たちを従えて、マグニー大司祭の自宅前に集結していた。


 そしてライールの肩からは、ライフル系の長銃がぶら下がっている。


「ライール」


 遠間にいるエリカが、歩きながら呼び掛けた。


「皆様をお連れしましたよ」


 彼女の後ろには、グレイ、シェーン、家主(やぬし)のマグニーが付いて来ている。


「な、なんだこれは……?!」


 マグニーが驚きながら言って、ライールの元へ駆けて行った。


「何をしている?!」

「すみません、マグニー大司祭。実は……」


 と言って、ライールが警備隊長から書状を受け取ると、それを広げて、マグニー大司祭に向けて見せた。


「捜索令状が下りましてね。申し訳ありませんが、今から家宅捜索をおこないます」

「か、家宅捜索? なぜそんなことを……?!」

「端的に言うと、王冠の盗難と兵器密造です」

「な、なんだと?!」

「ご安心ください。あなたを犯人と言っているわけではありません。むしろ、まだ誰が犯人か分かっていないと思って下さい」


 ライールは、今はまだハロルドの件を隠しておく方が、都合が良いと判断したようだった。

 それが功を奏したようで、マグニーは改めて、そんな物が家にあるわけがないと主張した。


「王冠は無い可能性が高いと思われます。ただ、|ち≪・≫|ょ≪・≫|っ≪・≫|と≪・≫|し≪・≫|た≪・≫|物≪・≫なら見つかる可能性がありまして…… 申し訳ありませんが、ご理解ください」


「何が見つかるっていうんだッ?!」


「そのうち、すぐに分かります。

――おっと。捜索前に、二つほど()いておきたいことがありまして」


「なんだ今更……!」

「家の中に、給仕係などはおられますか?」

「そいつらが何かやらかしたのか?」

「全く違います。――家の中に、誰かおられますか?」

「いや…… 今の時間帯はおらん」


「本当に?」

「調べてみろ。朝と夕方に、食事係の連中が来るのと…… あとは、週末に掃除係の連中が来るだけだ。

 庭は私が休日に手入れしていて、住み込みの連中は一人もおらん!」


「なるほど、それではもう一つの質問です」

「なんだ、さっさと言え!」

「あなたのご子息、ハロルドさんですが…… 友人か知人かを連れてきてはいませんか?」

「友人……? いや、私は知らんぞ」


「これほどの豪邸ですから、ご子息が誰を連れてきているか、やはり把握できませんか」


 マグニーは何か言いた()だったものの、言えずに()み込んだような顔をしていた。

 ライールは目礼してから振り返って、集まっている人々に向け、


「今から捜索を開始する」と言った。

「まずは俺とエリカが様子を見て、それから合図を出す。合図を確認したら、一斉に捜索せよ。

――警備隊の皆様は、念のためにマグニー(てい)の周辺を固めておいてください。抜け道などもあるかもしれませんので、不審な点を見つけ次第、捜査官へお知らせください」


「了解です」と、警備隊長が言って、部下達に指示を出した。


「ライール君」とグレン。「私も協力しようか?」


「お気持ちは嬉しいのですが、グレン様にはシェーン大司教とマグニー大司祭をお守り頂きたいのです。何があるか分かりませんから」


「――分かった」


 ライールがエリカを見やり、


「行こうか」


 と言うと、彼女はうなずいて、門をあけたライールと一緒に、マグニー(てい)へと入っていった。



 入ってみると分かるというくらい、庭が広く、屋敷も近付くにつれ、大きさが目立った。


「大司祭って、こんなに儲かるものなの?」

「マグニー大司祭は元々、資産家の家柄だ。(うわさ)によると、町民の(ねた)みを回避するために、彼の両親がマグニーを大聖堂へ入れたらしい」


「あ~…… みんな苦労してるわね、やっぱり」

「苦労や苦(のう)をしていない人間がいたら、ぜひ見てみたいもんだ」


 そう言って、ライールが肩に掛けていたライフル銃を手にした。


「――で、どうするの?」と、横目になるエリカ。


「悪いが、()()()()で家の中を捜索してほしい。相手が相手だから、人間相手の罠が仕掛けてあるかもしれない」


「家の中の人たちがいた場合、どうする?」

「大司祭は嘘を言っていない可能性が高い。だが、万が一いたとしても、罠の位置さえ分かっていれば救出もし易いだろう? 敵じゃなければ、だがな」


「そうね…… 分かった」

「くれぐれも無茶はするなよ? 危ないと思ったら、外へすぐ退避するんだ」

「ええ。何かあったらすぐ知らせる」


 そう言って、彼女が左腕に着けてあった古めかしい貴金属の腕輪を見やった。

 すると腕輪――()()()がぼんやり輝く。

 光に包まれたエリカが、(つばめ)に変身していた。

 彼女は羽ばたいて、家の二階部分を探るように、ぐるりと一周した。


 ――屋根に煙突(えんとつ)が見える。


 翼をはためかせた燕は、煙突の方へと飛んで行き、その先っぽに止まった。

 中を(のぞ)き込むと、特に何も無さそうである。


 一度、ベランダへ飛んでから変身を解いたエリカは、もう一度、腕輪の力で変身をする。今度は天道虫(てんとうむし)だった。


 煙突の天辺まであがった彼女は、そのまま中へゆっくり降下していく。


 ――結構、長い煙突だ。


 エリカは少しあせっていた。

 変身していられる時間は限られている……

 煙突の途中で元に戻ったら、面倒なことになる。


 だが、そのあせりは杞憂(きゆう)に終わった。


 暖炉の外へ出た天道虫(てんとうむし)が、周囲を見渡す。

 客室の一つらしく、特に目立ったものも無ければ、誰かがいた痕跡(こんせき)もない。

安全を確認したエリカが、虫から人間の姿に輝きながら戻っていった。


「ふぅ…… さてと」


 侵入して早々、彼女は部屋の四隅などを調べつつ、罠らしい罠が無いことをしっかり確認してから、部屋の扉へと向かう。


 少しだけ、その扉をあけた。

 次に、また天道虫(てんとうむし)に変身して、隙間(すきま)から廊下(ろうか)へと出て行った。


 ――廊下も特に問題が無さそうである。


 その後、全ての部屋を確認してから、一階の部屋も確認したエリカは、玄関の扉を開いた。


「大丈夫みたい!」


 ライールが足早に、彼女へ近付いていく。


「そうなると…… 地下か?」

「ええ、あとは屋根裏の部屋とか」

「あったのか?」

「多分ある。煙突の中が妙に長かったから」

「まずは捜査員を庭に入れて、庭から調べさせよう。何かあるかもしれない」


「ザッと空から見た感じ、妙な物はなさそうだったけど……」

「屋根裏の方はすぐ見つかるだろう。とりあえず俺達はもう一度、一階を調べよう。マグニーさんに隠し部屋が他にもあるかどうか、()かないとな」


「絶対にありそう……」

「なぜそう思う?」

「いつもの(かん)

「お前のは当たるから、なんとも言えん……」


 ライールが頭をかきながら言った。

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