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聖女は呪いの王冠をかぶる ~缶詰生活に嫌気がさした聖女様は、王冠の呪いで幼女になって、夜の祭りを満喫するそうです~  作者: 暁明音


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31~32:自暴自棄の護衛兵(後編)



    31



 もうすっかりと日が暮れて、空が真っ赤に染まっている。

 彼は酒場の屋台が並ぶ、通称『飲み屋街』へと向かっていた。

 酒場は昼から飲む者、食堂として利用している者など様々な人たちがいる。

 しかも奉納祭の期間中だから、余計に人が行き交っていて、いつもより活気付いていた。


「――ユリエル?」


 屋台の店主である中年の男性が言った。

 ユリエルは何も言わずに椅子(いす)へと座り、


「酒くれ」と言った。


「お前、まだ勤務中だろ?」

「もう日が暮れてるし、別にいいんだって」

「どうしたんだ?」

「客が酒ほしいって言ってんだ、酒くれよ、酒」

「バーカ、出せるかって。その身なりの人間に飲酒させたら、うちの店の沽券(こけん)に関わる」


「どいつも沽券(こけん)沽券(こけん)…… 大地の神様から土地もらったって契約書でもあるのかよ。勝手に住み着いてるだけなのに……」


「やけに荒れてんなぁ…… どうした? 聖女様にこっぴどく(しか)られでもしたか?」

「そんなので怒るわけないじゃん……」

「お前にとってはご褒美だもんな?」

「それはそれで違う……!」

「じゃあなんだ? また大司祭ってのと衝突したのか?」


「あと、(ねえ)さんの親父さん……」

「えっ?! グレイ様……?!」

(ねえ)さんのこと、聞きたいだけなのに……! 俺だって一応、(ねえ)さんの護衛兵なのにさ……!」


「まぁ、結構な苦労人だしな、あの人も。簡単に人を信用しないってだけじゃないか?」

「そんなことで決闘しようとするかよ……」

「け、決闘? なんだそれ?」

「気にしないでくれ。こっちのことだから」


「――あっ、そういやさ」と、コップに入れた水をカウンターに置く店主。「聖女様、どうして今日の定時礼拝に現れなかったんだ? ちょっとした話題になってたぞ?」


「――俺も知らねぇよ、それ」

「お前も知らないってことは、司祭連中だけが知ってるってことかねぇ」

「なんにせよ、俺たち下っ端にゃ関係ねぇ話しさ」


 そう言って、ユリエルがコップを持って口に付けた。


「んッ?!」と、コップを置く。「おい! 水じゃねぇかッ!」


「だから、その服のままじゃ出せねぇよ。欲しけりゃ着替えて来いって」


 ユリエルは犬みたいに(うな)った。

 そして服をその場で脱いでいく。


「お、おいユリエルてめぇッ!?」

「見ろ! ズボン一枚だッ! これで文句ねぇだろッ!?」

「そっちのが大アリだバカ野郎ッ! 変態に成り下がったかッ!!」

「素直に言うことを聞いただけだろッ! 真っ当な紳士じゃねぇかッ!!」


 このあと、警備兵に連行されたのは言うまでも無かった。



    32



 二日目の花火が終わって、二時間ほどがたった。

 青白い風景と黒い快晴に、まん丸い黄色の月が浮かんでいる。

 ユリエルは明かりも付けずに、ぼんやりとした浮かんでいるように見える大聖堂の側まで来ている。


 さすがに、カントランドから離れているだけあって薄暗い。

 祭りの明かりは、大聖堂には全く届いていないと言っても良かった。


 彼は決闘騒動に巻き込んでしまった、例の元・護衛兵の警備隊長の温情で、釈放(しゃくほう)された。それから服を裏返しに着て『私服だ』と言い張り、酒屋で酒を買って、その辺りの道端で飲み食いした。


 だから、酔いも相当に回っていた。


 千鳥足(ちどりあし)とは言わないものの、酒気(しき)を帯びて(くさ)くはなっていた。

 しばらく夜の大聖堂を見上げていた彼は、そのまま敷地に入った。

 鉄の門がしてあったけれど、足の掛かる場所を蹴って、上の方をつかんで、両足を向こう側へ投げ出し、さながら棒高跳びのように鉄の門を越えていった。


 酔っているとは思えない身軽さで着地したユリエルは、適当にふらふらと歩き始める。あてもなく歩いているようで、その実、ある場所に向かっていた。


 墓地である。

 彼は子供の頃を思い出していた。

 まだまだ幼い頃の話である。

 孤児院の悪ガキだった彼は、そのときの悪友たちと肝試しをしに来たのだ。


 どうやって侵入するかを考えつつ、墓地までのルートを構築した。そして、バルバラント自治共和国の英傑・バルバランターレンの霊廟(れいびょう)の前に、見た目が饅頭(まんじゅう)に見える泥団子(どろだんご)を置く、という罰当たりなことを計画していた。


 ところが最後の走者が、幽霊が出たと言って逃げ帰り、他の連中も感化されて逃げていく。そんな中、逆に幽霊が気になって仕方なかったユリエルは、一人で霊廟(れいびょう)へと向かったのだ。


 相手が幽霊だと()くはずも無いのに、近場に落ちている棒切れを持って、(いさ)み足で霊廟(れいびょう)へ近付いたとき、本当に人の泣き声がしてきた。


 人生で始めて鳥肌が立ち、身の毛のよだつ思いをしたユリエルだったが、どうにも泣き声が現実的すぎる。


 彼は霊廟(れいびょう)の扉が少しあいているのに気付いて、そこへ入った。彼にとっては、運命的な出来事であった。


 ――あのときが一番、面白かった。


 彼はそう思っていた。

 悪友のほとんどは州都ロンデロントや他国へと出て行き、田舎に残っているのは自分だけ。

 今日、肝試しに向かうのも自分だけ……


「こりゃあ、相手にされねぇわ……」


 寂しそうにつぶやいた。

 フッと視線を落とす。

 自分の月影が、自分の前に伸びていて、一緒に前に進んでいる。

 今の陰は昔にも見たことがあるはずだけど、昔よりも大きくなっているように思えた。

 そのうち、霊廟(れいびょう)の近くまでやって来る。

 当然だが、幽霊はいなかった。


 ――しかし、ここだけは、何年たっても変わりがない。


 きっと、大昔からそれほど変わっていない場所なんだろう。そこに、人はなぜか安心感を持つ……


「あのとき、止めていたら……」


 ユリエルはつぶやいた。


 ――結局、アリスは見つけられなかった。


 どこへ行ったのか、もう分からない。

 自棄(やけ)になる前に見つけ出すつもりが、自分が自棄(やけ)を起こしている始末……

 ユリエルは溜息をついた。


「護衛兵、もう辞めよ……」


 独り言を口にしたときだった。

 人の声がしてくる。

 咄嗟(とっさ)に身を屈めたユリエルが、声のする方へ耳を傾けた。


 ――間違いなく、人の声だ。


 霊廟(れいびょう)の方だから、他の建造物や生け(がき)に身を隠しながら移動していった。


 すると……


「素晴らしい効果だな……!」


 男の声だった。

 もう一人いるらしく、そいつは「物が違う」というようなことを言っていた。


「量産してもらおう……!」


 何を言っているかは聞き取れなかった。

 不意に、笑い声がする。


「聖女が――」という言葉は聞き取れた。そして、また笑い声がした。


 ――もう少しだけ、近付いてみよう。


「これが」と、声が聞き取れた。「言われていたモンだ。間違いないだろ?」


 もう一人の方は声が聞こえない。身振り手振りで返事したのか、あるいは……


「さすが我が友。じゃあ、また連絡する」


 声がしたと思ったら、足音がし出した。

 ユリエルが息をひそめ、後退する。

 男たちが歩いて行く足音が、どんどん小さくなって、消えていった。

 一方のユリエルは、しばらく身動きが取れなかった。


 ――今回のは、本当に身の毛のよだつ出来事だった。


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