18~19:聖女と侍女(じじょ)の邂逅(かいこう)
18
「ここに隠れたみたい」
女性の声だ。
「本当に子供なんていたのか?」
今度は男の声……
「走ってたのが見えたの」
女性がそう言うと、不意に荷台が動いて、木箱がどかされていく。
月明かりに照らされたアリスの姿が、あらわとなった。
「ほら見なさい」と女性。ポニーテールをしていた。「ちゃんといたでしょ?」
「そうらしいが…… 迷子には見えないぞ?」
「大丈夫?」
膝をついた女性――エリカが、アリスの頭を優しく撫でた。
「隠れんぼをしてたってワケじゃなさそう……」
「噂は本当だったってことか?」
ライールが手についた汚れを払いつつ言った。
「この様子だと、多分ね」
「噂……?」
震える声で、やっとアリスが言った。
それで、エリカがアリスと視線を合わせる。
「誰かに追い掛けられてたんでしょ? 違う?」
アリスがゆっくり、うなずいた。
「そいつは男だったか? それとも女か?」
「お、男の人……」
「二人だったか? それとも、たくさん?」
首を横に振るアリス。
エリカが見上げるようにライールへ顔を向け、
「そんな、尋問みたいなこと言わないの。もっと優しく訊いてあげて」
ライールは頭をかきつつ、「す、すまん……」と言った。
「――あの」
アリスが言ったから、二人が彼女を見た。
「私、そろそろ帰らないと……」
「おうちはどこなの? 送ってあげる」
「い、いいです。一人で帰れますから……」
「そうはいかない」
ライールがこう言うと、アリスがビクリと反応して、彼を見上げた。
「また、誰かに追い掛けられたら大変だろう? すまないけど、家までは送らせてもらうよ」
「でも……」
そう言って、アリスは口を閉ざした。
「じゃあ、ご両親を連れてくるから。あなたはどの辺りに住んでいるの? お名前は?」
うつむいたアリスは、口を閉ざしたままだった。
それで、エリカとライールが顔を見合わせ、またアリスを見やった。
「何か…… 事情がありそうね?」
アリスは思わず、うなずいてしまった。
「じゃあ、どうしようかな……」
エリカが困惑して言った。
「詰め所の人間に頼む――」
「それは駄目ッ!」
アリスが反射的に拒否した。
エリカとライールがジッと、アリスを見る。
彼女はハッとして、そのまま顔をうつむけた。
「悪いことを…… したという感じじゃなさそうだが……」
ライールがつぶやくように言った。
「困ったわね。一人で帰らせるわけにもいかないし」
「えっと……」
アリスが顔をあげる。
「詰め所か孤児院のところに、ユリエルっていう男性の警備兵がいます」
「ユリエル?」
「ああ、あいつか……」と、ライールがただちに納得した。
「私のお兄ちゃんみたいな人で…… その人と一緒に、帰りたい、です……」
ライールはエリカを見下ろしたが、エリカはアリスを見つめたままだった。
「分かった」
そう言って、エリカが立ちあがる。
アリスは彼女を見上げた。
「ライール。詰め所まで行って、ユリエルって男性を連れてきて。知ってるんでしょ?」
「挨拶をしたくらいだが…… まぁ、知ってはいるか」
「悪いけど、お願いね」
「ああ、分かった」
そう言ったライールが、詰め所を目指して歩き出した。
一方のエリカは、アリスへ目配せして、
「もう少し、待っててね」
と言ったから、アリスが深々と頭を下げ、
「本当に、ありがとうございます。あと…… わがまま言ってゴメンなさい」
「気にしないで。――なんか、少し懐かしい感じね」
頭をもたげたアリスが、首をかしげる。
エリカが微笑んでいた。
19
ユリエルが治安警備隊の詰め所から出ると、
「ちょっと待ってくれ!」
と言う声がした。
男性が駆け寄ってきて、
「ユリエル君…… だったよな?」
「え~っと…… 確か、ベリンガールの凄い騎士さんっスよね?」
「凄いかは分からないが…… 名前をライールと言う。よろしく」
「あっ、すみません」と苦笑うユリエル。「俺、頭悪いんで人の名前とかすぐ忘れちゃって……」
「急なことで申し訳ないが、一緒に来てほしいんだ」
「飲み会っスか?」
「違う」
「えっ、じゃあ俺なんかになんの用が……?」
「迷子の子を見つけてな。その子がお前じゃないとイヤだと言うんだ」
「あ~…… 了解っス」
「悪いな」と言って、ライールが歩き始めた。
ユリエルも彼に付いて歩く。
「えっと、俺より先輩…… で、いいんスよね?」
「そうだ」
「あのときはゴメンなさいっス。てっきり、あの可愛らしい女性と同い年かと思っちゃって……」
「過ぎたことだ。もう気にしていない」
「そういえば、あの人とは一緒じゃないんスか?」
「子供と一緒にいてもらっている」
「あ~…… そりゃどうも、お手数掛けるっス」
「いや、いいんだが……」
「ん? なんスか?」
「お前、この近辺で子供を付け狙う連中が出没してるって噂、知ってるんだよな?」
「知ってるも何も、とんでもねぇ野郎っスよ……!」
ユリエルが拳を握りしめながら言った。
「今のところ、付けられただけって話っスけど、何をしでかすか分かったモンじゃないっス!」
「人相なんかの情報は、もう出そろってるのか?」
「それが、闇夜に紛れるのがうまくて……
できるだけ、そういうところに行かないよう、町民と旅行者へ注意を促して、警備の人員も、制限区域とかに入れさせないようにって配置してるんスよ」
「そのお陰で、被害は今のところ収まってるって話だったな?」
「そうっスね。――あれ?」
ユリエルが立ち止まる。
「どうした?」
ライールも立ち止まって、振り返った。
「こっちの方って、制限区域内っスよ?」
「そこに入り込んだ女の子がいてな…… お前と一緒に帰りたいって言うんだよ」
「女の子、一人だけっスか?」
「どうやら、そうらしい」
「迷子っスねぇ~…… 運悪く、警備兵に止められなかったんスかね?」
「多分な」
ライールが再び歩き出す。
ユリエルも歩を進めて、話を続けた。
「泣き止んでくれてたら、嬉しいんスけどねぇ」
「気丈な子だったよ。その上、とても礼儀正しくて、賢く強い感じがする」
「へぇ~」
「ただ、随分と怖がりで、内気な性格をしていそうだな」
「怖がりで、内気……」
「孤児院で育てられたにしては、服装も高価だった」
「高価っスか~……」
「俺の予想では、きっと名家のご令嬢だろうと思う」
「な、なるほど~……」
「髪も美しい金色で、髪型も似せてあるのだろう。あの有名な、バルバランターレン家の聖女様みたいだった」
「そっくりさんっスかね?」
「ひょっとすると、子供の頃の聖女様も、あんな風な感じだったのかもな」
「それはまた、なんとも……」
「お前は司教の護衛兵だったな?」
「は、はい! そうっス……!」と、背筋を正すように答えた。
「どういう経緯で、お前がご令嬢と知り合ったのかは知らんが、信頼してもらってるんだ。ちゃんと家まで届けるんだぞ? 将来の聖女様かもしれんからな」
「も、もちろんッスよ! この命に代えても!」
少々引きつった顔でユリエルが言うから、ライールが横目で彼を見やりつつ、
「しっかりしてくれよ? 本当に……」
と言った。